プロローグ&1.
~プロローグ~
「君はすごく優しい人なんだね!」
突然思いもよらない言葉を掛けられて、一ノ瀬 愛菜は呆然とした表情になる。
愛菜に声を掛けた青年は、愛菜が猫とじゃれている様子を微笑ましそうに見ていた。
しばらく会話が続く……。
だが、その青年の様子に愛菜は居心地悪く感じてしまい、少し膨れた様子で口を開く。
「……じゃあ、もう帰らないといけないから……」
愛菜はそう言葉を発すると、身に纏っているワンピースを翻して、その場を離れていく。
去って行く背中に、青年は「またね!」と言って手を振るが、愛菜は手を振り返すことなく、無言のまま、その場を去って行った。
この青年との出会いが、暗い闇のようになった愛菜の心を大きく動かすとは、その時は誰も予想できない……。
1.
「……はぁ~……」
愛菜が病院のベッドの上で何かを思い出して思いを巡らせていた。
愛菜がまだ幼い頃、両親が離婚して双子の姉である愛理を母親が引き取り、愛菜は父親に引き取られた。
両親の離婚の原因は、父親の酒癖の悪さだった。母親はそんな父親といることがストレスとなり、不倫に走る。
離婚が成立して、最初は愛理も愛菜も母親が引き取るという話だったが、父親が「離婚の原因はお前の不倫もある」と言って、平等に一人ずつ引き取る形になった。
そして、母親が「それなら私は愛理がいい」と言い、父親は「俺は愛菜がいい」という事で、子供の意見は聞かず、それで両親は同意したという事だった。
「……もう、あんな思いはしたくないな……」
愛菜がベッドの上でそう呟く。
愛菜が父親である浩二に引き取られてからは、辛い日々の連続だった。
アルコールを飲んでいないときの浩二は優しく、学校の宿題を見てくれたり、遊びにも連れて行ってくれる。しかし、アルコールが入るとブツブツと文句を言いながら、愛菜に暴言を吐く。
『この、のろまが!!』
『この金の食いつぶし虫が!!』
浩二は愛菜にそのような暴言を吐いて、酷い時は手を上げることもあった。
しかし、次の日にはアルコールを飲んでるときに言っていた暴言を全く覚えていなくて、優しい父親の顔になっている。
愛菜はその差に戸惑い、苦しんでいた……。
普段の浩二が優しいせいか、一人になりたくない気持ちも強かったので、愛菜は暴言や手を上げられることがある事を誰にも相談しなかった。
一人で抱え……
一人で苦しみ……
一人で耐えていた……。
でも、いつ頃からか、愛菜はその苦しみから逃れるために、自傷行為を繰り返すようになる。
爪で腕を掻き毟ったり、シャーペンの芯で掌を何度も刺したり、爪を搔き毟ったり……。
そのような行為を繰り返して、愛菜の身体は傷だらけになり、肌もボロボロになっていった。
そして、そんな日々を過ごしている時、愛菜にとって決定的な事件が起こる。
その日も浩二はアルコールに入り浸っており、愛菜に暴言を吐き散らしていた。
そこへ、愛理から電話がかかって来て、愛菜はその電話に出ると、愛理から信じられない話を聞く。
『お母さんが再婚することになったの』
愛理は愛菜にその事を一応伝えておこうと思い、電話したという事だった。
そして、この電話がとんでもない事件を引き起こしてしまったのだった。
【回想】
「お父さん……」




