8.
愛菜が家にお邪魔して、良い匂いに思わず声が出てしまう。
クッキーのようなスコーンのような優しい匂いが家の中に充満している。
石川にリビングに通されて、ソファーに座るように促されたので、愛菜が戸惑いながらもソファーに腰掛ける。
リビングだけでもゆったりと広さがあり、備え付けの暖炉が設置されている。天井にはシーリングファンがくるくると回っており、一般的な家ではあまり見ないようなものが設置されているのが一目で分かり、外観と家の中の様子で、それなりにお金がある家だというのが分かる。
(映画に出てきそうな家みたい……)
愛菜が心でそう呟く。
そこへ、石川がスコーンと紅茶を持ってリビングにやって来る。
「良かったら、召し上がってね」
石川が柔らかな笑顔で言葉を綴りながら、愛菜の前にスコーンと紅茶を並べる。
愛菜がおずおずとスコーンに手を伸ばして、口にする。
「……美味しい」
愛菜の口から思わず声が漏れる。
出来立てのスコーンは程よい甘さで生地はサクサクだった。
「お口に合ったみたいで良かったわ」
愛菜がスコーンを美味しそうに頬張る様子を見て石川が笑みを浮かべる。
石川の視線に気付いて、愛菜は急に恥ずかしさが込み上げて来たのか、食べる手を止めてしまう。
「沢山焼いたから、遠慮しないで食べてね」
食べる手が止まった愛菜に、石川が微笑みながらそう言葉を綴る。
石川の言葉に愛菜は申し訳ない気持ちを感じながら、スコーンに手を伸ばし、頬張る。
本当に美味しいスコーンだった。
そして、スコーンでお腹が満たされて、愛菜は思い切って口を開く。
「あの……突然お邪魔してしまって、本当にすみません。後、お菓子まで頂いてありがとうございます……。その……美味しくて、沢山食べてしまってごめんなさい……」
愛菜がスコーンが並べてあった皿を見て、どこか申し訳なさそうにそう言葉を綴る。
「いえいえ、大丈夫よ。私が作ったお菓子をあんなに美味しそうに食べてくれて嬉しいわ」
石川が柔和な表情で嬉しそうにそう言葉を綴る。
「そういえば、自己紹介がまだだったわね。私はこの家で家政婦をしている石川よ。よろしくね」
石川が優しい声でそう言葉を綴る。
「……一ノ瀬 愛菜って言います……。その……学さんとは……えっと……」
愛菜が学とどういう関係なのかを説明しようとするも、上手く言葉が出てこない。
「学さんから聞いていますよ。学さんを呼んできましょうか?って、言いたいところなんだけど、学さん、昨日は夜遅くまで仕事をしていたから、今もまだ寝ているのよ。だから、もう少し待って貰ってもいいかしら?」
石川の言葉に愛菜が頷く。
「多分、そろそろ起きてくると思うわ」
石川が微笑みながらそう言葉を発する。
そして、学が起きてくるまでの間、石川は学のことをいろいろと話してくれた。
どちらかといえば甘党な事や、嫌いな野菜はピーマンであること。そして、昔から運動が苦手であること……。
石川の話に愛菜はじっと耳を傾けている。
そんな話を石川がしている時だった。
「……なんか、良い匂いがする~……」
寝起きの学が半覚醒の状態でリビングにやって来る。寝ぐせだらけの髪は四方八方に飛び跳ねている。
「おはよう、学さん」
石川が学にそう声を掛ける。そして、ちょっと呆れた顔で学に声を掛けた。
「ほらほら、お客様がいらしているんですから、ちゃんと目を覚まして下さいね!」
「……客?」
石川の言葉に学が寝ぼけた状態で頭にはてなマークが飛び交う。
「お客様です」
石川がそう言って愛菜に掌を向ける。
その方向に学がぼんやりとした頭で視線を向ける。
愛菜を顔を見るが、学の頭がぼんやりしているからなのか、誰が来たかを把握していないようだ。
しかし、じっと愛菜を見つめて徐々に学の頭が覚醒されていく。
「あ……愛菜ちゃん?!」




