3.
荷物を取りに行くと言って施設を後にした愛菜がなかなか施設に戻ってこないので、心配した施設のスタッフが愛菜の家に行くと、愛菜が家の中で意識を失って倒れているところを発見した。
スタッフはすぐに救急車を呼び、愛菜は病院に運ばれる。そして、意識を失っている原因を調べると、診断結果はアルコールの多量摂取による「急性アルコール中毒」という事が分かった。
医者が急いで愛菜の処置をして一命を取り留めることはできたが、愛菜は数日間、意識不明のまま暗闇の中を彷徨っていた。
そして、ようやく目を覚ました時、愛菜は表情の無い、暗い闇を抱えるような、そんな瞳でその場にいる医者や看護師を見回していった。
愛菜は死ぬことが出来なかった自分に対して、憎しみや怒りが込み上げてくる。虚ろな表情には腹立たしさが見て取れた。
そして、医者と福祉施設の職員と警察の話し合いで、愛菜が心に傷を負った出来事を考えると、治療が必要という事になり、愛菜はそのまま入院することになった。
入院してしばらく経ってから、浩二が刑務所に収容されたことを担当医から聞いたが、愛菜は特に何の感情も湧いてこなかった。
そして、今でも愛菜は入院している。
心の傷が深い事から、心療病院に移る事になり、愛菜はその病院で日々を暮らしていた。
愛菜の事情を知っている病棟の看護師たちは、愛菜に元気になって貰おうと、いろいろと手を掛けてくれていた。明るく話しかけたり、病院で行っているプログラムに参加してもらおうと思い、愛菜に話しかけた。
それは、愛菜に少しでも元気になってもらいたいという看護師の気持ちだった。
しかし、看護師が手を尽くしても、愛菜の表情は暗い闇を纏ったままで看護師の言葉に特に反応しない。
その上、入院して治療もしているのだが、愛菜の表情は良くなるどころか、日に日に人形のように表情が無くなっていくだけだった。
入院生活が始まってから、愛菜はたまに病院を抜け出して散歩をするときがあった。その事に看護師たちは気付いていたが、夕飯の時間には戻ってくるので咎めることはしなかった。
そして、今日も愛菜は病院を抜け出して散歩をしていた。
ワンピースに長袖の羽織を着て、心地良い風に吹かれながら川沿いの道を歩いて行く。
時々、川沿いに咲いている花を見つけると、その場に立ち止まってその花をじっと眺めていた。
今日も、綺麗な花を見つけて、その場にしゃがみ込み、その花を愛でていると、綺麗な白猫が愛菜の元にやって来る。
「ニャー……ニャー……」
白猫は愛菜の元まで来ると、愛菜の足に絡みつき、甘えるような鳴き声で顔を愛菜の足に摺り寄せている。
「可愛い……」
愛菜が少し微笑んで小さくそう声を出す。
「よしよし……」
愛菜が白猫を優しく抱きかかえて頭を撫でてあげると、白猫は心地よさそうに鳴いている。
愛菜のその表情は、病院では見ない柔らかな表情だった。
「ふふっ……可愛い……」
愛菜が慈しみの表情をしながら白猫を撫でている。
その時だった。
「……ホワイトー。何処にいるんだー、ホワイトー……」
遠くから男性の声が聞こえる。
「ニャアー!」
その声に反応して、愛菜の抱けている白猫が大きな鳴き声を発する。
その鳴き声に気付いて、男性が近づいて来る。
(人?!)
愛菜が心でそう叫ぶと、さっきまでしていた柔らかな表情を閉じ、いつもの無表情の顔になる。
ホワイトと呼ばれたその白猫は、愛菜に抱かれているのが心地よいのか、その場から離れようとしない。
(ど……どうしよう……)
愛菜の心の中でホワイトが離れないことに焦りを感じる。
成す術が無いまま、愛菜がどうするべきか考えていると、男性がその場に追い付いてしまった。
「……え?」




