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追放された人質聖女なのに、隣国で待っていたのは子犬系王子様との恋でした  作者: 海空里和
第三章

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33.密偵

(私のせいで竜を巻き込んでしまったわ……。きっと王子が絡んでいるはずだけど、どうやって?)


 王子がアウドーラに来て、フレヤに接触したそばから事件は起きた。

 あの気味悪い笑みを思い浮かべ、フレヤは身震いをした。


「ダメだわ」


 パン、と自身の頬を叩く。じっとしているなんて、性に合わない。こうしている間にも王子が何か仕掛けてくるかもしれないのだ。ディランは調査すると言っていたが、内部に王子と繋がっている人物がいるのなら、誰も信用できない。


 とりあえず謹慎処分だけで済んでいるので、フレヤは見張られているわけではない。


「よし」


 フレヤは部屋のドアを開け、周辺を見回す。女子寮にはフレヤとエミリアしか住んでいないため、辺りに人はいない。食堂や掃除洗濯といった身の回りを世話してくれるメイドたちは通いでやって来るのだ。


 フレヤは寮を出ると、竜舎を目指した。途中騎士たちに見つからないように、物陰に隠れながら進む。もうすぐ就寝時間のため、内部は見回りの騎士が数人歩いているだけだ。


 騎士をやり過ごし、物陰から出ようとしたところで手を引かれた。


 身構えると、声を潜めたノアがフレヤを柱の陰に引き込んだ。


「そっちは見張りがいます。この先から竜舎に行きましょう」

「どうして……」


 柱とノアに挟まれ、フレヤが目を瞬く。


「フレヤさんは自分で調べないと気が済まないだろうと思って。僕も手伝いますよ」


 変わらないノアの笑顔に視界が歪む。


「ノアを巻き込めない……」

「フレヤさん、昨日から変ですよ。何を隠しているんですか?」


 やはりノアには気づかれていたようだった。きっとフレヤが話すのを待ってくれていたに違いない。


「……」


 このことを口にしていいのかとためらう。

 視線を落とすと、ノアは柱についていた手をフレヤの肩へ移動させた。


「わかりました。後で教えてください。今はとにかく毒とすり替えられた痕跡を探しましょう」

「信じてくれるんだね」

「当たり前です!」


 一番信じて欲しい人に当然だと言われ、胸が熱くなった。視界をクリアにして気を引き締めると、フレヤはノアと竜舎に向かった。


☆☆☆


「材料は作業台に並べて置かれていたはずなんだけど」


 魔道具の明かりはつけず、手元のランタンで辺りを照らすと、休んでいた竜たちが一斉に顔を上げた。


「……竜たちもフレヤさんを信じているのに」

「竜も?」


 ぽつりとこぼしたノアの言葉に目をぱちぱちと瞬く。


「はい。フレヤさんが竜舎に入っても大人しくしているでしょう? 信頼しているからですよ。みんなも頭に血がのぼっているだけで、それに気づかないはずがないんだ」

「そっか」


 竜の信頼まで失っていなくて良かった。フレヤが竜たちを見れば、優しい眼差しが注がれている気がした。


「エアロンと会話ができたらなあ」


 ノアの嘆きにエアロンが「きゅう」と寂しそうに答える。

 意思疎通がはかれても、会話はさすがにできない。


「確かに竜たちなら犯人を目撃しているかもしれないものね」


 ノアが竜の周辺を調べている間に、フレヤは奥の作業台を調べる。


(わずかでも痕跡が残っていれば……。しかもレシピの注意書きを消すなんて徹底しているわね)


 レシピのことが頭に浮かび、フレヤはふと立ち止まり考える。


(私のレシピはキリに預けて管理されていたはずよね? ……そういえば今日はキリを見かけていない?)


