#6
二十二日、ノームの日。僕たち四人とウェミルさんを乗せた馬車は、昼前にヘイムギルに到着した。
「よし、俺たちの初陣だな!」
ヘイムギルにある謡う伽藍の支部にある部屋に到着するや否や、エドが待ちきれないとばかりに荷物を投げ捨て、既に装備しているマギカソードを握る。気が逸って変なミスしなければいいけど。
アイラとメディは落ち着いて準備している。アイラは弓を引くためのグローブを両手にはめ、弓に弦を張る。腰鞄と矢筒を身につけた。弓はこまごまとした準備に手間がかかる。それに比べて、メディやエドは自分の獲物を持つだけだ。
僕も、いつも使っている鞄に父さんの本を突っ込む。必要なものはひととおりまとめているので、この本だけを入れればそれで十分だ。そして、黒睡蓮の函で購入したーーアイラに贈ってもらった白い剣を剣帯にとりつける。
鞘まで白いこの剣を身につけていると、目立ちそうだ。僕は髪も白いし。
ロビーに出て、僕たちが出てくるのを待っていたウェミルさんと合流する。
「装備については特に助言はしない決まりですが……特に問題はなさそうですね。学園でもフィールドワークをやっていたようですし、問題は無いでしょう」
「当たり前だろ! それよりさっさと平原までいこうぜ」
「エド、落ち着けよ。どうせすぐだ。それより、先に情報収集だろ。……ウェミルさん、いくつか聞きたい事があるんですが」
僕はエドを嗜めて、ウェミルさんに向き直る。
「なんでしょう」
「グランダード平原についてと、囁爪について、なにか変わった事があれば教えてください。それと、この街について知っておいた方がいい事」
「そうですね……」
ウェミルさんは少し思案するが、すぐに言葉を続ける。
「まず、グランダード平原についてですが、今朝あなたたちも馬車から見たと思いますが、天気があまり良くありません。夕方まで雨が降ることはないようですが、日の光は少ないでしょうね。肌寒いかもしれません」
骨模様の馬に引かれた馬車に乗って移動していた間、薄い雲が平原の空を覆っていた。雨が降りそうという様子ではなかったけれど、それでも晴れた日より寒いだろうと思う。
「雨が降ることがない、っていうのは?」
「私たちが懇意にしている気象師ギルドの情報です」
「なるほど」
気象師ギルドの情報ならある程度は信用できるか。
少なくとも早めに切り上げれば、雨に打たれる心配はなさそうだ。今はまだ日が昇りきる前だし、夕方くらいに街にたどり着けば大丈夫だろう。
「それから、グランダード平原の北部で中型生物の焼死体がいくつか見つかっているそうです。それで、私たち謡う伽藍からも、二隊が調査に出ています」
「焼死体ですか……? 人間がやったんでしょうか?」
「調査中、ということですど……。ただ、人の手によるものだと明らかなら調査などしないでしょうし、おそらくは炎を使う大型生物が現れたのでしょうね。
北側ということなので、ウォーガン山脈の生物が平原まで降りてきたのだと私は思います」
「……一応、気をつけておきます」
「そうしてください」
とはいえ、僕たちが行く場所はグランダード平原の南側、ヘイムギルから数十キロハルツの地点だ。北側はここと真反対だし、気にするほどじゃないだろう。
「囁爪については、特に変わった事は聞いていませんね。あと、この街についてですが……そうですね、平原に出る前に、依頼人に挨拶しておきましょうか」
「依頼人ですか? えっと、いいんでしょうか?」
「何心配してんだよ? 別に普通じゃねえの。その人の頼みで、俺たちは平原に出るんだし。むしろ向こうから挨拶に来いって思うけどな、俺は」
エドがかなり脳筋な事を言っているが、無視する。横でメディに頭を叩かれていた。
「馬鹿は黙ってなさいよ」
「誰が馬鹿だよ!」
「あんたのことよ」
エドとメディは努めて無視して、僕はウェミルさんに尋ねる。
「僕たちがその依頼人から直接頼まれごとをするかもしれませんよ? ギルドを中継しないで仕事をするかも」
僕が考えを口にするとウェミルさんは微笑んだ。何も心配が無い、と言っているようにも、すこし楽しそうにも見える。
「そういったことに考えが回るのはいい事ですね。でも、そうして頭をまわすのはあなただけではありませんよ、ロイ。それが答えです」
