32.不穏な②
翌朝、ユリウスとエミリアが揃って休日のため、早朝訓練も休みとなった。
「おはよう」
「おはようございます」
久しぶりに遅く起きたフレヤは、食堂の入口でノアと出くわす。
そして今日の朝食をトレーに載せると、自然に向かい合って一緒に食べた。
フレヤがアウドーラに来てから一か月経たないくらいなのに、昔からそうしているようだ。
まさかノアとこんな関係になるとは思ってもいなかった。
そして、その先にも進みたい。その前にやるべきことが山積みなわけだが。
(ユリウス様が戻ってきたら内密に相談するべきかしら)
それが一番良い気がする。しかし新婚のユリウスはエミリアと休暇中だ。
どうしようかと思案していると、ノアがそわそわこちらを見ていた。
「何?」
くすりと笑いかけると、顔を輝かせたノアが口を開く。
「フレヤさんに教わった竜たちのご飯レシピ、騎士団内で共有し終わりました。これで飼育係全員作れますよ」
「本当?」
つられてフレヤも笑顔になる。ノアの発案で、竜のために誰もが作れるようにフレヤがレシピを書き起こしたのだ。まずは飼育係から始まり、竜騎士団みんなが作れるようにする計画だ。
「はい。今日から運用されていますよ。今まではフレヤさんに作ってもらって負担をおかけしていましたからね。僕が戦場に行くとなるとますます人手も減るから、後継を育てていかないと」
「そうだね」
意気込むノアは楽しそうで、フレヤまで嬉しくなってしまう。
「それで……僕としては飼育長代理をキリとフレヤさんにお任せできないかなって」
「私も!?」
自身を指さし、驚くフレヤにノアは笑顔で頷いた。
(嬉しい……)
これはノアに完全に信頼されている証だ。
ふわふわと胸の奥がこそばゆい。ノアとほんわか見つめ合っていると、一人の飼育係が食堂へ飛び込んできた。
「大変だ!」
「どうした?」
険しい表情に切り替わったノアに飼育係が告げる。食堂に残っていた騎士たちも何事かとテーブルの周りに集まって来た。
「このレシピで作った食事をとった竜が!」
飼育係が手にしているのは、フレヤが書き起こしたレシピだ。
ただ事ではない様子に、ノアは最後まで聞かずに竜舎へと走った。その後をフレヤが追いかける。
(一体、何が起こったっていうの!?)
☆☆☆
「エンダ!?」
二人が竜舎にたどり着くと、中は騒然としていた。飼育係が慌ただしく走り回っている中心には、もう一人の副団長であるディランの竜・エンダがぐったりとしていた。
エンダのすぐ側には吐しゃ物があり、どうやら食事を吐いたようだ。
「食事を与えたら、急に苦しんで吐き出したんです!」
ノアを見つけた飼育係の一人が説明する。フレヤは吐しゃ物に近付き、匂いをかぐ。
「毒だわ!」
「他の竜は食べていないな!?」
「は、はいっ!」
フレヤの見立てを聞き、ノアが命令を飛ばす。
「その食事をここに持ってこい! 竜医師は呼んでいるな?」
「は、はいっ!」
走ってきたノアは足が限界なのだろう。その場で足をがくがくと震わせながらも踏ん張って立っている。
「ノア、解毒剤を!」
「フレヤさん、お願いします!」
竜舎の棚には、フレヤが竜のために作った薬がずらりと並べてある。棚から解毒剤を取る。ノアがエンダの口をこじ開け、フレヤはそこから薬を流し込んだ。
薬を飲み込んだエンダは、顔色を取り戻すと、目をぱっちりと開け「きゅう」と鳴いた。
「エンダ、良かった!」
一命を取り留めホッとする。
「持って来ました!」
竜用の籠に盛られていた食事を飼育係がノアの前に置いた。
「フレヤさん、どうですか?」
ノアに意見を求められたフレヤは籠の中の雑穀、ハーブを一つずつ見定める。
その中に、あってはならないものを見つけて驚愕した。
「これ……魔物が食べると毒になるものだわ……。どうして」
フレヤの声に竜舎の中がシンとした。みんなの視線がフレヤに集まっているが、それどころではなかった。
このハーブは魔物には毒だが、人間には薬として重宝されるものだ。竜の食事に混ぜるハーブともよく似ていて間違えやすい。だからこそフレヤは慎重にレシピを起こしていた。
「私、絶対に混ざらないようこのハーブを竜舎から排除したはずよ……。何で」
「フレヤさ――」
ノアに説明しようとしていると、ディランが騎士を引き連れて竜舎に入って来た。
「何があった!」
食事を用意した飼育係がディランの前に出て説明をする。
「このレシピ通りに食事を作ったら、竜が苦しみました」
(待って、この状況は――)
今さら気づいても遅い。今の状況はフレヤにとって不利だ。
フレヤはようやくノア以外の全員から懐疑の目で見られていることに気づいた。
「確かにそのレシピは間違いやすい材料を記載していますが、きちんと注意書きをしています!」
慌てて弁明すれば、レシピを受け取ったディランがそれを一瞥して、フレヤへ見せる。
「そんな文言など書かれていないが?」
(消されてる!?)
フレヤは確かに注意書きをした。しかしそれを消されている今、証拠はない。このレシピを書いたのはフレヤだけなのだから。
「材料だって、間違わないように揃えておいたはずです!」
危ないものは排除し、使用する材料をあらかじめ用意しておいた。あとは分量通りにそれらを入れれば良いだけだった。
「間違えやすいハーブをわざと用意していたということか」
「!」
用意しておいたことが仇になったようだ。しかしこうなると誰が予想しただろう。
(誰かが入れ替えた……?)
これで竜騎士団の中に内通者がいるのは確定だ。
「みんな、聞いて――」
説明しようとしてフレヤは息を呑んだ。
「しょせん敵国の人間ということか」
「魔物が食べるとだと? やはり竜を魔物としか見ていないんだ」
築いてきたはずの信頼があっけなく崩れる。この国にとって竜は神で、それに仇為す者は敵なのだ。フレヤの先ほどの魔物発言もまずかった。
「解毒剤を用意するのも早かった」
「そうなるとわかっていたんだろう」
「違う! フレヤさんはそんなことしない!」
ノアだけが一人フレヤを庇ってくれていた。
「ノア? お前だってスパイだと疑っていたじゃないか」
今度はフレヤを庇うノアに非難が集まり始め、フレヤが動こうとすると、ディランがそれを手で制した。
「調査をする。フレヤ嬢は部屋で謹慎するように」
「ディラン!!」
激昂するノアに、フレヤは首を振って、ディランに向き直った。
「わかりました」
「フレヤさん!?」
まだフレヤを庇おうとするノアに大丈夫だと微笑む。
とにかく今は従うしかない。それに、ノアの足はもう限界だろう。早く休んで欲しい。
みんなの視線が冷たいものに変わる中、自分を信じてくれるノアだけが今はフレヤの支えになっていた。




