#7
グランダード平原はそんなに広い平原ではない。厳密には、ノックアス地方の東の端に存在する、ルディアとマキナ森林に挟まれた平原部分を、特にグランダード平原と呼んでいるにすぎない。ヘイムギルのさらに南西には、草原がずっと続いている。
「囁爪の群れは十匹から二十匹の規模がおおい。今回は爪を四十本、二十対だから、群れを全滅させれば、だいたい二回くらいで済む」
「全滅? でもそれって難しくないか?」
エドが難しそうな顔で腕組みをする。確かに、実際に群れを全滅させるのは難しい。
「そうだね。実際は無理だと思う」
「私の魔法でも無理?」
メディがそう言って首を傾げる。確かに、メディの魔法を使えば、群れの一つや二つくらい、簡単に殲滅できるだろう。けど、それではだめだ。
「駄目だよ。メディの魔法を使うと、爪がぼろぼろになる。要求されてるのは、囁爪の焼死体じゃない。あくまで彼らの爪が必要っていう依頼なんだ」
「あ、そっか」
「それに、この草原を焼くわけにはいかないしね。雨が降ってれば良かったかもしれないけど」
「じゃあ、私の弓で遠くから仕留める?」
「それか、罠つかって捕まえるかだな。アイラの弓が一番いいだろうから、一度それで試してみようぜ。難しそうなら、また考えるってことで」
「……うん、僕もそれでいいと思う。じゃあ、まずは群れを探そう」
方針が決まって、僕たちはグランダード平原を歩く。ウェミルさんにもらったシルフの目薬を使って、草に隠れた囁爪を探す。
僕たちがなだらかな丘を迂回するように移動していると、草に隠れて灰色の塊をいくつも見つけた。がさがさと草を揺らしながら移動しているものもある。囁爪の群だ。すぐに足を止めて、身を屈める。
「思ったより狙いにくい」
顔を合わせると、アイラが最初に口を開いた。グランダード平原は場所によってわずかに植生が違うのだけれど、群れを見つけた場所は特に背の高い草が密集していた。こうなると、弓を使って数匹は仕留められても、群を一つ制圧するのは難しいだろう。
「そういえば、前に読んだ本に、囁爪は待ち伏せしての狩りを行うって書いてあった気がするな……。だとしたら、基本的にずっと身を隠してるのか」
「なるほどな。できるだけ背の高い草を見つけるような習性がある、ってことか」
エドはすこし考え込むと、ニヤリと笑っておもむろにマギカソードを抜いた。
「弓は使えないだろ、アイラ」
「ムリ。やるだけやってみてもいいけど、ちょっとでも気づかれたらもう狙えないと思う」
「じゃあ、ここから狙えるやつを狙ってみてくれ。俺は何匹か直接狙ってみる」
「おい、エド。深追いするなよ。……僕とメディは、そうだな、多分、丘とは反対側に逃げるだろうから、そっちで待ち伏せしとくよ。それで、何匹か狩れると思う」
「オーケー。まあ、全部は無理でも、半分くらい狩れるだろ」
そう良いつつ、エドは群れの方を見遣る。僕もつられて視線を向ける。草の動き方や見える頭なんかをざっと数えたところ、十匹は超えているような感じだ。エドの感覚だと、五匹以上は狩れる計算らしい。
「じゃあ、三分後に頼む。メディ、行こう」
「わかったわ」
僕はメディと一緒に二人の元を離れて、群れに見つからないよう大きく迂回して、ちょうど丘とエドたちの反対側にたどり着く。あちらが動き出すまでもう少しくらい時間がある。僕は深呼吸をして剣を抜き、周囲の音に耳を澄ます。
「ねえ、ロイ」
「どうしたの?」
「私の魔法って、詠う伽藍で役に立つのかな?」
「……どういう意味?」
思いがけない言葉に、僕はメディを振り返る。メディはいつも通り、微妙に不機嫌そうな表情をしていた。
「ほら、私の魔法って、なんていうか……生産性が無いじゃない?」
「生産性か……それはまた、面白い表現だね」
「茶化さないでよ。詠う伽藍は中型生物や小型生物を狩ることを中心に活動してるじゃない。それって、生産的だと思うのよ。