「ノア、こんな時間にどうしたんだ?」


 急な呼びかけにびくりと振り返れば、ノアが入口で騎士に声をかけられていた。どうやら見回りのようだ。


「竜舎に忘れ物をしたから取りに来たんだ」


 騎士はフレヤには気づいていないようだ。ノアが誤魔化してくれているうちに、フレヤはランタンの明かりを消すと近くの竜房、エアロンの陰に隠れた。

 ここなら一番奥だし、ノアがやり過ごしてくれれば見つからないだろう。


 ドキドキと緊張で心臓の音だけが響いて聞こえる。息をひそめてノアと騎士の会話を聞いていると、ふいに声をかけられた。


「フレヤさん」


 ドキーっと飛び上がりそうなのを我慢して口を押さえる。


「キリ!?」


 フレヤに声をかけたのはキリだった。驚くフレヤにキリが問いかける。


「ここで何をしているんですか?」

「キリこそ何で」

「フレヤさんならここに来ると思って」

「!?」


 いつものように薄く笑みを浮かべたキリは、その手の中にある瓶をフレヤに見せた。


「……っ! なん、で……」


 それを見た瞬間、言葉を失った。


 キリが持っているのは、今日まさに竜の食事に混入されていた毒だ。


 ノアに助けを求めようと彼の方を見るも、まだ騎士に捕まっている。


「だって、ずるいですよフレヤさん」


 キリに視線を移せば、彼の表情は笑ったままなのに、怒りが感じ取れる。


「ずるい?」

「はい。急に敵国から来たくせにノア様の信頼を簡単に得て、俺の居場所を奪っちゃったんだから。ノア様は俺が支えていたのになあ」

「……そんな理由で竜に危害を? ノアはあなたに竜舎を任せたいと言っていたのよ!」

「そんなの今さらどうでもいいです」


 キリの仄暗い笑みがフレヤの目の前に迫る。


「俺は、イシュダルディアで爵位を得て貴族として良い暮らしをするんですから」

「そんなことのために裏切ったの!? 竜はこの国の守護神でしょ!?」


 キリが王子の内通者だ。キリの話からわかった。

 王子はキリにイシュダルディアでの待遇を約束に、情報を漏洩させていたのだろう。


 でもどうして、という気持ちでフレヤは憤った。

 竜騎士団は仲間意識が強く、キリもそうだと思っていたのに。


 フレヤの疑問へ答えるようにキリは自嘲気味に笑った。


「俺は貧しい村の生まれだ。エリート揃いの竜騎士団の連中とは違う。……俺の村は竜騎士団の到着が間に合わず魔物に襲われて滅びた。守護神? そんなもの国民全員が信じているわけじゃない!」


 キリは腰に下げていたナイフを抜くと、エアロンの足へと突きたてた。


「エアロン!!」


 刺されたエアロンは血を流しながら唸り声をあげた。


「なんだ!?」


 それに気づいた騎士の足音がこちらに向かって来る。


「イシュダルディアでお会いしましょう、フレヤさん」


 うろたえるフレヤにキリが瓶を投げる。反射的にそれを受け取ったフレヤがキリを見ると、彼は魔道具がセットされた魔石を持っていた。


「やっぱり王子と……!」


 魔石を掲げ、キリが微笑む。


「あの方から伝言です。魔石が手に入らないなら、内部から竜を殺してアウドーラに侵攻するまで」

「な!?」

「今エアロンに刺したナイフ、遅効性の毒を塗り込んであります。ここの連中にはきっと気づけないでしょうね。あなたじゃないと。それでもあのバカな連中は聞かないんだ」

「っ! 待って……」


 震えるフレヤに笑みを崩さず、キリは魔石を発動させる。


「フレヤさんに魔物やハーブのことをよーく聞いておいて良かった」

「私は……っ、竜を傷付けるために教えたんじゃないっ」


 フレヤの叫びはキリに届くことはなく、彼は転移で消えた。それと同時に騎士とノアが現場に踏み込んで来る。


「これは……」

「フレヤさん、何があったんですか!?」


(やられた……この状況は……)


 竜舎が魔道具で一斉に明るくなる。

 目の前の騎士が通信で応援を呼んだらしく、次々に騎士たちが集まってきた。


「取り押さえろ!」


 現場に到着したディランから速やかに命令がくだされる。


「何かの間違いです!」


 フレヤが騎士たちに取り押さえられると、ノアが叫んだ。


「私は竜に危害を加えることなんてしない! お願い、エアロンを治療させて! 毒が……っ、そのナイフには遅効性の毒がっ」


 エアロンの足にはナイフが刺さったままだ。じわじわと毒がエアロンを蝕んでいるに違いない。


「毒はあなたが今手に持っているそれですよね」


 フレヤの訴えを冷たい眼差しで一蹴し、ディランが瓶を取り上げる。竜医師にそれが手渡されると、彼は頷いた。


「牢屋に連れていけ!」

「待って、それは違う毒で、早く解析しないと」


 叫ぶフレヤは騎士たちに拘束され、引きずられていく。


 あの瓶に入った毒は、フレヤがとっくに解毒剤でエンダを治療したものだ。キリの言っていた遅効性の毒が使われているのが本当なら、一刻も早く解析して治療しなければ。


(キリは竜医師には気づけないと言っていた。ということは、魔物研究の観点からアプローチしないといけないはず)


 それならば竜医師が毒の存在に気づけないのはわかる。


「早く、治療しないと……っ!」


 一度崩れた信頼を取り戻すのは難しく、状況証拠もある。フレヤの訴えは竜騎士団に届くことはなく牢屋へ連れていかれる。


「フレヤさん!」


 みんなの冷たい視線の中、自分を呼ぶノアの声だけが悲しそうに響いて聞こえた。

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