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廃屋敷は春風を呼び込む  作者: 赤羽 翼
貸した本は返らない
25/30

彼はもういない 解決編



「結論から言うと、確かに鬼流院剛はこの学校の卒業生だった。ちなみに昨年度のな。三年の一月に学生証が紛失したって届け出が出てた。ちなみに、彼の他に鬼流院なんて苗字の卒業生はいないらしい」


 花信先生が職員室から拾ってきた情報を話してくれた。連太郎が質問する。


「部活はどこに所属していました?」

「どこにも。……強いて言うなら、帰宅部だな」


 連太郎の推測を思い出す。犯人はおそらく、鬼流院さんと親しい後輩。基本的に学校では部活以外に先輩後輩と関わる機会がない。どういうことだろうか? 連太郎の考えが間違っているのかな?


「塾とか習い事は?」


 連太郎は続けて質問する。


「何もしてなかったそうだ。元担任の高山先生が言ってた。あっ、さっき言ったことも全部高山先生情報な」

「……鬼流院さんは、どういう方だったんですか?」

「この学校じゃ珍しく普通の生徒だったらしい。変わってるのは苗字だけだ」


 珍しく普通ってなんだろうか? それはもう珍しいのではないか?


「割と暗い性格で、特に目立つこともなく、一人でいることが多かったそうだ。誰かに話しかけられても無難な表情で無難な返答をする。仲がいい同級生とかはいなかったみたいだな」

「同級生は別に関係ないと思うんです。仲がよかった後輩とかは、いたんですか?」


 連太郎の質問に、花信先生はフィンガースナップをしつつ、それな、と答えた。


「鬼流院の二年生のときの担任だった郡上ぐじょう先生が、去年男子生徒と話してるのを見たと言っていた。普段の彼とは思えないくらい表情が明るかったから、相手の徽章を確認したらしい。一年生だったみたいだから、いまは二年生だな」

「その生徒は?」


 わたしは訊いた。花信先生はアメリカ人がよくやる肩をすくめるポーズをして、


「知らんとさ。捜すのがめんどくさいからやめたんだと。もう顔は憶えてないそうだ。……少なくとも、教師が知らないってことは変人じゃない」


 変人だったら楽だったのに……! でも、


「その男子生徒、怪しいわね」

「うん。調べてみる価値はあるね」


 わたしの言葉に連太郎が同調する。しかし彩坂先輩が首を傾げた。


「ですけど、何をどう調べるんですか?」


 連太郎はフィンガースナップを響かせ、


「それが問題です。どういう経緯で鬼流院さんがその男子と知り合ったのか、これを考えましょう」

「偶然じゃない?」

「身も蓋もないことを言わないでよ、奈白。それ以外も考えようよ」


 連太郎は肩をすくめた。


「鬼流院さんは中学時代も部活を何も?」


 彩坂先輩が花信先生に尋ねた。先生は頷き、


「中学時代もなんにもやってなかったとさ。受験の面接で、『中学では何もできなかったので、高校では何か新しいことをやりたいです』と答えていたくらいだからな。まあ結局、何もしなかったんだけどな。面接あるあるだ。学校を志望した理由なんて、大半は家が近いからだからな」


 確かに連太郎も家から近いからという理由でこの学校に入学していた。というか面接で飾らず削らずありのままこの真実を話していた。色々と無神経だ。ちなみにわたしの志望動機は、連太郎がここを志望したからである。嘘をつくのが苦手なわたしは、面接のときテンパりすぎて何を言ったのか忘れてしまった。どうでもいい話題だった。


「中学でも、部活やってなかったら後輩とは関わらないんだよね……」


 連太郎がフィンガースナップを連打する。その途中、


「ちなみに、鬼流院剛の出身中学は黒本第二中学だ」

「隣の市……」

「この学校に、黒本第二中出身の生徒はあんまいないぜ? 両手で数えれる。そして全員女子らしい。今年黒本第二中から赴任してきた羽島先生がそう言うんだから間違いない。途中で転向していった生徒もいないとさ」

