秘密は春風に暴かれる 1
土曜日。この日は絵に描いたようなぽかぽか陽気だった。ピクニック日和だ。いや、別にピクニックに行くわけではないんだけどね。ただ、根無町の廃屋敷のほど近くにある公園に行くだけだ。
今日は決起集会があるのだ。決起集会と言うといささかかっこよすぎる気がしないでもないため、『みんなで考えようの会』とでも呼ぼう。わたし、連太郎、木相先輩、梨慧さん、坂祝の五人で集まって、木相先輩のお兄さんの行動の謎を推理するのだ。頼みの綱は言わずもがなの連太郎。そして情報通の坂祝といったところだろうか。
今週の水曜日……細川先輩が校長先生にお金を渡した日に、木相先輩のお兄さんが廃屋敷に出入りしたという。張り込んでいた連太郎と坂祝が目撃している。連太郎は裏口の鍵が余程気になっている様子で、夜の八時になると裏口の鍵を確認して、ついでに十一時まで張り込んでいるのだ。月曜日は坂祝と共に、火曜日は梨慧さんと共に、水曜日は坂祝と共に、木曜日と金曜日はわたしと一緒だった。金曜日にはお兄さんはこなかった。
最初に二人がきたときは裏口の鍵はちゃんとかかっていたらしい。けれど、木相先輩からメールがきて、お兄さんが来る前にもう一回調べてみたらいつの間にか鍵が開いていたらしい。これはおかしなことらしく、二人は手分けして屋敷の周りを見張っており、屋敷に近づいてきた人はいなかったらしいのだ。いったいどういうことなのか……。
わたしは途中で連太郎と合流し、二人で公園へとやってきた。
割と広い公園で、芝生に遊具が建てられており、周りにはアスファルトで舗装されたランニングコースが申しわけ程度に作られている。昼間だけあって、子供たちがはしゃぎ回っている。
わたしたちは公園の隅っこにある、屋根とテーブル付きのベンチに向かった。その途中、黒い柱にコンセントが付けられているのを見つけた。
「連太郎。どうしてこんなとこにコンセントがあるの?」
立ち止まって訊いてみる。連太郎はコンセントに視線を注ぎ、
「たまにあるよね。公園にコンセント。何か機材とか使うかもしれないからじゃない? 正確な理由はわからないけど」
「勝手に使っていいのかしら」
「さあ?」
実のない会話を終え、わたしたちはベンチに向かった。
◇◆◇
しばらくして、全員が揃った。そもそも何故この公園で会議をするのかというと、わたしの家は昨日お母さんが返ってきたから無理(お母さん、めんどくさいもん)。連太郎と坂祝の家は、妹が友だちを引き連れているから駄目だと。梨慧さんは普通に断られた。木相先輩の家は、ゴールデンウイークでお母さんがいるから、もし聞かれたら困る。ということで、何となく廃屋敷に近いこの公園になったのだ。
「まず、知っている状況を整理しましょう」
連太郎が立ち上がり、堂々と仕切りだした。
・木相先輩のお兄さん――京介さんが二ヶ月前の二月六日から廃屋敷に出入りしている。けれど、十数秒で出てくる。
・その廃屋敷は神崎一家が十年前に捨てた家。鍵は近所に住む佐畑さんが保持している。
・廃屋敷に関係者が出入りしている可能性あり(重要)。おそらく京介さんが来るよりずっと前に潜んでいる。おそらく十一時より後に帰る。
・廃屋敷の裏口は京介さんが来る日だけ鍵が開く。
・佐畑さんは奥さんが亡くなった五年前から廃屋敷を掃除していたが、二月の初め頃に神崎(夫)さんから掃除しなくてもよいと電話がきた。
「関係ありそうなことは、これくらいかな」
連太郎が坂祝の持ってきたホワイトボードにこれらのことを書き込んだ。
並べてみると、とても奇っ怪なできごとのような気がする。わたしでは仮説すら立てることができない。
「うーん……現状では、何の推理もできないねー。少なくとも私には。間颶馬君どうだい?」
梨慧さんが頬杖をつきながら言った。連太郎は首を振って答える。
「いまのところは、何にも思い浮かびません」
連太郎ですらこれなのに、わたしが思い当たるはずなどないのだ。
「じゃあ、どうするの?」
木相先輩が不安げに尋ねる。すると、彼女の隣に座る坂祝が、木相の小さな肩に手を乗せた。
「そのための、この集まりでしょう?」
「……そうだったね」
木相先輩の表情から翳りが消えない。お兄さんがそうとう心配のようだ。この間わたしが励ましたときは気を使っていたのかもしれない。変人は楽観的で立ち直りが早いと思っていた自分を恥じた。
「それじゃあ、まず、果園さんから報告をお願いします」
「ほいほーい」
連太郎に指名に梨慧さんは気の抜けた……というより、いつも通りの返事を返した。
スカートのポケット(休日なのに、何故が制服)に手を入れたので、何か資料でも取り出すのかと思ったが、出てきたのはスマホだった。
「私は神崎美幸について調べたんだ。元市議会議員だから、Wikipediaに色々と乗ってたんだー。それからネットをさまよって、過去の記事を探したりしたけど、Wikipediaだけで十分だったよー。すごいよねー」
彼女はスマホいじり、話を始めた。
「神崎美幸。現在の歳は四十五歳。十年前に『ママ議員』やら『主婦議員』やら呼ばれて話題になって、その勢いのまま音白市長に就任……したものの、しばらくして汚職が発覚した。汚職の内容は様々で、企業団体への賄賂、天下り先の斡旋、土地開発資金の着服などなど、キング・オブ・汚職の名を欲しいままにしたみたいだね!」
