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追放された人質聖女なのに、隣国で待っていたのは子犬系王子様との恋でした  作者: 海空里和
第二章

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26.告白

「昨日はすみませんでした!」


 寮の建物を出るとノアが待ち構えていて、開口一番の謝罪とともに頭を下げられた。


「あ、うん……。大丈夫?」


 あのあと眠りこけたノアを寮まで送り届けてくれたのはユリウスだった。


 あのことは覚えているのだろうか。フレヤはドキドキして落ち着かない。しかしそれは杞憂なのだとノアの次の言葉ですぐにわかった。


「僕、迷惑おかけしましたよね? 何か変なこと言ったりしていませんでしたか?」


(覚えてないのか)


 ホッとしたような、残念なような気持ちになる。


「お酒、弱いんだね」

「すみません……久しぶりに飲んだので」


 しゅんとするノアは可愛いが、フレヤの気持ちを弄んだのだから意地悪を言いたくなる。


「はしゃいでたね?」

「うっ……すみません」


 ますますしゅんとするノアの頭には、垂れ下がった耳が見えそうだ。


(まあ、久しぶりに飲んだんだもんね)


 ずっと塞ぎこんでいたノアが羽目を外すほどになったのだ。それは喜ばしいことだ。


「いいんじゃない? これからは楽しいことをいっぱいみんなと共有していけば」


 ノアの目が大きく見開かれ、真剣なものへと変わる。


「そこにはフレヤさんもいますか?」

「えっ?」


 ドキンと胸が跳ねると同時に、ノアに手を取られた。


「来てください。フレヤさんに伝えたいことがあります」


(ええっ……!)


 ユリウスの言葉や、昨日のノアの言葉が脳内でぐるぐると渦巻き、フレヤはノアに手を引かれるまま歩いた。


(ま、まさか……)


 期待と緊張が極限まで高まり、竜舎に着いたころには無駄に息切れをしていた。


 今は早朝訓練のため、竜舎にはエアロンしかいない。飼育係もおらず、ノアとは二人きりだ。


 フレヤの手を離したノアが、真剣な顔のまま振り返る。


「フレヤさんに大事なことを伝えたいんです」


 迫ってくるノアに、フレヤは焦った。


「ちょ!?」


 ぎゅっと目をつぶれば、ノアはフレヤを横切ってエアロンの前で足を止めた。


「俺たちの国が魔物に強い理由をフレヤさんにお伝えします」

「へっ?」


 思っていたことと違い、拍子抜けした声が出てしまう。


「知りたかったんですよね?」

「う、うん」


 慌てて返事をする。


(勘違いして恥ずかしい……)


 熱い顔を冷ますように手をパタパタとあおぐ。ノアはそんなフレヤに気づかず、返事に微笑んだ。


「実は、竜が魔物の瘴気を吸っているんです」

「なんですって!?」


 恥ずかしい気持ちは彼方に飛んで、すぐにノアの話に食いつく。


「それにより弱体化させた魔物を騎士が殲滅しています。もちろん騎士たちも竜に頼りっぱなしなわけではありません。日夜鍛え、時には竜を魔物から守ります。騎士たちは竜に認められただけあり、連携はバッチリですから」


 竜が魔物の瘴気を吸い取るなんて、文献にも載っていない事項だ。これはアウドーラだけで秘匿されている事実なわけで。


「これがこの国の、竜騎士団の秘密です。あ、これだけはメモするの厳禁でお願いします」

「それはわかっているけど……」


 にこにこと国家機密を話すノアに、フレヤはごくりと息を呑んだ。


「そんな機密事項、敵国の……人質の私に教えてもいいの?」


 緊張や驚き、感動といった色んな感情が渦巻き、フレヤは目を瞠った。


「フレヤさんは人質なんかじゃありません。もう僕たちの仲間です」


 当然とばかりにノアが満面の笑みで答える。

 新たな感情が胸に迫り、フレヤは泣きそうになってしまう。


「それに、フレヤさんならこのことを結界に活かしてくれそうだなと思って」


 にぱっと笑ったノアは、完全にフレヤを信用してくれている。

 フレヤは熱くこみあげる涙をぐっとこらえると、口の端を上げた。


「簡単に言ってくれるわね。でも、そういうのは得意だからまかせて」

「はい!」


 嬉しそうに笑顔をキラキラさせるノアは、ぎこちなくなる前の子犬のノアだ。


 けっきょく、どうしてぎこちなかったのかわからないが、元の関係に戻れて嬉しい。いや、それ以上かもしれない。

 最初出会ったころに比べれば、天と地ほどの違いだ。


「私、絶対にこの国の……竜のために聖女の力を役立ててみせるから」

「フレヤさんらしいです」


 優しく微笑んだノアに、フレヤはぎゅっとシャツの胸元を掴んだ。

 

 飼育係のこの制服を、いつまでも着ていたい。大好きなエミリアとずっといたい。竜に囲まれて聖女としてこの国で生きていきたい。


 人質としてこの国に来たときには考えられないほど、フレヤは強い望みを持つようになってしまった。そして。


(ノアの隣にずっといたい……。私がノアを助けたり、支えたりしてあげる存在でありたい)


 目の前で笑うノアを見て、フレヤは強くそう思った。


(私、ノアが好き――)


 言いたいことを口にしてきたのに、この想いだけは簡単に口にできなかった。


「フレヤさん?」


 ぎゅっと眉を寄せたフレヤをノアが心配そうに覗き込む。


「なんでもない! 腕が鳴るなあと思って! さ、みんな早朝訓練が終わるころじゃない? 行きましょう?」

「はい!」


 笑顔を作れば、ノアも笑って答えた。


 そうだ。今は聖女としてこの国に貢献できることを示さねばならない。


 フレヤは浮つく想いを閉じ込め、自身の任務を全うすることへ気持ちを入れ替えた。



(やっぱりフレヤさんに話して良かった)


 訓練場へと向かうフレヤの背中を追いかけながら、ノアは考え込む。


 まずはフレヤが兄王に力を示すのを手伝おう。今回機密情報を伝えることは、もちろん許可を取ってあった。兄二人もフレヤの力には期待していた。何より、ノアの心を開いてくれた彼女を信頼してくれているようだ。


 あとは、彼女が聖女としてこの国で生きていける基盤を整えるだけだ。

 竜の祝福だけでも十分だが、フレヤはそれだけでは納得しないだろう。フレヤの結界が実を結べばこそ、ずっと竜騎士団にいられると思ってくれるはずだ。


(そうなったら、この国にずっといて欲しいと伝えよう)


 ずっと自分の隣で生きていって欲しい。


 ノアはフレヤの背中を見つめながら、決意を新たにした。

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