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本音

 俺は冬緋さんに会いに来た。ひょっとしたら消えてしまったのではないかと恐ろしくなり、居ても立ってもいられなくなったのだ。そして彼女に会った今、改めて伝えたいことが出来た。 

 自分を叱咤し、心を奮い立たせる。

 大きく息を吸い込み、恥ずかしい想いの丈を冬緋さんに伝えることにした。


「冬緋さん。前も言ったように、俺は君の前からいなくなったりしない。だから冬緋さんも約束して欲しい。俺の前から突然消えたりしないと」


 素直な思いを伝えると、場がしんと静まり返った。


「……」

「……」


 沈黙が舞い降りる。気まずい。が、もう今さら止められるか!


「俺は絶対に君より先に消えたりしないから。だから冬緋さんも誓ってほしい。独りで勝手に消えないって」


 より強い言葉を冬緋さんにぶつける。俺の声は彼女に届いているのだろうか? 

 彼女の表情からは読み取れない。

 冬緋さんを失いたくないという思いが呼び水となり、一つの想いがとめどなく溢れ出てくる。


「もし死ぬっていうならその時は俺も付き合う! 二人一緒にこの屋上から飛び降りよう! 独りでなんて絶対に逝かせない!」


 喪失からの孤独というものを俺は恐れる。

 心地よいぬくもりを失うのは、もうごめんだ!

 俺は滾る感情を爆発させる。そうしないと己自身がくだけちってしまいそうだった。


「これからも俺はキミと一緒に居る。もしきみが消えてしまいたいと思ったとしても、その時俺はキミの隣にいる! どうあっても冬緋さんを孤独にさせない! 絶対! だから、お願いだから俺を置いていかないでくれ!」


 数拍の静寂の後。


「何それ? プロポーズのつもり? もしくはこれが本物の殺し文句?」


 愉快そうに笑い、冬緋さんが吹き出す。


「え? いや、その」


 思いもよらぬ彼女の反応。

 俺は猛烈な羞恥心に覆い尽くされた。


「下原君は、私が鈴木君と同じように自殺するのではないかと不安なのね?」


 勘の鋭い冬緋さんはすぐに俺の心情を悟る。


「え? まあ、その、そうだね」


 図星だった。


「下原君、前も言ったと思うけど、私は誰かを置いて逃げたりするような薄情者ではないわ。それに、キミには私の感じた孤独を味わって欲しくない。」


 真摯な眼差しが俺を見つめる。 


「……冬緋さん」

「私も下原君の言った言葉を信じるから。キミも私を信じなさい」 


 冬緋さんの言葉によって、俺と彼女は同じ立場だということに改めて気づかされる。 


「分かった」


 俺たち二人の関係は信頼がないと成り立たないのだ。

 だから今度こそ、冬緋さんのことを信じよう。

 彼女は確かに人を寄せ付けない冷ややかな雰囲気を持ち合わせてはいるが、実のところは優しい。捻くれ者だが、嘘つきではない。

 それが俺の識る、山田冬緋という人間の性格だった。


「話が終わったなら、そろそろ行きましょうかダーリン」

 

 冬緋さんがしんみりとした話はもうお仕舞いだとばかりに俺の手を取り朗らかに言う。


 「ああ、行こうかハニー」


 俺は心配事のなくなった爽快感もあって、彼女のノリに合わせて笑顔を作る。


 「下原君、何を言っているの? 気持ち悪いわよ」


 さっと手を振り払い、楽しそうに笑う冬緋さん。


 「のりにげかよ」


 忘れていたが、冬緋さんはたちも悪かった。


「あ、そうだ。私の方もさっき下原くんしてくれたプロポーズのお返しをするわね」

「ん? ああ」


 それは、先ほど感極まって言ってしまった言葉なので出来ることなら忘却の彼方に飛んで行ってほしい。


「下原君。48(フォーティエイト)と聞いて何を連想する?」


 唐突な質問は、俗世じみたものだった。

 48といえば、今や日本で知らない若者などいないであろう人気女性アイドルグループがまず浮かんだ。


「人気のアイドルグループ」


 ありのままを伝える。

 俺以外の人間でも、皆ほとんど答えは同じだろう。

 山田さんは何の意図があって俺にこんな質問をしたのだろうか?


「うんうん。きっとほとんどの人が下原君と同じ答えなのでしょうね。でも私の場合、48と聞いて頭に浮かぶのは48mayフォーティエイトメイというニュージーランド出身のバンドなの」

「へえ、そうなんだ」


 俺は、冬緋さんの言葉の意図が読み取れないまま相槌を打つ。 

 ただ、彼女らしい変わった趣味だとは思ったが。


「つまり私は、ちょっと普通の人とは感性や好みがずれているところがあるみたいなの。残念なことにね」

「それって結局、何が言いたいの?」

 

 このまま話を彼女の話を聞いていても要領を掴める気がしなかったので、率直に聞いてみる。


「鈍いわね。キミのことがわりとタイプだと言っているのよ」

「分かるか!」


 ここまで迂遠な物言いで、好みのタイプであると告げられて察することなど出来るはずがない。というか、もし察せるようなら逆に駄目だとすら思う。

 冬緋さんに好意を伝えられて嬉しいはずなのだが、喜ばしい反面、悲しくもなっている自分がいる。

 こんなにも最低な褒め方があるのだろうか?


「ふふ」


 冬緋さんは俺の反応をにこにこしながら見守っていた。


「あ、ちなみに48mayで私が特にお勧めなのはストリートライツアンドシャドウズというアルバムだからね」


 思い出したかのように告げられる言葉。 

 どうやら彼女は本当に48mayとやらが好きらしい。


「ああはい」


 なんとなく興味の沸いた俺は、冬緋さんの口から出た某アイドルグループみたいな海外のバンドの名前を心に留めておく。 

 機会があったら聴いてみるか。

 他愛もない話に区切りがつき、俺と冬緋さんは二人で屋上を後にする。

 エレベーターを降りてマンションの入り口に到着。

 外はうっすらとした月の光が散らばり、影法師を作っていた。


「じゃあね、冬緋さん」


 名残り惜しさはあったが、明日からもまた彼女に会えるだろうと思ったので不安はなかった。


「またね、弦」


 別れ際、冬緋さんはいきなり俺を下の名前で呼ぶ。


「!」 


 彼女は、俺の驚く顔を楽しそうに眺めていた。


「ああ、またね冬緋 」


 結局、俺はいつも山田冬緋にしてやられてばかり。

 そんな風に想いつつも、俺の方も親愛なる彼女の名前を初めて呼び捨てにしてみる。

 不思議なもので、ただ呼び方を変えただけなのに冬緋との距離がぐんと縮まったような気がした。

 俺は彼女と過ごした時に感じていた温もりに浸りながら自転車を漕ぎ始める。

 ペダルを回す足に自然と力が入ってしまった。


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