ほら、生物からしか取れない材料とか、魔法器官を求めての狩りでしょ? それは、身を守るための狩りじゃないのよね」
「ふむ、まあ、そうだね」
「でも、私は爆発しか使えないわ。ロイみたいに賢いわけでもない。それに私の魔法は、エドの一番強い魔法と似てるのよ。
私の力じゃないの。本質的には。努力じゃない、偶然で手に入れたのよ」
メディは嫌なことを思い出したのか、表情が歪む。
「……メディの力であることと、それをどう手に入れたかは、関係ないよ」
「それはそうだけど……でも、やっぱり役に立たないんじゃないかって思うのよ」
「そんなこと、メディは気にしないで良いんだよ」
「……どうして?」
「役に立つかどうかってのは、使い手の問題だからね。大丈夫。メディの力だって役に立つよ」
「そうかな?」
「多分ね」
僕たちの会話は、ドサリとなにかが倒れた音と、金属の擦れる嫌な音によって遮られた。エドとアイラが動いたみたいだ。僕とメディは息をひそめて、がさがさと草をかき分けている囁爪に注意を払う。
一匹の囁爪がかなり近くまで来たのがわかった。僕はすぐに接近して、首のあたりにある柔らかな部分に剣を突き刺す。鈍色の仮面のような細長い顔と、体長と同じくらいの長さのある爪。僕が剣を突き刺したそいつは、ビクリと背中をふるわせたかと思うと、爪を鋭く突き出した。
剣を突き刺したまま、とっさに横にずれる。足をかすったのか、微かに痛みが走るが、動くのに支障はなさそうだった。僕はそのまま、剣を半回転させつつ引き抜く。赤黒い血が吹き出して、囁爪は倒れた。
「ロイ、もう二匹来てる!」
「わかった」
三歩ほどの距離に二匹の囁爪が現れた。群れの仲間が殺されたことに反応したのか、僕たちをも迂回して逃亡する他の多くの気配に反した動きだ。性格の差なのかもしれない。
「メディ、目くらまし!」
「ッ! わかった!」
素早く杖を構えて、メディが魔法を発動する。
僕は右目だけを手のひらで覆って、視力を守る。
光だけの爆発が、僕と囁爪の間で起こる。囁爪は眼が悪いが、視力を持たないわけではない。微かな視力を完全に奪ってしまえば、二対一でも簡単に狩れる。
光が収まり、右目を開くと、明後日の方向にふらふらと歩いている囁爪が見えた。僕自身も多少ふらつくけれど、なんとか追いついて先ほどと同じように首を狙って剣を突き刺す。二匹目も同じように処理すると、どうやら群れは完全に逃げてしまったらしく、囁爪の気配はしなかった。
僕はウェミルさんに教わっていた通りの手順で、小さなナイフを使って囁爪の肩部分を切断し、僕の腕と同じくらいの長さのあるその爪を袋にしまった。きれいに狩れたので、これで六本になる。エドたちの調子はどうだろう。多分、三、四匹くらいは狩ってるだろうから、十二本くらいってところか。流石に二回で四十本集めるのは難しい気がしてきたけれど、今日中には終わるだろう。
一匹目の死体を放置した場所に戻ると、メディが僕と同じように爪を狩り終えていた。
「ロイ、さっきはありがとう」
「ん? ああ、いや、あれは思いつきだったんだけどね。でも、狙った通りになって良かったよ」
「うん。私、ロイとパーティ組んで良かったわ。最初に決まったときは正直どうなるかと思ったけど……ロイのこと、よく知らなかったし」
メディと僕は五年生になってからの仲だ。実習を兼ねてギルドに入る時に、生徒同士でパーティを組む。事情があって仲のいい友人とパーティを組めなかったらしいメディをアイラが連れてきたのが、僕とメディの初対面だった。
「僕はメディのことよく知ってたよ。アイラの友達だったからね」
「そうなんだ?」
「そうなんだよ。……じゃ、さっさと二人に合流しよう」
その後も僕たちは順調に狩りを続け、夕方になる頃には、きっちり四十本の爪を集め終えていた。
シルフの目薬
点眼することで一時的に視力を向上させる薬。正確には、視力そのものがあがるのではなく、認識能力が上がる。




