24.作戦②
「エミリア、ちょっといい?」
夕食を終えたエミリアが部屋に戻ったタイミングを見計らい、フレヤは部屋の扉をノックした。
「いいよ。どうしたんだ?」
扉を開けて出てきたエミリアは、まだ騎士服のままで目が少し赤くなっていた。
(泣いていたのかな)
痛む胸を押さえつけ、フレヤは笑顔で告げる。
「あの、ね、ソアラの様子が気になったから、一緒に竜舎に来てくれる?」
「ソアラの? わかった」
パートナーである竜のことを持ち出せば断れないというノアの言葉は正しかった。
エミリアは急いで一緒に竜舎へ向かってくれた。
昼間のお茶会では、一人になってしまったエミリアの元へ急いで駆けつけたとき、彼女は笑っていた。
辛いはずなのに、その後も笑顔で口実だったお茶会に付き合ってくれた。それが痛々しくて胸が痛んだ。
(今度こそ、大丈夫だよね?)
ノアが計画したのだ。きっとうまくいく。フレヤは緊張しながらもエミリアの後ろを付いて行った。
「なんだ? 真っ暗だぞ?」
いつもは魔道具で夜も明るい竜舎だが、今日は真っ暗だ。もちろんノアが先回りして消したのだ。
「フレヤさん、こっち」
フレヤにだけ聞こえる小さな声でノアがフレヤを引っ張る。
積み上げられた干し草の後ろにノアがいて、フレヤも急いで隠れた。
「で? ソアラがどうしたんだ? フレヤ? もう、暗くて見えづらいな……ソアラの竜房はここか」
暗い中、エミリアが感覚でソアラの竜房へと辿り着く。
しかしそこには、エアロンがいる。これまたノアが入れ替えたのだ。
ノアは、入口に来た人影を確認すると、エアロンに合図を送った。
「ぐおおおおおお!」
「うわ!?」
急に暴れ出したエアロンのしっぽがエミリアめがけて振り下ろされる。
「エミリア!!」
エミリアは間一髪のところで駆けつけたユリウスに抱き上げられ、それを回避した。
「よし、ナイスタイミング、エアロン!」
ノアとフレヤは干し草の裏で見守りながら、ガッツポーズをした。
「ユリウス様どうしてここに……いや、すみません、助けていただいて」
ユリウスの胸を手で押し、抱きかかえられたエミリアがその腕から降りる。
「そこはありがとうでしょ、エミリア!!」
「フレヤさん、しーっ」
またやきもきするフレヤをノアが口を押えて静める。
大人しく見守っていると、エミリアが口を開いた。
「……これでは副団長失格ですね。あなたを守るためにあたしは騎士になったのに」
「そんなことはない。エミリアにはいつも助けられているよ」
ユリウスは真面目な顔でエミリアの腰を引き寄せた。
「本当は君に守られるんじゃなくて、ずっと閉じ込めて守りたかった」
「!? あたしは、あなたの側にいるために竜騎士になって……!」
真っ赤になったエミリアは、後ずさろうにもユリウスに腰をがっちり掴まれていて、逃げられない。
「知っているよ」
「!?!?」
パニックのエミリアは目を白黒させているが、ユリウスは余裕そうに微笑んでいる。
「私のために努力してくれていると知っていたからこそ、君を尊重してきたんだ。閉じ込めたいのを我慢して」
「あの?」
困惑するエミリアにユリウスの顔が至近距離に迫る。
「やっと言ってくれた。竜騎士になった理由」
ぶわわ、とエミリアの顔が茹で上がっていく。
「エミリアは私を愛しているんだよ? 侍従愛じゃなくて、異性としてね」
「~っ! ~っ!」
口をパクパクさせるエミリアの手を、ユリウスは悪い笑みですくい取る。
エミリアの腰をさらに寄せ、二人は抱き合う形になった。
「その顔が見たかった」
「ちょ、ユリウス様……」
耳元で囁かれ、思わず身体を離したエミリアの唇に、ユリウスのものが重なった。
「「!!」」
干し草の裏で一部始終を見ていたフレヤとノアは顔を赤くして絶句する。
「私の妻はエミリアしか考えられない。結婚してくれるね?」
「……はい」
「やっと素直になった」
ぽーっとするエミリアをユリウスが抱きしめる。
「…………」
フレヤとノアが口を開けて呆然としていると、ユリウスは二人が隠れている干し草のほうに顔を向けた。暗がりに目が慣れたので、表情もよく見える。
ユリウスは二人が裏に隠れていることをお見通しだったようで、パチンとウインクをしてみせた。
「……! ユリウス様にはめられた」
「え?」
低い声でわなわなと震えるフレヤに対して、ノアは理解が追い付いていない。
「ユリウス様はエミリアとの関係にしびれをきらして、わざと噂を流したんだわ。エミリアの反応を見つつ、素直になれない彼女のために私たちが動くことも見越して」
「まさか兄上がそんなこと」
「するわよ。あの人腹黒だもの。エミリアを確実に自分のものにするため動いたんだわ」
まさかと驚くノアを横目に、フレヤは干し草から顔を覗かせる。どうやらユリウスとエミリアはすでに竜舎を出て行ったようだ。
「ユリウス様の口ぶりを見るに、きっと日頃からエミリアを逃がさないようにはしていたはずよ。……そんなに好きなら正面向かって言えばいいのに。さすが王族ね。好きな女性にも策略的で」
エミリアのためにうまくいったのは嬉しい。しかしそれがユリウスの手の平で転がされていたと思うと、腹が立つ。
フレヤはぶつぶつ文句を言いながら立ち上がろうとした。
「フレヤさんは……正面から伝えられるほうが好きですか?」
「はあ?」
自分がどうかと問われれば恥ずかしい。赤い顔で振り向けば、真剣な眼差しとぶつかる。
(えっ……まさか)
いつものうるうるとした子犬の瞳ではなくてうろたえてしまう。
無言のままノアが迫り、フレヤの身体は干し草に追い詰められ、背中がもふっとした感触をとらえる。
(ちょ、ちょ、ちょ!?)
熱を宿したノアの瞳を直視できなくて、フレヤは思わずぎゅっと目をつぶった。
「ついてましたよ」
「へ?」
目を開けノアを見上げれば、手に干し草を持っている。
「あ、ありがと!!」
とんでもない勘違いに、フレヤの顔にどんどん熱が集まっていく。
急いで立ち上がると、干し草の表側へと逃げた。
(な、なんなの……?)
ノアの思わせぶりな態度に怒って、フレヤはふるふると震えた。
★
(僕は……どうしたいんだ)
ノアは手にしていた干し草を握りしめて俯いた。
竜騎士を諦めた自分が、フレヤに想いを伝えていいのか。触れていいのか。
その想いがぐるぐると渦巻き、ノアはそこから動けずにいた。




