29.友情と恋と
あれからフレヤは他の竜でも試してみて、魔石を取り出すことに成功した。
竜が吸い込んだ瘴気とフレヤの聖力が起因していることは明らかだ。
とりあえずユリウスへ報告し、そのことは国王へと伝えられることになった。ユリウスからは箝口令がしかれ、ノア・エミリア・ユリウス三人だけの秘密となった。
そうして一週間後。今日はエミリアとユリウスの結婚式だ。
婚約からそんなに日が経っていないのに、早々に結婚へと持ち込んだユリウスは、相当なやり手だとフレヤは思った。
「私なんかが参加していいのかな」
エミリアの控室でフレヤが呟く。
エミリアに用意してもらった真っ青のドレスは、竜騎士団の正装に合わせてあるそうだ。
髪を彩るのは、ノアと街へ出かけたときにエミリアが用意してくれたあの金色の花飾りだ。編み込みを一つに繋げるそこに、それは留まっている。
「まだそんなこと言ってるのか? あたしが招待したからいいんだよ! それにユリウス様の許可ももらったぞ」
呆れた顔でフレヤを見るエミリアは、純白のウエディングドレスに身を包んでいる。竜騎士団員であることを示す青糸の刺繍と宝石でドレスがキラキラと輝く。身に付けるアクセサリーはユリウスと同じアイスシルバーのものだ。
「ユリウス様はエミリアに甘いからなあ」
ユリウスの独占欲の塊を見て、今度はフレヤが溜息をつく。
ユリウスとエミリアは騎士団でいつも通り仕事をしている。が、オフになった途端、ユリウスがエミリアを甘やかそうとして、それから逃げようとエミリアがフレヤに助けを求めるのだ。もちろん他の騎士たちには見せない姿で、目の前で繰り広げられる惚気にノアとフレヤは呆れていたものだ。
(ユリウス様は恥ずかしがるエミリアが可愛くて、わざとやってたんだろうな)
「フレヤはもう竜騎士団の一員なんだから、堂々としていろ」
遠い目をしていると、エミリアがフレヤに身体を向け、改まる。
「あたしはあんたに感謝してるんだよ、フレヤ」
「感謝?」
めずらしく真面目なエミリアに首を傾げると、赤い瞳がじっとフレヤを見る。
「あたしはユリウス様の背中だけ見て生きていくつもりだった。この想いを叶えようなんて夢にも思わなかったんだ。でも、あんたが変わるきっかけをくれたんだ。ありがとう」
そう言って笑うエミリアは、言葉遣いはいつも通りなのに綺麗だ。
「その未来を掴み取ったのはエミリアよ。後悔だけはして欲しくなかったから良かった」
正確にはユリウスの手の上で転がされていただけだが、エミリアが少しだけ素直になれて、今幸せならそれでいい。
「過去に戻りたいと思ったことはない、だっけ? あんたガツガツしてるもんね」
「悪かったわね」
ははっと笑ったエミリアに口を尖らせる。ガツガツする性分なのだから仕方がない。
「それで? あんたはこれからどうしたいの?」
「え?」
「ノアはユリウス様の弟だ。本来の明るさを取り戻した今、ご令嬢たちが放っとかないって言っただろ?」
やっぱりノアのことだった。
さすがのフレヤも、恋をするなんて初めてのことでどうしたらいいかわからない。
自分は人質で、相手は王弟だ。ガツガツいけるはずがない。
俯いたフレヤにエミリアが優しく目を細める。
「あんたはイシュダルディアの人間で人質だからって遠慮してるんだろうけどさ。あたしはあんたにも後悔してほしくないよ。ノアがいる未来といない未来、あんたはどっちが過去に戻りたいと願ってしまうんだろうね」
「……いじわる」
そんなの言うまでもない。決まっているじゃないか。
ふくれるフレヤがエミリアを見れば、真面目な顔をしていた。
「あたしはノアとフレヤには幸せになってほしいだけさ。それに、妹ができるならあんたがいい」
最後のほうは茶目っ気たっぷりにウインクをされて、フレヤは目を瞬いた。
「……ユリウス様と同じこと言うのね」
そう言うと、エミリアは嬉しそうに笑った。
☆☆☆
エミリアと別れて会場に行けば、ノアが入口で待っていた。
「フレヤさん! 綺麗です!」
「ありがとう……」
ノアは竜騎士の制服を着ていた。その姿が板についていて、眩しい。
差し出された手に自身の手を置くと、フレヤはノアにエスコートされて会場へと入った。
この国で一番大きな聖堂は、天井が高く開放感がある。大きなガラスの窓から光が差し込み、正面のステンドグラスをキラキラと輝かせていた。
ノアは王族なのに躊躇するフレヤのことを考えてくれ、一緒に後ろのほうで待機してくれる。
(優しいなあ)
じっとノアの横顔を見れば、目が合う。
「フレヤさん? どうかしましたか?」
「……初めて会ったときも、ノアは騎士服を着ていたなって」
ずいぶん時が経ったように感じて懐かしい。まさかこうしてノアの隣に立っているなんて、あのときは思いもしなかった。
「……そういえば酷い態度を取っていたのにちゃんとした謝罪がまだでした」
「えっ!」
向き直ったノアが頭を下げる。
「フレヤさん、あのときは酷い態度を取ってすみませんでした」
「ちょ、ちょ、」
急いでノアの頭を上げさせる。
「王族が頭をさげちゃだめよ」
「でも……」
「うっ……」
きゅーんと効果音が聞こえそうな顔でノアがフレヤを見つめる。
「前にあやまってくれたじゃない。もう気にしてないし。私もノアのこと言えないし、ね」
あのころの狂犬ぶりが懐かしい。今ではこんな子犬なのに。
「僕も気にしてません。じゃあ、これからもよろしくお願いします、でいいんですかね?」
にこっと笑って手を取られる。期待に満ちたノアの瞳は、しっぽを振る子犬だ。
「うん……。よろしく?」
疑問形で答えると、ノアは満面の笑みを向け、フレヤの手を自身に寄せる。そして――手の甲にちゅっと唇を落とした。
「!?!?」
カッと顔を赤くしたフレヤをノアが上目づかいで見る。
「祝福……です」
「あ……そう」
なんじゃそりゃ!! と心の中で盛大につっこむも、心臓がばくばくしてそれどころではない。
お互い顔を赤くして視線を逸らす。そうこうするうちに式が始まった。




