神殿 30
メルダー祭司は、大祭司に最も近い人物と言われている。
グレック・ゲイルブ大祭司を盲信し、その手足となって動いているという話だ。
メルダーが孤児院を使って、人材を育成していたのだとすれば、大祭司が知らない訳はない。
「ちなみに、神殿の孤児院出身で塔に登録のある魔術師は過去二十年間分調査をしましたが、一人もいなかったと塔から報告がありました」
脇からリズモンドが口をはさむ。
「つまり、孤児院で魔術師を養成していたのは、『もぐり』になったと考えるべきだな。つまりメルダー祭司の手駒になったというわけだ」
レオンはため息をついた。
「ちなみに、孤児院出身で、官吏になった者はいるだろうか?」
「官吏ですか?」
「ああ。公務についている人間がいないか調べてほしい」
官吏の試験は神殿が保証人になれば、孤児でも受験することができる。
エリラーク・ザバンアントは外務局の情報を流すように神殿に脅されていた。神殿が育て、保証した人物なら、当然ザバンアントより立場が弱い。何らかの機密を盗まれている可能性もある。
「殿下。よろしいでしょうか」
「ああ」
手を挙げたジルにレオンは頷く。
「ローザ・ケルトスについてですが」
「影狼の首魁か」
捕縛したものの、魔術の攻撃を受け生死をさまよっていて、未だ尋問もできていない。
「彼女はおそらく、デイバーの孤児院出身のようです。孤児院から押収した記録に名前がありました。本人かどうかの確証はありませんが」
「つまり、彼女が孤児院出身なのであれば、孤児院出身の人間が闇に流れている証拠であるし、簡単に神官見習いとして神殿に潜り込んでいたことも理解できるな」
神官見習いは、身元を保証する保証人が必要だ。ケルトスが孤児院出身ならば、当然保証人は神殿の関係者に違いない。
誰が保証したのかの調査は神殿に依頼したのに未だ回答がないのは、きっとそのせいだろう。
ケルトスは誰かの指示を受けていた。ひょっとしたら神殿の人間かもしれない。
「それから報告書にも書きましたが、医者によるとローザ・ケルトスの回復する確率はかなり厳しいとのことです」
「つまり影狼についてこれ以上調べるのは難しいということか……」
「はい。神殿は口を閉ざしておりますし、影狼の他のメンバーも『誰』の命令で動いていたのかを知りません」
ジルは首を振る。手を尽くしてはいるが、行き詰っているのだろう。
神殿側に協力する意思がないのだから、彼女の経歴をこれ以上追うことはできない。
影狼の犯罪と思われるものは数多くあるが、彼らの犯罪と確定しているのは、マーベリックに関してもののだけだ。それについては、そこまで大きな犯罪とはいえない。
レオンは大きく息を吐いた。
「殿下」
リズモンドが挙手をする。
「ブリックス伯爵の馬車に仕掛けられた火の魔術の魔素と、ローザ・ケルトスにかけられていた魔術の一つが一致いたしました」
「何?」
「つまり、同じ人物が動いています。上級魔術師と思われますが塔に登録はありません。その人物を捜し出すことができれば、ローザ・ケルトスに関してもわかることがあるかもしれません」
角度を変えろとリズモンドは言っているのだ。
「そうだな」
リズモンドの言う通りだ。
少なくともブリックス伯爵の馬車に魔術をかけられる人間は限られているはずで、ブリックスの意識が戻った今、彼がどこで何をしていたかは、いずれ判明するだろう。
「マーダン、ブリックス伯爵をこちらに連れてくることは可能だろうか?」
「歩くことは無理でしょうが、床を動かせる程度には回復しております」
「それなら、すぐにでも迎えに行こう。アルカイド君、ガナック君も同行してくれ。襲撃の恐れがある。ジルはクレア・ランバートについて調べてくれ」
ブリックス伯爵は容疑者であり、証人でもある。絶対に死なせるわけにはいかない。
ルクセイド・ハックマンの黒魔術の研究に手を貸していたこと、また、デイバーの孤児院を支援していたのはなぜか。
また、彼を事故死させようとしたのは、いったい誰なのか。
ブリックス伯爵は誰かに利用され、命を狙われたと考えるのが自然だ。
「殿下、私とリズモンドが同行するということは、魔力攻撃があるとお考えですか?」
サーシャが質問する。
「今のところ伯爵が意識を取り戻した情報は伏せられているが、どこから漏れるかわからない」
「夜でなく、昼間に移動させるのはどうしてですか?」
病人を運ぶのだから、普通の馬車で運ぶのは難しい。軍で使うような荷馬車にほろをかけたもので寝かせるのが現実的だが、とにかく目立つ。さらに護衛までつけるとなると、かなり大ごとだ。
「こちらが目立つのは仕方がない。むしろ昼間なら、敵が目立つ行動をとれない」
レオンはわずかに口の端を上げた。




