神殿 16
朱雀離宮の二番目に大きいホールに、ほとんどの親衛隊の隊員が集められた。
一番広いホールは結界の陣が描かれているため、現在使用禁止となっているためだ。
二番目といっても、舞踏会などが開けるほど、十分に広い。
幻影を留めていられるのは、わずかな時間なので、絵描きも呼ばれた。
「おい。本当に大丈夫か?」
「映視くらい、どうということはありません。いつもより、持続時間が短くなる程度ですよ」
必要以上に心配するリズモンドに、サーシャは首を振った。
実際、大技ではなく、普段なら苦も無く使える術なのだ。
魔力量にも問題はない。
リズモンドが心配しているのは、結界に弾かれたときに受けた、精神体のダメージだ。
さすがのサーシャも、ノーダメージではいられなかったが、だからこそ、ここで大事をとるのは違うと感じている。
あの神殿の建物を見たのは、サーシャだけなのだ。
記憶は徐々に薄れていく。だからこそ、映視の術は、今使わなければ、全く役に立たないものになる。
やがて、魔道灯が消され、真っ暗になった。
映視は、部屋が暗い方が、鮮明に見えるのだ。
「アルカイド君、こちらはもう大丈夫だ」
レオンに促され、サーシャは、基礎通り魔法陣を描いた。
「始めます」
いつものサーシャなら、魔法陣を描く必要もないのだが、自分の体調が万全ではない以上、少しでも負担のない方法をとる。
「我が記憶をここに!」
サーシャが叫ぶと、サーシャの頭上に、白い建物が映し出された。
無意識の記憶なので、焦点があってない部分もみえる。
つまり、サーシャが表面上覚えているものより、かなり精密に描き出されるのだ。
白い建物の周囲は、木々が生い茂っている。
ただ、それ以上の光景を映し出すことはできず、サーシャは術を打ち切った。
集団に見せるため、通常よりも、かなり大きく幻影を作ったため、疲労を感じる。
とはいえ、いつものサーシャなら、まったく気にしない。さすがに、病み上がりにはきつかったようだ。
幻影が消えると、魔道灯が灯された。
「バーソローにある神殿だと思います」
手を挙げたのは、ミラル。結界を張るときに協力をした魔術師だ。
「バーソローか……」
レオンが顎に手を当てる。
バーソローは帝都の外にある村だ。
街道沿いのため、そこまで不便な場所というわけでもないし、帝都からそこまで離れている場所ではない。馬で半日の距離だ。
ミラルは、自分がバーソローの村の出身だと、レオンに告げる。
「どんな神殿だ?」
「バーソローにあるといっても、村に流れる川の対岸にありまして、めったに村の者と交流はしなかった記憶があります」
神官は修行の為に俗世から離れることがあるため、交流があまりなくても、村人は何とも思わなかったらしい。
「私も十年ほど帰っていないので、はっきりとはわかりませんけれど」
ミラルは首を振った。
「バーソローなら、距離的にちょうどいいかもしれませんね」
リズモンドが頷く。
「帝都内と違って、足がつきにくいけれど、そこまで遠くないですから」
「確かにそうだな。マーダン、地図を」
レオンが指示をすると、マーダンがかなり大きな地図を持ってきた。
「バーソローはあまり詳しい地図ではないのですが」
ホールの隅に置いてあった机の上に広げられた地図を、レオンは覗き込む。
「見た目はともかく、敷地面積はかなり広いな」
建物の大きさは小さそうだが、神殿の所有している土地はかなり広い。耕作地と考えれば、それほど不自然ではないが、数人が住む建物の外観に比べ、広そうだ。
「このあたりに船着き場がありまして、村と交流するときは、舟を使用しておりました」
ミラルが指をさす。
「神殿には,ここを渡らないと行けないのか?」
「裏は森ですので、森を歩けば、行けなくはないかと。ただ、村の人間は、あの森には入らないようにしておりますので」
「なぜだ?」
「魔獣が出るのです」
川に隔てられた村側で魔獣を見ることはほとんどないらしいが、森にはかなり凶悪な魔獣たちが生息している。
「なるほど。それで、あそこまで強い結界が必要なのですね」
サーシャは得心した。
森を背にしている以上、魔獣がいつ襲ってくるかわからない。結界が強固なのは当たり前だ。
結界を強固にした建物を作る理由にもなる。
「それでも、宮殿並みの結界はさすがにやりすぎだろう?」
リズモンドが首を振る。
「魔獣のためかどうかはわからないけれど、朱雀宮殿を魔術攻撃するには、もってこいってことですよ」
サーシャは息をついた。
もともとは本当に魔獣のためだったのかもしれないが、魔術攻撃の本拠地にも打ってつけだ。
追跡されても、サーシャをもってしても破れない『結界』。
「ただ、私が追跡をしたのは向こうも知っているでしょうから、証拠が残っているかどうかは謎です。本当に申し訳ないです」
サーシャが寝込んでいた時間に、相手は撤退したかもしれない。
たかが二日、されど二日だ。
「あれだけの人数が、田舎の神殿に常駐しているとは思えない。移動したのなら、どこかに痕跡があるだろう」
レオンが顎に手を当て、考え込む。
「街道の警備の者に、神官の出入りがなかったか確かめろ。何もなかったことにはできないはずだ」
レオンは立ち上がる。
「明日の朝、バーソローに行く。アルカイド君は行けるか?」
「もちろんです」
レオンの問いに、サーシャは、はっきりと答えた。




