9.
ようやく、学の思考回路が愛菜を認識して驚いたように声を発する。
「え?え?えぇ?!」
愛菜がいることに驚きが隠せないのか、学が頭を抱えながら慌てふためく。
「え……えっと……その……散歩をしていたらホワイトに会って、付いて来てみたいな感じだったから、付いて行ったらここに辿り着いたの……」
愛菜がここに来た経緯を必死で話すが、上手く説明できたかが分からなくて不安な表情になる。
「猫に導かれて」なんて、映画に出てきそうな内容で笑われるんじゃないかと不安になったのだった。
(ど……どうやって話そう……)
愛菜がこれ以上どう説明していいか分からなくなってしまい、無言になる。
そこへ、石川が助け舟を出した。
「はいはい。とりあえず、学さんはその髪を何とかしてきてください。お客様に失礼ですよ」
石川の言葉に学が洗面所に姿を消す。
「驚かせてごめんなさいね。じきに戻ってくると思うから、ここで待っていてもらえるかしら?」
石川の言葉に愛菜は頷き、気持ちを落ち着かせるために石川が準備してくれた紅茶を一口飲む。
紅茶はレモンティーで、ほのかに甘く、気持ちが落ち着いていくのが分かる。
学が戻ってくるのを待っていると、髪を整えて服も着替えてきた学がリビングにやってきた。
「いらっしゃい、愛菜ちゃん。さっきはみっともないところを見せちゃってごめんね。まさか電撃突撃してくるなんて、夢にも思っていなかったからさ!」
学が「あははっ!」と笑いながら、何のためらいもなく、愛菜の隣に腰を下ろす。
そして、学はテーブルに手を伸ばし、愛菜がさっきまで食べていた残りのスコーンを食べ始める。
そこへ、新たな皿にスコーンを乗せた皿とコーヒーを持って石川が現れる。
「こら!それは愛菜ちゃんの分ですよ!学さんのは今持ってきましたから、こちらを食べてください!」
石川が学をそう叱咤しながら、学の前にスコーンとコーヒーを並べる。
「ごめんごめん。お腹空いていたからつい……」
石川の言葉に学が頭を掻きながらそう言葉を綴る。
そして、学に持って来てくれたスコーンを食べ始めて、コーヒーを飲む。
「……ふぅ、生き返った~」
学がある程度スコーンを食べてお腹が満たされたのか、そう口を開く。そして、隣に座る愛菜に笑顔を向ける。
「本当によく来てくれたね。ホワイトに連れてこられて……なんて、なんだか映画に出てきそうな話だね」
学の言葉に愛菜が少し恥ずかしい気持ちになる。
(私が思った事とおんなじことを思っていたなんて……)
愛菜が心でそう呟きながら、恥ずかしさのあまり、掌で自分の顔を覆う。
その二人のやり取りを石川は学たちと対面になるようにソファーに腰掛けながら穏やかに見守っていた。
(なんだか意外ね……)
石川が心の中でそう呟く。
学の性格や育った環境をよく知っている石川にとって、今の事は不思議な感覚でもあった。
学は人を遠ざけることは昔からよくあったが、自分から人を近づけることは殆ど無かった。その上、何のためらいもなく、愛菜のすぐ横に学が座ったのも驚きがあった。
どんな人でも学は一線を置いて接している……。
それは、この家に長く働いている石川は学の行動をよく知っていた。
今では学は石川と色々と話すまで仲良くなったが、ここまでの関係が出来るのにはかなりの時間を要した。
(人と仲良くなるのに時間がかかるはずなのに、愛菜ちゃんには早々に心を開いたようね……)
石川が心の中でしみじみとそう呟く。
その表情はどこか嬉しい様な少し寂しい様な、どう表現していいか分からない感情が込み上げていた。
そして、学が愛菜に早々に心を開くことが出来たのは、ホワイトの行動もあったかもしれない……と、石川が感じる。
「あ……」
愛菜が壁に掛かっている時計を見て声を出す。
学が話す話をじっと聞いている内に、時刻は夕方の四時半を指していた。
「そろそろ帰ります……」
愛菜がそう言って、ソファーから立ち上がる。
「うん、分かった。またね、愛菜ちゃん」
学が愛菜に柔らかな表情でそう声を掛ける。
そして、愛菜はお礼を言って学の家を後にした。
***
「はぁ~……」