……一瞬考えて、納得した。僕以外の人というのは、例えばギルドの偉い人とか、ってことだろう。
その人が依頼人とギルド員との接触を許可しているーー正確には禁止していないんだ。何らかの対策がなされている。接触してもかまわないようなルールが存在する、ってことだろう。
「それじゃあ、案内します」
ウェミルさんに促されて、僕たちはヘイムギルの街に出た。
石を切り出して作られたらしい大きめのレンガで舗装された道が、円形の広場をいくつか接続しているような構造の町並みが、ヘイムギルの特徴だった。
広場一つ一つに名前があって、街の人は全て記憶してしまっているらしいけど、初めてこの街に訪れた僕にはさっぱりわからなかった。馬車が入った北門から、謡う伽藍の支部までの道のりは覚えられたと思うけれど、あとで一応、ウェミルさんに確認を取っておきたいかもしれない。
いくつかの広場を経由して、僕たちは商店にたどり着いた。ウェミルさんに続いて中に入ると、割と恰幅のいい中年の男性が、カウンター式の店舗に一人座っていた。
「ん、詠う伽藍のウェミルさんだったか?」
中年男性がこちらを見る。値踏みするような遠慮のない目。声は低く、不機嫌そうな印象を受けた。
「ええ、そうです、カロッサさん。今回のご依頼を受けた者の紹介をしておこうと思いまして」
「ああ、そうか。確か、ルディアの新人に受けさせるってので、安くしてもらったんだっけか。それじゃあ、そっちの四人が新人ってことか?」
「そうです。ロイ、挨拶を」
ウェミルさんに促されて、僕は代表して一歩前に出た。エドやアイラは不安だし、メディもこういうことは向いてないだろうから、まあ、僕が適任ってやつかもしれない。
「はじめまして、カロッサ・ローズウェルさん。僕は詠う伽藍のロイ・レアードといいます。小さな依頼ではありますが、精一杯つとめさせていただきますので、よろしくお願いします」
「ああ、よろしくな、レアードくん。……レアードって名前には聞き覚えがあるな。もしかして、家柄か?」
「それは父のことかもしれません。家のことはよくわかりませんが……ただ、幼い頃に討伐者の系譜であったと聞いたことがありますが」
「そうか。噂通りの”レアード”なら、こんな依頼は余裕だろう。期待してるよ」
ーー殺してやろうか、このボンクラが。
そう思ったけれど、それを表情に出さずに、笑みを作って会釈した。ボンクラは気分を良くしたのか、鷹揚に頷く。
「それでは、私は彼らを街門まで送り届けなければならないので」
「おいおい、お守り付きか? そりゃあ、いくらなんでもちょっと過保護すぎやしないか」
「謡う伽藍のルールですよ。私だって、それに彼らも、本当は不要だと思ってるんです」
ウェミルさんがボンクラの言葉を受け流す。最後に改めて挨拶をして、僕たちは商店を辞した。
「……なんだよあのハゲ親父。胸くそ悪い」
商店からかなり離れたあたりで、エドが吐き捨てるようにいった。
「ロイのこと名前しか見てなかった」
アイラもエドに同調する。二人に比べて、メディはキョトンとしていた。
僕も腹は立ったけれど、でも、家のことを言われて怒る人ばかりってこともない。だからこそ僕は表情にも出さなかった。あの……なんだっけ? カロッサ? さんも、悪意があったわけではもちろんないだろうし。
「一応は依頼人ですから、そういうことは言うものじゃないですよ」
ウェミルさんが嗜める。けれど、エドは納得がいかないのか、黙ったままだ。
そうこうしながら歩いていると、ヘイムギルの街門に到着した。
「では、四人とも気をつけてください。夕方には終わるでしょうから、爪四十本はそのまま支部まで持ってきてもらってかまいません。一応、少し余分にお願いしますね」
「了解しました。それじゃあ、いってきます」
「っし! さっさと囁爪見つけようぜ!」
さっきまでの不機嫌を忘れてしまってるエドに苦笑しつつ、僕たちは平原に歩き出した。
囁爪
ヨルム。大きく細長い爪を両腕持つ、固い甲殻を持った二足歩行の小型生物で、比較的温厚な性格をしている。頭は良くないが社会性を持ち、集団で生活していることが多い。細長い仮面を被っているように見える顔と、カシャカシャと鳴る甲殻の音も特徴的。




