25.お祝い
「おめでとうございま~す!」
騎士たちの乾杯の声が食堂に高らかに響く。
あの出来事から五日経ち、今日は騎士団みんなでエミリアとユリウスの婚約祝いだ。
エミリアの家へ挨拶に行き、王の許可も得た二人は晴れて婚約者になった。
なんの障害もなくここまで素早く事が進んだのを見るに、やはりユリウスが裏で準備を進めていたのだろう。
「お二人はくっつくと思っていました!」
「そう?」
涼しい顔で騎士に答えるユリウスの隣にはエミリアがいる。
顔を赤くしたエミリアは肩をユリウスにがっちり掴まれ、恥ずかしくても逃げられない。
フレヤはユリウスに白い目を向けながらも、みんなにお酒を配っていた。
このパーティーは飼育係で準備をしていて、ノアもみんなに混じって忙しそうに動いている。
「この国の精鋭たちなのに、みんな仲いいですよね~」
食事を運び終えたキリが、トレーを手にフレヤの元にやって来る。
「うん、そうだね」
みんなユリウスとエミリアの婚約を喜んでいる。そして、そんなみんなに祝福されるエミリアは、何だかんだ幸せそうだ。それがほほえましい。
「キリだって仲が良いでしょ?」
飼育係と竜騎士の垣根はないように見える。
でもキリは寡黙だし、持ち場が違うためあまり騎士たちと話すところを見たことがない。
「……俺は竜騎士団に拾ってもらった立場だから」
キリとはよく話すとはいえ、あまり立ち入ってはいけないような空気にフレヤは黙った。
「あ、気にしないでくださいね。最近はフレヤさんにハーブのこととか教えてもらえて楽しいですから」
いきさつはわからないが、キリは平民出身でノアに飼育係として竜騎士団に拾ってもらったらしい。みんながノアを名前で呼ぶ中、キリだけは敬称をつけて呼ぶのはそのためだった。
「そっか。私もキリと竜の話ができて嬉しい」
キリはハーブや雑穀についてフレヤによく質問をしていた。
キリは覚えるのが早くて、彼自身も知識を付けていくのが楽しいみたいだ。
クールなキリがフレヤには薄くだが笑ってくれるのが嬉しい。
キリと話していると、ユリウスがやってきた。
「フレヤ」
「ユリウス様」
いきなり呼び捨てなことにフレヤは目を瞬いた。
キリは会釈だけすると、その場を離れていった。
「エミリアから離れていいんですか?」
「いいんだ。ようやく私のものになったからね」
「うわあ……」
嫌味を言ったつもりが、にこやかに返されてしまった。その独占欲の強さにフレヤが引いていると、ユリウスがくすりと笑う。
「ノアだって私の弟なのだから、その素質があると思わないかい?」
「弟さんはまっすぐな性格なので、そんなことはないと思いますけど」
「この短期間で弟のことをよく理解してくれているみたいだね」
「~っっ!」
終始ユリウスのペースに、フレヤは顔を真っ赤にして睨んだ。
余裕の笑みを兄の表情に変えると、ユリウスがフレヤを見つめる。
「あの暗く塞いでいたノアが、本来の明るさを取り戻せたのは君のおかげだ」
「そんなことはないですよ……?」
謙遜するなと、ユリウスがフレヤの唇の前に人差し指を差し出す。
「君が妹になるのを楽しみにしているよ」
「!? 私は人質ですよ!?」
突っ込むところはそこじゃないのに、気が動転して口走る。
ユリウスは差し出した人差し指を自身の唇に当て、ウインクした。
「ノアの気持ちが一番大切だと思わない?」
「私の気持ちは無視していいんですか」
「おや、聞いたほうが良かったかな?」
にっこりと笑うユリウスには、ノアやフレヤの気持ちなどお見通しのようだ。
(ノアの気持ちが大切だからって、あなたは元敵国で人質の私を弟の側に置いて良いって言うの?)