何で途中テンション上がった? いや、理由はわかるんだけど。
「で、まあ、話題もあったし、偉そうなことを口走ってたしで、市民から反感を買ってリコールされた。そのまま引っ越しちゃったみたいだねー。それ以来、表舞台には出てないみたいだ」
ひとしきり聞いて、わたしは唸った。関係ないような気がする。……というか絶対関係ないと思う。
連太郎もわたしと同じ気持ちなのか、首を捻って唸っていた。坂祝と木相先輩も似たような感じだ。梨慧さんもそんなことわかりきっていた様子で、
「まあ、私もこれが関係あるとは思ってないよ」
「じゃあ何で話したんですか?」
「いやー、何か話さないといけないかなーって。Wikipediaには、まだまだ関係ないであろう情報が載っていたよ。小学生のとき作文で賞状をもらったとか。中学高校と、ソフトボールで投手として全国大会に出場したとか。大学時代にミスキャンパスに選ばれたとか。旧姓は佐藤だとか。趣味はヨガだとか。特技は声帯模写と裁縫だとか。右利きだとか。好きなスポーツ選手は――」
「もういいですから」
いい加減とめた。梨慧さんは肩をすくめて見せると、坂祝の方を向いた。
「んじゃ、坂祝君よろー」
坂祝はがくっと肩を下げると、
「殆どまる投げっすね……」
とぼやいた。梨慧さんは唇を尖らせると、
「失礼なことを言うねー。もしかしたら、私の提供した情報が解決の糸口になるかもしれないじゃないかー」
美人系の梨慧さんが唇を尖らせると、何か少し変な感じだ。坂祝は溜息を吐きつつ、
「どの辺が糸口になるんですか?」
「私にわかるわけないじゃないかー」
「まる投げじゃないっすか……」
呆れたように呟くも、ペンを手に取ると、ホワイトボードに書き込みながら話してくれた。
「俺は夫の新太郎さんのことを調べたんだ。調べたって言っても、佐畑さんから聞いただけなんだけどな。……町工場の工場長で、自動車の部品の一部を造ってたらしい。その後、まあ、嫁さんが失脚してからすぐに引っ越して、そっちで工場を立ち上げたらしい」
「どこに引っ越したの?」
わたしは訊いた。
「名古屋だ。ネットで名前を検索したら出てきた。……で、一番の特徴は、変人だったらしい。四つん這いになって散歩したり、突然フラワーアレンジメントを始めたと思ったら何故か茶道を習っていたり、暇さえあれば町中でも腕立て伏せしたり……」
「美幸さん……よくそんな人と結婚したわね」
思わず口から出た。
「ゲテモノ好きだったんだろ。……一応、美幸さんの情報も佐畑さんから訊いたけど、果園先輩と似たような情報だった」
それを聞いていた梨慧さんはにやりと笑った。
「坂祝くーん。君の情報も大したことないじゃないかー」
わたしも思っていた。過去の情報ばかり手に入れても意味がない。現在の情報でなければならない……と思う。
「圭一、これだけなのか?」
連太郎が尋ねると、坂祝はかぶりを振った。
「佐畑さんから、家族の情報を聞いてる。娘が二人いたらしい。いま、何事もなく生きているのであれば、二十一歳と十八歳だそうだ」
「それだけか?」
「ああ」
連太郎は坂祝の隣からホワイトボードの覗きながら、フィンガースナップを開始する。
「いま現在の情報は、ないのか?」
「あったら、前会ったときに佐畑さんが教えてくれてるよ。新太郎さん、ブログやってたから、五年前まで遡って調べてみたけど、変人らしく意味不明なことばっか書いてて、役に立ちそうな情報は皆無だったよ」
「そうか……」
連太郎は肩を落としつつ、溜息を吐いた。
「あの……」
不意に木相先輩が控えめに手を挙げた。
「どうして出入りしている人が屋敷の関係者なんだっけ?」
「忍び込んだとき、物音を聞いたでしょう? 佐畑さんの話では、二階の扉の鍵はすべて開けられていたはずなんです。けど、あの部屋は閉まってました。つまり、人がいたってことです。人がいたなら、どうやって消えたのか。密室トリックに使えそうなものは何一つなかったので、隠し部屋があって、そこに隠れていたと考えられます。入り口の場所は、カーペットとかを敷くだろうから床の可能性は低い。壁は薄いので無理。となると、天井しかありません。……隠し部屋というより、天井裏ですね。二段ベッドを踏み台にするんです。ですが、僕は天井にライトを当てて確認したんですけど、入り口らしきものはわかりませんでした。探そうと思っても見つけられなかったのに、探すつもりがない人間に見つけられるとは思いません。実際、三年間掃除していた佐畑さんの奥さんは気づきませんでした。つまりは、探す探さない以前に、もともと知っている人間だったということです」
長い……。木相先輩は、おお……、と引き気味な声を漏らしている。
それを聞いて、梨慧さんが、ああ、と呟いた。
「そういえばあのとき、私たちがピッキング云々の話をしていたねー。きっと、私たちが屋敷に入ってきて、慌てて部屋に逃げ込んで鍵をかけたんだけど、ピッキングできる人がいることを知って隠れたんだね」
「だと思います」
連太郎がそれに同調した。わたしは大きな溜息を吐いた。
「どうするの? これから……。始まって十分で行き詰まっちゃったけど……」
それを受けた連太郎が、両手フィンガースナップを開始する。本気を出したときに行うことだ。
「スポットを神崎家から木相先輩のお兄さん……京介さんに変えよう」




