27.そのころイシュダルディアは
「また魔物が現れました!」
「まただと!? 今度はどこだ!」
「マーグナー侯爵領です!」
「王都のすぐ隣じゃないか!」
フレヤがエミリアとユリウスをくっつけようと奮闘していたころ。イシュダルディアは騒然としていた。
騎士の報告にルークは焦りを見せている。
「くそ……魔物がどんどん王都近くに発生するようになってきているじゃないか。神殿は何をしている! 結界は機能していないのか?」
城に呼ばれた神官長が跪きながら訴える。
「そ、それが……フレヤがいなくなってから結界の力は弱まっていき、今は機能しておりません! 王都……城下町はフレヤが定期的に何かをしかけていたらしく、今のところ魔物が侵入してくることはないようです」
「フレヤは何をしていた!?」
「わ、わかりません!!」
騎士からも同じ報告を受けていたが、返答は同じだった。
結界があるのにフレヤは壺に「何か」を詰めて、魔物除けだと言っていたと。
もちろん初めて報告を聞いたとき、ルークは騎士たちと同じようにバカにして捨て置いたのだが。
「チェルシーの聖なる力のおかげではなかったのか!?」
ルークの問いに神官長が首を振る。ルークはチッと舌打ちをすると、玉座の高みから立ち上がり神官長を見下ろした。
「しかしチェルシーも聖女だ! フレヤにできたことをできないはずがない。直ちに結界を修復させるんだ!」
ルークの命令に神官長はためらいがちに答えた。
「チェルシー様はお部屋にこもられて、私どもの呼びかけにもお答えになりません」
「なに!?」
ルークは仕方なく、急いで神殿へと向かうことになった。
チェルシーはルークが訪ねてくると聞くなり、着飾って出迎えた。
「チェルシー、部屋にこもっていると聞いていたが」
神殿の応接間にあるソファーに二人並んで座ると、チェルシーは瞳を潤ませて訴えた。
「体調がすぐれなくて……」
「そうなのか。しかし、緊急事態なんだ。君が結界を修復してくれないか?」
「そんなのフレヤにやらせればいいじゃない」
「は……?」
思わずこぼれた本音を隠すように、チェルシーは再び潤ませた瞳をルークに近付ける。
「ルーク様、わたしの聖力は清浄な状態であってこそ発揮されるんです」
「そうなのか?」
周りにいる神官たちは、そんなわけがないと心の中で突っ込みながらも口にできない。
チェルシーに付き、フレヤに全てを押し付け良い思いをしてきたのだ。
フレヤがいなくなり、チェルシーはハーブ作りを神官たちに命じた。
その複雑で膨大な知識を必要とする工程に、神官たちはやっとフレヤの存在の偉大さに気づいた。そして、それは聖力を持つ聖女が作らなければ意味をなさないことも。
「わたしにあんな汚れた仕事なんて似合わないでしょう? ね、フレヤを連れ戻してやらせましょうよ。そうすれば元通り。わたしの力も発揮されてイシュタルディアの生活は守れるわ。ね?」
すり、とルークの手を取り頬をすり寄せる。
「それに、フレヤを追放したのはルーク様なのだから、そのことで国王陛下にあなたが咎められたら大変だわ!」
チェルシーの言葉にルークはごくりと息を呑んだ。
「チェルシーの言う通りだ……。君は俺を心配してくれて、なんて素晴らしい女性なんだ!」
「わたしはいつでもルーク様のことを考えていますわ。ね? 早く元通りにして楽しい毎日を過ごしましょうよ」
ふっとチェルシーがルークの耳に息を吹きかければ、にたあと笑みに変わる。
「そうだな! あいつに働かせてこそ俺たちの暮らしが守られるというものだ!」
はははと笑うルークに、神官たちは笑えない心境だが愛想笑いで答える。
口うるさい奴を厄介払いできたと笑っていた口で、今度は連れ戻すと言う。
アウドーラとの関係もあるのに、どうするというのだろう。
神官たちは不安に思いながらも、この暴虐な王太子に従うしかない。
「なんでわたしがこんな目にあわないといけないのよ。全部フレヤのせいだわ」
チェルシーの呟きを神官たちが拾う。ルークには聞こえていないようで、うっとりした顔でチェルシーを見つめた。
「ああ、チェルシー。愛しているよ。君と結婚するためなら俺は何でもする」
「嬉しい。わたしも愛していますわ、ルーク様」
抱き合う二人を見て、神官たちはこの先どうなるのかと不安の色を隠せなかった。