「じゃあ、中学の知り合いじゃないのか……」


 先生の情報により、可能性が一つ消えた。連太郎は少し考えてから、


「鬼流院さんとその男子生徒が一緒にいるのは何回も目撃されてるんですか?」

「さあ? そこまでは知らん」


 連太郎は唸りながら背もたれに体重を預ける。

 わたしも彼に習い椅子にもたれ、


「やっぱり、偶然何かで知り合って、それから仲良くなったんじゃない?」

「それだと、あぶり出すことは無理だ……。二年生の男子ってことしか、わかってないんだから」


 連太郎が悩んでいると、突っ立っていた花信先生が椅子に座った。


「別にいいんじゃね? いくらなんでも、校長だってお前らを怒らないだろ。もう諦めて帰れ。最終下校時間近いんだから」

「それは駄目ですよ。盗んだものの度がすぎてますから」


 花信先生の提案を連太郎は突っぱねた。先生はわからないといった表情を浮かべる。


「ハリポタの一作目と二作目だろ? しかも英国版。……それが何か問題あんのか?」

「大ありです。……先生、鬼流院さんの趣味とかってわかります?」

「無視かよ。……趣味? 流石にそこまでは聞いてねえし、つーか知らないと思う」

「ですよねえ……」


 と、天井を仰ぎながら落胆の溜息を吐いた。

 わたしも考えてみる。学校で後輩と親しくなるのはどんなときか。それも、普段の暗い生徒が明るい表情を浮かべるまでに親しくなるには……。中学時代を思い浮かべてみる。わたしは中学のときは部活に入っていなかった。けど運動部の助っ人として練習試合に参戦していたから、その筋で後輩ちゃんと仲良くなることはあった。ついでに告白もされた。


 部活以外で。……不良に絡まれていたを助けたことがあったっけ。それからそこそこ仲良くなった気がする。告白されたし。でもこの出会いはいささか特殊すぎる気がしないでもない。


 他には……小学校からの付き合いで……。いやでも、小学校でも上級生や下級生とはあまり付き合いないか。わたしのクラスにいる黒本第二中学に通っていた娘の話では、小学校は集団下校ではなかったという。


「あの、鬼流院さんの出身小学校ってわかります?」


 わたしは花信先生に訊いてみた。


「黒本東小学校だったかな?」


 クラスの娘が通っていた小学校も東小学校だったという。でも、近所に住んでたんなら付き合いがあるかも。いや、近所なら十中八九同じ中学校になるか。中学は別々なのよね……。でも私立とか? しかし中学は私立で高校は公立ってのはどうなの?


「そういや、」


 わたしが悩みまくっていると、花信先生が思い出したように口を開いた。


「そういや、鬼流院はその男子生徒に懐かしいな云々言ってた、と郡上先生が言ってたな。忘れてたわ」


 大事なことを忘れるな! 彩坂先輩が舌打ちした。

 ……近所に住んでるんなら懐かしいもクソもないか。いやいや、引っ越したということも考えられる。小学校のときに引っ越して、中学校が別々になった。これならいける。


「その郡上先生って人、会話は憶えているのに男子生徒の顔は憶えてないんですね」


 連太郎が肩をすくめながら言った。


「慌てていたそうだ。未確認生物研究会の平等院がUFOと更新しようとして、グラウンドにナスカの地上絵を書いたっていうんで、顧問だった郡上先生が呼び出されていたんだ」

「何ですか、それ……」


 わたしは戦慄した。梨慧さんや木相先輩を軽く超越しているような生徒がいたことに。平等院……さっき変わった苗字の生徒にも名前が上がっていた。変わった苗字の人たちは変人の上位ランカーなのかもしれない。


「曰わく、ナスカの地上絵は宇宙人と密接な関係があるに違いない、らしい。まあとりあえず、平等院とは関わるなよ。……郡上先生は俺がさっき訊くまでこのことを忘れてたそうだ。もう担任じゃないから別にいっか的なことも考えていたらしいしな」


 二年生のとき教え子だったんでしょ? 教師失格ではなかろうか。

 連太郎はフィンガースナップをしながらうーんと首を捻っている。彼を尻目に、わたしは小さく手を挙げた。


「先生、鬼流院さんの家ってどんなところにあるかわかりますか? 特に近所に民家があるかどうか」

「聞いた話じゃ、山の中らしい。周囲にゃ栗の木と柿の木しかないくて、三十分くらい歩かないと同年代が住んでいる場所がなかったらしい。だからまあ、そういう暗い性格になったんだと。二者懇談で本人が言ってたそうだ」


