43.エピローグ
「新しいハーブは?」
「ここに」
「あ、フレヤさん、来月来訪される技術者さんのことですけど――」
フレヤがアウドーラの国民になって三年が経った。
今では立派な竜神殿が建ち、結界装置もある。研究室もこちらに引っ越しをしたため、竜騎士団は少し遠くなってしまった。でも魔道具付の自転車があるのだから、何ともない距離だ。
「フレヤさん! お仕事は終わりましたか? ご飯に行きませんか」
ひと段落ついていると、ノアが神殿に顔を出す。
「うん」
入口にいるノアへ向かって歩き出すと、研究員の一人に呼び止められた。
「あ、フレヤさん。たまにはどうですか、食事でも――……何でもないです」
声をかけてきた研究員は、顔色を変えると真後ろに進路を変え、退散していった。
「どうしたんだろ?」
フレヤの背後ではノアが怖い顔でその研究員を睨んでいるが、もちろん知る由もない。
「あー、まるで番犬だねえ」
「あれ? どうしたの?」
表情を戻したノアの後ろからは、エミリアが子供を抱いて現れた。
エミリアはユリウスとの子供を産んだばかりで、今は竜騎士団を休んでいる。
フレヤとはよくお茶をしていて、竜騎士団のことも聞いていた。副団長はディランに任せっきりだが、暑苦しいといった愚痴も微笑ましい。
それも、アウドーラの魔物討伐の出陣回数が減っているからこそだ。
「今日うちにご飯食べにこないかって誘いに来たんだけど……。ノアはそのままユリウスと来るんじゃなかったのか?」
すやすやと眠る子供を起こさないよう小声のエミリアが半目になる。
ノアとエミリアはよく夫妻の家でごちそうになっていた。
「ノア、もしかして今日ユリウス様と仕事だったの? だったらわざわざ迎えに来なくてもいいのに」
エミリアが迎えに来たということは、ノアの方はユリウスが誘ったのだろう。
「フレヤさんに悪い虫がつくと心配なので」
真面目な顔でそんなことを言う。
「もしかして、毎日迎えに来ているのか?」
「うん」
恐る恐る聞いたエミリアに頷くと、彼女は苦笑した。
「……ユリウスの弟だな」
「うん」
フレヤも苦笑した。
まさかノアがこんなにも過保護になるなんて。
ユリウスが「ほらね」と笑いそうで悔しい。
それから二人で兄夫婦の家に行き、楽しい時間を過ごした。
からかいながらも、ユリウスとエミリアはフレヤを可愛がってくれている。これから本当の妹になるわけだが、二人の温かさに王弟の妻になるという不安も和らぐ。
何より、一人だったフレヤに家族の愛情を与えてくれる。
フレヤはこれまでにない幸せを噛みしめていた。
ユリウスとエミリアは結婚して王都に屋敷を構えたため、寮を出ている。というわけで寮に帰る二人は、エアロンの籠に乗って帰路につく。
「夜でも街は明るいね」
上には星、眼下には魔道具の光が連なって輝きを放っている。技術者の派遣により、アウドーラの魔道具も発展した。それが人々の暮らしにすぐに根付いたのは王の手腕だ。
「アウドーラの国民になれて良かった」
思わずひとりごちた。
そこに自分が関わっているのだから、誇らしくもある。昔のまま、大聖女を目指してイシュダルディアにいた自分では、為しえなかったことだ。
「二人、幸せそうでしたね」
「……うん」
気づけば隣のノアの手と自身の手が絡みあっていた。
手を繋ぐ場面なんていくらでもあったのに、いまだにこの甘い繋ぎ方には顔が赤くなってしまう。
「僕たちも一緒に暮らしませんか? 別々のところに帰るのは寂しくてもう耐えられません」
「っ、まだ婚約中……」
ノアが絡ませた手を口元に運び、縋るようにキスをした。
突然の提案にしどろもどろになる。
「婚約中から一緒に暮らすのは珍しくありません。それに、来年には結婚するじゃないですか」
しれっと言いながら、ノアがフレヤに詰め寄る。
顔を真っ赤にしたフレヤが口をぱくぱくさせていると、ノアは瞳を潤ませて見つめた。子犬の顔だ。
「だめ、ですか?」
その聞き方はずるい。
「だめ……じやない」
うっとなりながら答えれば、ノアが顔を輝かせた。
「やったあ! ありがとうフレヤさん!」
抱きしめられ、すぐに満面の笑顔がフレヤを覗き込む。
毎日迎えに来てはくれるが、お互い忙しい。ずっと一緒にいたいと思っているのは、フレヤも同じだった。
ふっと口元を緩ませれば、ノアのキスが落ちてくる。
「結婚も早くしたいですね」
真っ赤なフレヤに対して、にこにこのノアがお互いの鼻をつけたまま囁いた。
「嫌……じゃないですよね?」
「嫌なわけないじゃない」
期待に満ちた瞳のわんこは、フレヤの返事で男の顔に戻る。そしてもう一度キスを落とした。
(ああ、もう!)
あざといのか、天然なのか。
この子犬系王子には一生敵わないとフレヤは思った。
このお話はここで完結です!
フレヤとノアの応援、最後までありがとうございました!!
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