19.空の旅
「ほらできたぞ」
「ありがとう。でも買い出しにおしゃれする必要ある?」
翌日、早朝訓練の後でエミリアが部屋まで押しかけ来た。ドレスやメイク道具一式を持参してきたエミリアは、ぽかんとするフレヤをあっという間に仕上げでしまった。
「なに言ってんだ! 街に行くんだから着飾らないとだろ!」
エミリアに今日ノアと買い出しに行くことを伝えたところ、なぜか残念な顔をされたのを思い出す。
(そっか、忘れてたけどノアは王弟だもんね。側にいる私もちゃんとしないと)
エミリアが用意してくれたドレスは身体にぴったりで、フレヤは全身が映る鏡の前で一回転してみる。
つま先まで広がるシルバーのドレスは動きにくいが、上質な布のため着心地がいい。金糸で刺繍されたバラの模様が上品さを際立たせている。
アウドーラに来てからぼさぼさだった髪も艶やかになったが、しばりっぱなしのため癖がついていた。エミリアはその癖も魔法のように綺麗にしてくれた。
ストレートになびくミルキーブロンドの髪を、金色の花飾りが彩ってくれている。
(なんだか、思い出の竜の瞳とお揃いみたい)
竜脳なフレヤはそんなことを思って、ふふと笑った。
「お気に召したようでなによりだ」
鏡越しに満足そうに笑うエミリアと目が合う。
正直エミリアはガサツな印象だったため、こういうことには疎いと思っていた。
「あ、これでもあたしは侯爵令嬢だからな? 必要なときはドレスだって着るんだぞ」
フレヤの胸の内はお見通しだったようで、膨れるエミリアにフレヤは慌てて謝った。
「でもどうして竜騎士に? かっこいいけど!」
「ありがと。……あんた、がつがつしてるけどそれは素直だからなんだなあ」
褒められているのかけなされているのかわからない。
複雑な気持ちを表情に出すと、エミリアは苦笑いで答えた。
「あたしは、ユリウス様を側でお守りできるよう竜騎士の道を選んだんだ」
きっぱり言い切るエミリアはやっぱりかっこいいと思った。
侯爵令嬢である彼女が竜騎士に、しかも副団長まで上り詰めるまでの道は平坦ではなかっただろう。
「私、努力する人好きだわ!」
「あ、そう」
素直な気持ちを吐き出せば、エミリアは照れた顔を隠すようにそっぽを向いた。
「エミリアはもしかしてユリウス様のこと――」
ここまでの努力はきっと特別な感情があるからに違いない。フレヤが言いかけた言葉をエミリアが遮る。
「あくまで尊敬しているからだ! 臣下だからな!」
顔を真っ赤にして否定するエミリアが可愛く見える。
「ふーん」
ユリウスの態度を見るにも、二人は両想いのはずだ。
(まあ私が余計な口を出すことじゃないか)
あのユリウスがいつまでもこのままにしておくわけがない。
そのうちくっつくだろうとフレヤはそれ以上追及しなかった。
「お待たせ」
待ち合わせ場所に行くと、私服姿のノアが目に入った。
白いシャツに青いジャボタイが爽やかな夏空の下、煌めいて見える。
いつもの仕事着とはうって変わって、王子様に見えるのだから困る。
「フレヤさん! 今日は可愛い格好ですね」
フレヤを見つけてぱっと嬉しそうに笑顔を咲かせるノアに、フレヤの顔が赤くなる。
「あ、いつも可愛いですからね?」
(ひえ!)
フォローまで完璧なノアにたじたじになる。
(これは子犬が飼い主に懐いているあれよ!)
感情を隠そうとしないノアに、フレヤは自身に言い聞かせる。
王弟と人質がどうこうなるなんてありえないのだから。
「じゃあ乗ってください」
「え?」
ふわりと飛び上がったエアロンを見上げれば、彼の身体に人が二人乗れそうなくらいの大きな籠が取り付けてある。
「まさか?」
フレヤの期待に応えるようにノアはにっこりと笑った。
「すごい、すごーい! 飛んでる!」
ノアと一緒に乗り込んだ籠はエアロンによって空高く上がり、フレヤははしゃいだ。
籠には魔道具が取り付けられており、風を防ぎ酸素も供給されている。快適な空の旅だ。
「良かった。フレヤさん、竜のこと好きだから喜んでくれると思って」
「私のため?」
嬉しそうに笑うノアにきゅんとする胸を押さえつける。
「僕も久しぶりにエアロンに乗れて嬉しいです。昔はよく一緒に飛び回っていたけど、僕が怪我をしてからこいつも飛ばなくなって」
心配するフレヤをよそに、ノアは吹っ切れたような表情だ。
「見かねた兄上がエアロンに籠を取り付けて、物資を運ぶ役目を与えてくれたんです。それでも僕は辛くてエアロンから目を背けた。その役目は他の騎士に任せていたんです」
「そうだったんだ」
きっとまだ傷は残るだろうに、笑顔で話すノアに胸が締め付けられた。
「エアロンもノアとまた飛べてご機嫌みたい」
エアロンからは鼻歌のように「ぴゅいぴゅい」と鳴き声が聞こえる。
「そうですね」
眩しいものを見るように細められたアイスブルーの瞳がフレヤに向く。
(子犬!!!!)
ぐりんと顔を逸らし、フレヤは街並みを見るふりをした。
ノアの視線がいつまでも自分に注がれているようで、フレヤは心臓を落ち着かせるのに必死だった。




