18.
「……え?」
石川の言葉に愛菜の口から思わず声が出る。
「ちょっと……私の話をしていいかしら……?」
石川がどこか寂しそうな顔をしながらそう口を開く。その言葉に愛菜は「はい」と言うと、石川は自分の過去を話し始めた。
石川はある男性と恋愛結婚をして、娘を授かった。しかし、娘が小学校三年生くらいの時から、娘の様子がおかしいことに石川は気付いて、娘に何かあったのかを聞いた。
しかし、娘は「大丈夫」と言うので特に追及することもしなかった。しかし、日に日に娘の表情が石のように固まり、おかしいと感じた時に偶然、近所の人から娘がいじめに遭っているらしいという話を聞く。
そして、石川は娘に「何でいじめを受けているって言わなかったの?」と言う感じで問い詰めてしまう。
その次の日、朝になって石川が起きると娘の姿が無いことに気付いた。
石川は必死の想いで娘を探し回ったが、娘は見つからなくて途方に暮れた。何処に行ったのか分からずに家に戻ってくると、家の電話が鳴り響く……。
電話は警察からで、その電話で石川は絶望的な事を聞かされた。
『娘さんが遺体で発見されました……』
それを聞いたとき、石川はその場で意識を失ったという事だった……。
「っ……」
愛菜が石川の話を聞いて瞳に涙を溜める。
「使うといいよ……」
学が愛菜にそっとハンカチを手渡す。愛菜はそれを受け取り、涙を拭う。
石川は一呼吸置くと、再び口を開いた。
「その娘がね、よく折り紙をしていたのよ……。このユニットも作っていたわ……。この手作りお菓子を作るのも、あの子が私の作ったお菓子を大好きって言ってくれたからなのよ……」
石川がしみじみとそう言葉を綴る。
「あれから、私は自分をすごく責めたわ……。あの時にあんな風に問い詰めなければ、あの子は死ななかったんじゃないかって……。そうやってふさぎ込んで絶望的になっていた時に、親友の絵美が私に会いに来てくれたの。絵美は学さんのお母さんよ。絵美がね『私たち夫婦は忙しくて構ってあげられないから、良かったら家政婦としてあの子の話し相手になってくれない?』ってね……。それで、私はここで住み込みで働くことになったの……」
石川の言葉に愛菜はじっと聞いている。
「あ……あの……、石川さんは結婚しているんですよね?旦那さんはどうしたんですか?」
愛菜が石川にそう尋ねる。
その言葉に石川は目を細めながら悲しい表情になって言葉を紡いだ。
「離婚したのよ……。娘が死んだのはお前のせいだって責められてね……。離婚したというより、離婚させられたって感じね……」
石川が寂しそうにそう言葉を綴る。
「そろそろ外の洗濯物を取り込んできますから、ゆっくりしていってね」
石川がそう言って、席を立ち、リビングを出て行く。
「愛菜ちゃん、僕の二作目はどうだった?」
石川が行ったのを見届けてから、学が愛菜にそう話しかける。
「あの『雪が溶けるのを願って』だよね?息子がいじめを受けて自殺しちゃって、母親が苦悩してしまう話…………あっ!」
そこで愛菜は先程の石川の話を思い出す。
「あの話は石川さんの話を元に作った話なんだ。いじめの辛さ、その親がどんな思いになるのかを訴える話だよ。僕の作品は、どの話もそれを通じて世間や社会に訴えたいことをテーマに書いているんだ。僕は「世の中はなんて理不尽なんだろう」って、思う事がよくあってね……。だから、小説を通じてその理不尽さゆえに苦しんでいる人がいるというのを伝えたいって思っているんだ。だから、僕の小説は体験した事や聞いた話を元に書いているんだよ」
学が静かな口調でそう言葉を語る。
「……じゃあ、デビュー作も誰かの話ってことなの?」
愛菜が学のデビュー作を思い出しながら、そう尋ねる。
その言葉に学は息を吐いて、言葉を紡いだ。
「あれは、僕自身の話なんだ……。小説では海で死のうとして青年に助けて貰たことになっているけど、本当は海を見ながらナイフを取り出して、心臓に刺して死のうとしたんだ……。でも、年配のお爺さんにそれを止められてね……。そのお爺さんと話していく内に、自分は自分で良いんだと思って、なるべく前を向こうと思ったんだよ……。でも、なかなか上手くいかなかったけどね……」
学の語る言葉を愛菜はじっと聞いている。
「ねぇ……愛菜ちゃん……」
そう言って学が愛菜の腕を優しく掴む。
「僕は愛菜ちゃんの苦しみを共有したい……」
学がそう言葉を綴る。
そして――――、
――――バッ……!!!