一番問いたい言葉よりも、率直な気持ちが先に口から出る。
「く、食えない……」
「ほら、王子様のお出ましだ」
くすりと笑ったユリウスが指さすほうへ目を向ける。
ノアが嬉しそうに一直線にフレヤへ向かって来ている。
「わんこの間違いでは?」
いや、王族で王子様なのだから間違いではないのだが、ユリウスの言い方につい過剰に反応してしまった。
彼の反応を見るに、わざとそういう言い方をしたのだろうが。
「基本的に竜騎士は独占欲が強い。ノアも元竜騎士だ。君も覚悟しておくんだね」
(すごいこと言って去っていった……)
あんぐりとユリウスの背中を見つめていると、すれ違いにノアが走って来る。
「フレヤさん! 兄上と何を話していたんですか?」
「走って来なくても大丈夫よ!」
足を心配していると、案の定がくりとフレヤの前で転びそうになったので身体を支える。
「フレヤさんは優しいなあ」
(!? 様子が……)
にぱあとフレヤの腕の中で顔を上げたノアは真っ赤だ。
「……酔ってる?」
「酔ってないです!」
びしっと敬礼したかと思うと、すぐにへにゃっと笑う。
(可愛いな……)
明らかに酔っている。フレヤに甘えるノアにきゅんとしてしまう。
「ごめんフレヤ、あいつらが飲ませすぎたみたいだ」
エミリアが合流して、ノアの両脇を抱えてフレヤから剥がす。苦笑いしながら見つめる先には、騎士たちがまだ酒盛りをして騒いでいた。
「ううん。ノアも楽しそうで良かった」
「こんなにはしゃぐノアを久しぶりに見たな」
エミリアは優しい笑顔をノアに向けると、フレヤを見た。
「ユリウス様の力になりたいって気持ちはあたしもわかるからね。だからこそノアが竜騎士でいられなくなって、見ていて痛々しかった」
エミリアはノアのことを弟のように思ってきた。その愛情ある表情を見ればわかる。
「あたしもユリウス様も何もできなかったけど、あんたが変えてくれたんだよ。ありがとう」
「……そんなことない。エミリアはずっとノアの側にいたじゃない。エアロンも、騎士団の人たちもずっとノアに寄り添っていたからだよ。私はきっかけにすぎない。それに今日は……」
にんまりと笑ったフレヤに、エミリアが首を傾げる。
「大好きなお兄様とエミリアがようやく落ち着いてくれたから、嬉しくてはしゃいじゃったんじゃないかな」
目を丸くしたエミリアが顔を赤くして、口の端を持ち上げる。
「あんた、言うね。そういうところ、ユリウス様に似てるわ」
「一緒にされると心外なんですけど!?」
本気で言っているのに、エミリアはあははと笑っている。
「ノアのこと頼んだよ」
「頼んだよって……」
エミリアにノアを引き渡されてしまい、困惑する。
酔っぱらいのノアは、フレヤの元に戻ってにっこにこだ。
「……風にあたろうか」
これ以上こんなノアを見ていては、心臓に支障をきたす。フレヤはノアを連れて外へ出た。
「気持ちいい」
春の夜風は心地よく、フレヤの頬を撫でていく。
食堂の裏手に積まれた木箱へノアを座らせる。
「フレヤさんも飲みましょ~」
「はいはい」
わーっと上げた腕を下ろさせる。
(酔うと子犬度が増すな)
ノアが可愛すぎて、さっきからきゅんきゅんしてしまう。心を落ち着かせるように夜空を見上げれば、星が無数に瞬いている。
イシュタルディアでは夜に外出することもなかったし、窓のない地下では星を見られなかった。
幼い頃、故郷で見上げた夜空を思い出して少し感傷的になってしまう。
「兄上……本当に良かった」
ぽつりとこぼしたノアの言葉に振り返れば、木箱にもたれかかり、しみじみと目を閉じていた。
「最初は諦めていたくせに」
「僕は……っ、兄上が決めたことならなんだって……」
ムキになるノアが可愛い。フレヤは空に目を戻すと、くすりと笑った。
「お兄さんのこと、大好きだね」
「フレヤさんのことも好きですよ」
「ひえっ!?」
びっくりして見上げていた頭をまっすぐに戻す。
「……」
ノアからは沈黙しか返ってこない。
「あ、あの……、ノアっ!」
ドキドキしながら振り返る。
「すー」
ノアは完全に寝落ちていた。
フレヤは顔を赤くしたまま、がっくりと肩を落とした。
「兄弟そろってなんなの……」
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