 がっくりと肩を落とした。わたしの近所に住んでたけど引っ越していった幼なじみと高校で再開説は消えた。


「小学時代も友だちがいなかったんですか?」


 連太郎が食いついた。花信先生はかぶりを振り、


「そこまでは知らね。けど、高校でぼっちのやつは、たいてい昔からぼっちだろ?」


 確かにそうかもしれないけど、もうちょっと言い方を考えてほしい。どう言えばいいんだ、と訊かれたら困るけれど。

 連太郎のフィンガースナップがとまった。


「少なくとも、男子生徒は鬼流院さんとは中学時代に接点はない。懐かしいんなら高校で知り合ったわけでもない。とすると、小学時代の知り合いになるけど、鬼流院さんがぼっちと仮定するなら……可能性は一つしかない」


 すごい失礼な仮定だなあ……と思いながら、連太郎の言葉の続きを待つ。


「先生、鬼流院さんの家族構成は調べました?」

「いや、そこまでは訊いてないな。あくまで学校関係しか調べてない」

「じゃあ調べてきてください」

「いまから?」

「はい。調べたら、僕に電話をしてください」


 連太郎はスマホを取り出した。花信先生は渋々といった表情でスマホを取り出すと、お互いの連絡先を交換した。


「僕の予想通りだったら、一気に絞り込めますよ」


 連太郎は彩坂親子を見つめていた。見つめられた二人はわからない、といった表情を浮かべた。……わたしは何となくわかった。



 ◇◆◇



 翌日の朝七時三十分。わたしと連太郎は二年C組の教室を、廊下の端から見張っていた。かれこれもう十五分くらいこうしている。昨日の連太郎の推測は見事に当たっていた。けど、まだ決まったわけではない。他の可能性も捨てきれないからだ。すべては相手の反応しだい。


「来たよ」


 連太郎が呟いた。彼の視線は天然パーマが特徴的な中肉中背の男子生徒に注がれている。わたしたちは頷き合い、その男子生徒に近づいていく。

 わたしたち二人に目の前に立たれた男子生徒は訝しげな目を向けてきた。

 わたしはバッグから、借りられた本の表紙がコピーされた紙を取り出し切り出した。


細川ほそかわたかしさん。これ借りたの、あなたですか?」


 細川隆――旧姓、鬼流院隆。小学生のころ親が離婚して、彼は母親に引き取られ、音白市に引っ越してきたのだ。人が最も心許せる相手は家族だろう。外では暗い人でも、家なら表情が明るくなる人は多いはずだ。


 連太郎は花信先生から鬼流院さんに母親がいないことを聞き、二年生の男子で小学生時代に両親が離婚して母親に引き取られた生徒を調べてほしいと頼んだ。結果、二年生の男子で両親が母親しかいないのは彼だけだった。それから鬼流院さんの父親に確認も取った。彼は間違いなく、鬼流院さんの弟だった。つまり、郡上先生が見た男子生徒は高確率で彼だ。けど、借りたのが彼かどうかは別……。わたしは連太郎と共に、観察眼を働かせる。……ものの、細川先輩は実にわかりやすい態度を見せた。

 踵を返して全力で逃げ出したのだ。


 わたしは呆然と彼の背中を見ながら、


「えっと……犯人?」

「当たり前だろ! 奈白、早く追って!」


 何故彼が逃げ出したのかも、何故連太郎がここまで大きい声を出したのかもわからない。釈然としないまま、わたしは細川先輩を追って走り出した。


 走りながら廊下に点在する生徒たちを避けていく。途中、通り抜けた女子生徒から小さな悲鳴が上がった。


 細川先輩は既に廊下の端にある階段の踊場まで移動してしまっている。あっ、曲がった。階段を降りるつもりのようだ。どうして逃げるのだろう。返してくれればいいだけなのに。 


 わたしも廊下を降りる。降りるというか、階段の一番上から踊場までジャンプして着地する。スパッツを穿いているからこそできる芸当だ。踊場にいた男子生徒が尻餅を着いて驚いていた。もうしわけない。


 素早く身体を翻して、もう一回、踊場から踊場へとジャンプする。このときに、階段を半分まで降りていた細川先輩を追い抜いた。踵を返し、先輩を見上げる。先輩は唖然とした表情を浮かべている。


