15.
「……ん?」
愛菜の言葉に学の動きが一瞬止まる。そして、愛菜の言葉をすぐに理解して、愛菜に語り掛ける。
「僕のペンネームは、そのまま読むと『うみつき』になるけど、正確には『みづき』って読むんだよ。女みたいなペンネームだけど、自分ではこのペンネームを結構気に入っているんだ」
学がそう語りながら、愛菜の横に来てその本棚から一冊の本を取り出す。
「これが、僕のデビュー作だよ」
学がそう言って愛菜にその本を渡す。
その本のタイトルのところには『春が来ることを祈って』と、書かれていた。
薄くもなく分厚くもないその本は、淡いオレンジを基調とした本だった。恐らく、希望が持てるようにと、その色を基調として作られたのかもしれない。
愛菜がその本をじっと見つめる。
「読んでみる?」
学が愛菜にそう声を掛ける。
「うん……」
愛菜がそう返事をして、その本を学から受け取る。
そして、その場で読み始めようとしていたので、学は再度声を掛けた。
「床で読むと身体に良くないから、リビングのソファーで読むといいよ。そろそろ石川さんが声を掛けると思うしね」
学がそう言葉を綴った時だった。
「学さーん!愛菜ちゃーん!おやつが出来たから食べに来てねー!」
学が言った通り、階段の下から石川が愛菜たちに声を掛ける。
「行こうか」
学が愛菜にそう声を掛けて、愛菜は本を大事そうに抱えながら二人でリビングに向かった。
「……さっ!どうぞ!」
リビングに着くと、石川がパンプキンプリンと飲み物を準備していた。パンプキンプリンは、プリンの上に生クリームが添えられており、その中心にミントの葉がデコレーションされている。
「「いただきます……」」
愛菜と学がソファーに並んで座ると、パンプキンプリンを食べ始める。
パンプキンプリンは、見た目は濃厚そうに見えたのだが、食べてみるとあっさりとした甘さで、カボチャの味もしっかりしている。
(美味しい……)
愛菜がパンプキンプリンを頬張りながら、表情には出さないが心の中でそう呟く。
そして、プリンが食べ終わり、石川がプリンの乗っていた食器を片付けるためにリビングを出て行く。
愛菜は一息つくために紅茶を少し飲んだところで、早速本を読み始めた。
学のデビュー作である『春が来ることを祈って』は、少年がいじめを受けていて、そのいじめに苦しみ、何度も自殺未遂を繰り返すという話だった。
『みんなと違うというのが、そんなにいけない事なの?』
物語の中で、少年は何度もそう自分に問いかける。
その言葉に愛菜はなんだか惹かれるものを感じた。
やがて、物語は度重なるいじめに耐えることが出来なくなった少年が、今度こそちゃんと死のうとして、家を飛び出し、電車に揺られて遠くまで行く。
そして、少年は無人の駅で電車を降り、潮の匂いに惹かれて海がある方に歩いて行く。その間の描写にも少年の苦しい想いが描かれている。
そして、海に辿り着いた少年は海を眺めながら海に問いかける。
『僕の生まれた意味は何ですか?
僕は産まれない方が良かったのですか?
僕は確かに変わっています。
でも、変わっている事がいけないことなら、僕は生きていたくない。
変わっている事でいじめ続けられるなら、僕は生きていたくない。
お父さん、お母さん、ごめんなさい……。
一人でもいいから僕を受け入れてくれる人が欲しかった……』
少年は海に向ってそう言葉を吐き出すと、海に体を沈めていく。
身体が海に沈んだ時、遠くで誰かの声が聞こえる。
そして、少年が目を覚ますと、ベッドの上で寝かされていた。そこへ、青年がやって来て少年に声を掛ける。
青年は少年が海で沈んだところに居合わせて、少年を助けたのだった。
だが、少年は助けられたことに感謝の気持ちじゃなくて、怒りの気持ちが込み上げてくる。
『なんで僕を助けたんだ!僕は死にたかったのに!!』
少年は瞳に涙を溜めながら、青年に怒りをぶつける。
『死ぬかもしれないっていう場面に出くわして放っておくことなんて出来るわけないじゃないか』
青年の言葉に少年は何を言っていいかが分からなくなる。
そして、少年と青年の奇妙な暮らしが始まる。
そんな日々の中、青年がある話を少年にする。
それは、少年が苦しむ原因にもなっている『自分が変わっている』という話だった。
少年は青年のその話を聞いて、「なぜ、自分が自殺をしようとしたのか」という経緯を話しだす。
その話を聞いた青年は少年に言葉を掛ける。
『自分らしく生きればいい。他人は他人、自分は自分で良いんだよ』
青年の言葉に少年が涙を流す。
そして、少年は自分の苦しんでいる事から目を背けずに、自分軸で生きることを決める。
最後は少年を探していた少年の親と再会して、少年は青年に『ありがとう!』と、手を振って物語は終わった……。
愛菜が小説を読み終わって、大きく息を吐く。
それと同時に愛菜の瞳に涙が溢れてくる。
少年が無事でよかったこと……。
最後は希望を持ったこと……。
愛菜の心の中で安堵感が溢れ出す。
愛菜の様子を見て、学が愛菜の頭を優しく撫でる。
「愛菜ちゃんは優しくて感受性も強い子なんだね……。まさか、僕のデビュー作でそんなに泣くとは思っていなかったよ」
ポロポロと泣く愛菜に学がハンカチをポケットから取り出して愛菜に手渡す。
そこへ、片付けを終えた石川がリビングに戻ってくる。
「学さん!愛菜ちゃんに何をしたんですか?!」




