22.事件?
「そうそう、王都周辺の魔物の出現率が減ったってさ」
「ほんと?」
買い出しの日から数日後、早朝訓練を終えたエミリアとフレヤはいつものように食堂へ向かっていた。
「ああ。ユリウス様から聞いた。今度はあたしたちが国中にフレヤのハーブを蒔けばよくないか?」
「うん……そうだね」
興奮するエミリアとは逆に、フレヤは考え込む。
「なんだよ難しい顔して。ユリウス様も単純な話じゃないって言ってたな」
顔を覗き込むエミリアに苦笑する。腹黒ユリウスと同じ考えとは複雑だ。
「竜騎士団は魔物討伐で忙しいでしょ?」
「だから討伐帰りにちゃちゃっとさ」
「それだと場所が偏るし、荷物だって増えるでしょ? 確かにそれを繰り返していけば結界を作れるだろうけど……」
「あ」
エミリアも気づいたらしい。口を開けてフレヤをじっと見た。
「そう、効果は永久じゃないから、それこそ竜騎士団が疲弊しちゃうわ。それに、イシュダルディアと違ってアウドーラは広いから、私が作るのも追いつかない……」
ハーブの作成に関しては、竜の世話をやめ、寝る間も惜しめばできる。イシュダルディアではやってきたのだからできる。竜に関われないのは寂しいけど。
ただ、フレヤ一人の問題ではないのだ。
「陛下は竜騎士団が疲弊する未来を憂慮されていたわ。だから聖女を要求したのでしょう? これでは私がいる意味もなくなるもの……」
言ってぞっとした。
役立たずの烙印を押されてしまったらどうなるのだろう。
「そんなこと言うな!」
黙ってしまったフレヤの背中をエミリアが勢いよく叩いた。
「いった……!?」
目をぱちくりさせてエミリアを見れば、にかっと笑っている。その嫌味のない笑顔がフレヤは大好きだ。
「フレヤは今でも十分騎士団の役に立ってるんだから、心配すんな! フレヤは竜騎士団に必要だ。あたしたちが守ってやるから! 結界のことも……難しいことはわからないけど、一緒に考えていこうよ!」
「エミリア……」
必要だと言われたのが初めてで、フレヤは泣きそうになったが我慢した。
「それに、竜の祝福を受け取ったこと忘れてないよな?」
忘れていた。
「おい!?」
エミリアが信じられないような目でフレヤを見る。
「だって……祝福ってなにがあるわけでもないし……キスをされただけだよ?」
「……確かに」
エミリアまで納得してしまった。
竜に祝福をされたからといって、目印があるわけではないし、口では何とでも言える。まあ、竜騎士のほぼ全員が目撃したので、証人はいるわけだが。
話しているうちに二人は食堂にたどり着く。そこでノアと出くわした。
「あ、ノアおはよう!」
「お、おはようございます」
挨拶をしたフレヤと目を合わせることもせず、ノアは挨拶だけ返すとそそくさと食堂を出て行ってしまった。
「なにあれ?」
エミリアが不思議そうに首を傾げている。
あの買い出しの日から、ノアの様子がおかしい。
最近は一緒に早朝訓練を見学していたのに、またユリウスの隣へ行くようになってしまった。
竜の世話もノアはフレヤが来る時間を避けているようだった。
(私、何かした?)
やっぱり竜騎士の話がノアを傷付けてしまったのだろうか。
確かめたくても、ノアはさきほどのようにフレヤから逃げてしまう。
どうしたものかと去って行くノアの背中を見つめていると、エミリアがとんでもないことを口にした。
「ノアとキスでもした?」
「してません!!」
顔を真っ赤にして否定するも、エミリアはあははと笑ってフレヤをからかっている。
「じゃあなんであんなに懐いていたノアが――」
「エミリア大変だ!」
「どうした? ディラン」
食堂の入口で話していたところに、エミリアと同じ副団長であるディランが飛び込んで来た。
彼のただならぬ様子にエミリアの表情も引き締まる。
「団長が婚約するそうだ!」
「はあ!?」
先に声をあげたのはフレヤだった。エミリアはというと、引き締めた顔のまま固まっている。かと思えば、へらっと笑った。
「ははは、おめでたいじゃないか!」
上げた口角が引きつっている。
「エミリア――」
「ほら、早くしないと朝食食いっぱぐれるよ? ディランは食べたのか?」
「え? あ、まだ――」
「じゃあ中に入ろう」
ぎくしゃくと食堂の中に入り、トレーを持つ。そのトレーにどんどん食事が置かれていくのを見るに、エミリアがかなり動揺しているのがわかった。
(ユリウス様はエミリアを大切にしているようにみえたけど?)
フレヤはディランと顔を見合わせる。
彼は眉尻を下げて笑うと、首を横に振った。どうやら竜騎士団内でも二人は見守られていたらしい。だからこそ、このニュースを慌ててエミリアに持ってきたのだ。
ディランは朝食をトレーにのせると、エミリアとは別のテーブルへと向かった。
フレヤはエミリアの向かいに座る。
「ねえ、止めないと」
一心不乱に口の中へと朝食を詰め込むエミリアに訴える。
エミリアは口の中で咀嚼し飲み込むと、フォークをテーブルに置いた。
「……いつかこんな日がくると思っていた」
「それでいいの!? ユリウス様が他の女性のものになるんだよ?」
「ああ」
興奮したフレヤはテーブルに手を付き、身を乗り出した。
「エミリア!! 私はね、過去に戻りたいなんて思ったことないの! それは、後悔しないように全力でやってきたから。エミリアには後悔して欲しくない! ねえ、ユリウス様に全力でぶつかったの?」
「はは、あんたらしいね」
視線の合わないエミリアは乾いた笑いを浮かべる。
「それでも。あたしはユリウス様を支えていくと竜騎士を目指したときに誓ったんだ。だからユリウス様が結婚してもそれは変わらない」
諦めたような表情で呟くエミリアは、いつもの勢いはないが固い決意を感じた。
それがいじらしくて、ますます切ない気持ちになる。
フレヤは見返りを求めずがむしゃらに国のために聖女業をしていた自分とエミリアを重ねていた。
(エミリアには幸せになってもらいたい)
自分の気持ちを押し込めるように、再び口の中に朝食を詰め込むエミリアを見て、フレヤは頭の中で作戦を考え始めた。