「逃げることないじゃないですか」

「マジかよ……!」


 驚愕に満ちた声を発しながら、先輩は階段を駆け上がっていく。また逃げた。しかし、踊場で先輩の足がとまった。

 二段飛ばしで階段を上る。すると息を切らした連太郎が階段の上にいた。彼はゆっくりと降りてくる。


「流石は奈白。百メートルを十二秒で走れるだけのことはある」

「うるさいわよ」


 わたしは連太郎を軽く睨むと視線を外し、細川先輩に詰め寄った。


「どうして逃げるんですか? 確かに兄の学生証を使ってまで盗んだことは関心しませんけど、返してくれれば警察沙汰にはしませんよ。……あれ? いまさらだけど、どうして学生証なんて使ったんですか?」

「難しいからだろうね」


 連太郎が割って入ってきた。


「本はカウンターから見える棚にあるから、返しにこなかったら不自然になるんだ」

「表紙を付け替えたりとかは?」

「あの本はカバーが一体になってるから無理だ。その上から別のカバーを付けたら、百パーセントバレる」

「へぇ……。そもそも、どうしてあれを盗もうと思ったんですか? そんなに『ハリー・ポッター』を英語で読みたいんですか」

「え、いや……」


 壁に追いつめられた細川先輩は言葉に詰まりながら曖昧な笑みを浮かべている。


「まあ、理由はいいです。とりあえず、本返してください。放課後か、いまから取りに戻るとかしてください」

「う、うぅん……」


 どこか煮え切らない態度だ。だんだんこっちもイライラしてきた。壁ドンして声を低くして言ってやろうかしら?

 そんなちっとも文学少女っぽくないことを考えていると、連太郎が溜息混じりに口を開。いた。


「たぶん先輩は、もう返したくても返せないんだよ……」

「どういうこと?」

「売っちゃったんだよ。そうですよね?」


 連太郎が尋ねると、細川先輩は曖昧に頷いた。


「……売るって、何で?」

「奈白。『ハリー・ポッターと賢者の石』、『ハリー・ポッターと秘密の部屋』のパソコンの貸し出し記録の画面は憶えてる?」

「え? いや、タイトルと貸し出しの有無しか見てなかった」

「あそこには本のタイトルや著者名、発売日や何版かまでご丁寧に記録されてたよね?」

「うん。……あんまり意味ないけどね」

「あの二冊はさ、両方初版だったんだよ。それもハードカバーのね」


 へぇー、そうだったんだ。で? それがなにか? わたしのきょとんとした顔を見て、連太郎は再び溜息を吐いた。


「いまでこそ、全世界で四億部以上売り上げている凄まじい作品だけど、一作目の初版は、わずか五百部だったんだ。だから、とてつもなく価値がある?」

「どれくらいなの?」

「世界中にファンがいるから、ネットオークションにでも出せば、百万円以上は間違いなくいくんじゃないかな?」

「百万円!?」


 口が勢いよく開いてしまった。


「二作目も十万はする。校長先生の甥がくれた本はどれも状態がよかったから、きっと二冊ともかなりいい状態だと思うし」


 開いた口がどう頑張っても閉じない。そんなお宝が図書室にあったなんて……信じられない。盗んだものの度がすぎている――連太郎の言葉が蘇ってきた。

 わたしは細川先輩に目を向ける。


「売ったんですか?」


 彼は目を背けつつ、


「……まあ、ね」

「おいくらで?」

「……ネットオークションで……二百万円と、十五万円……」


 一瞬目眩がした。



 ◇◆◇



 その日の放課後。細川先輩は校長先生に謝りにいった。なんと彼は、お金を一円も使っていなかったのである。兄の鬼流院さんが卒業したら借りパクしようと思い、彼から学生証を盗んだ。計画の実行まで気分が高揚しており、本を売り払って、大金を手に入れたとき、我に返ったらしい。そして気づいた。鬼流院さんについて調べれば、簡単に自分に辿りついてしまうことに。それで怖くなって何もできなくなった。

 そのお金を校長先生に献上して、許していただこうというというわけだ。


 結果、校長先生は簡単に許してくれた。何たって、本二冊が大金へと変貌したのだから、無理はない。しかし、細川先輩に何のお咎めもないというのは、ちょっと驚いた。ただ、次何か問題を起こしたら即刻退学と言われていた。鬼流院さんの学生証も回収された。これにて一件落着。




 しかし、こんな変なことをやっているうちに、木相先輩のお兄さん……京介さんの行動に変化が現れた。話は再び、廃屋敷へと戻る。

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