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廃屋敷は春風を呼び込む  作者: 赤羽 翼
貸した本は返らない
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彼はもういない 2



 音白高校の図書室の本の貸し出し方はこうだ。まず学生証を確認して、学年とクラスを訊く。これは、過去に嘘の名前を書いて本を借りパクした生徒がいるかららしい。次に確認した名前とクラス、本のタイトル、日付を貸し出し名簿に書き込む。そしてパソコンを使って、本を貸し出し状態にする。パソコンを使うのは、何となく図書館っぽくしたかったらしい。


 しかし普段図書室を利用しない生徒は、学生証が必要だと知らないことが多い。現にいま、隣の彩坂先輩が、鼻の下を伸ばした一年生に説明している。


「今度はちゃんと持ってきてくださいね」

「はい。わかりましたぁ……」


 彩坂先輩の子供に注意するかのような口調に、男子生徒はえへへと笑いながら返した。そのままゆっくりとその場を離れ、図書室から出て行った。


 いまのを見て、図書室にいる生徒の中で、男子の割合が多いことに気づいた。そして本を借りる際は彩坂先輩のもとへ来る。……これはどういうことかというと、やっぱり彩坂先輩は人気なんだ、ということである。

 まあ、こんな大和撫子を具現化したかのような人が図書室にいれば無理もない。またやってきた。


 その男子生徒も少し頬を赤らめながら本を二冊彩坂先輩に差し出している。ちゃんと学生証を持ってきていたようで、彼は問題なく本を借りることができた。本のタイトルを見たけど、哺乳類図鑑だった。本当に興味あるの? ただ彩坂先輩と合法的に会話したかっただけじゃないの?


 彩坂先輩の方にばかり人が集まるので、わたしは暇をしていた。もう漫画読んでやろうかと思ったとき、二年生の女子生徒がわたしの前に立ち、本を二冊差し出してきた。さっき同性に告白されたばかりなだけあって、この人もそっちの気があるのでは? だからわたしの方にきたのでは? という中学生男子のような妄想をしてしまった。


 それを頭から振り払い、学生証とクラスの確認をした。学生証に書かれた名前を見つつ、貸し出し名簿に記入する。続けて本のタイトルと日付を書いて、すぐそばのパソコンを操作し、本の背表紙に貼られたナンバーを検索して呼び出した。現れた画面には貸し出しの有無、小説のタイトル、作者名、出版会社、発売日、何版か、小説のナンバーが記載されている。わたしは貸し出しのチェックを入れて、もう一方の小説も同様の操作を行い、彼女に本を手渡した。


 わたしは一つ吐いた。……緊張した。わたしが本の貸し出しを行ったのはいまので四回目だった。殆どの人が彩坂先輩の方に行くから。



 最終下校時間が近づくにつれて、彩坂先輩ファンの姿はなくなっていった。夕焼けが窓から差し込んだときには、もう人はいなくなっていた。

 わたしたちはそれぞれ本を読みながら過ごしていたが、不意に彩坂先輩が言ってきた。


「もう人もこないでしょうし、貸し出し期間のチェックでもしましょうか?」

「あっ、そうですね」


 わたしは漫画をバッグにしまって、貸し出し名簿を開いた。貸し出された日付とパソコンの貸し出しチェックを見比べていく。本が返されると、貸し出しチェックを消すのだ。ちなみに期間は一週間である。


 彩坂先輩もわたしと同様に名簿を開き、パソコンを画面とを見比べていく。そのときだった。突然、図書室の扉ががらりと開いたのだ。

 そちらを見ると、少しボサついた髪と死んだ魚のような目が特徴的な背の高い男性が、似合っていないダークスーツを着て立っていた。わたしは思わず、あっ、と声を漏らす。彩坂先輩が珍しく苦々しい顔つきになっていた。


「よう、桔梗。親子のコミュニケーションを取りにきたぜ!」


 男性が図書室に似つかわしくない大きな声を上げて入ってきた。


「図書室では静かにしてください。一般常識ですよ、お父さん」


 彩坂先輩が冷たく言い放った。そして最後の言葉……。この男性は彩坂花信(はなのぶ)。先輩のお父さんで、この学校の教員である。


「悪い悪い」


 片手で謝りつつ、先生はカウンターの前にやってくる。

 彩坂先輩は軽く睨みつけるような目を向け、


「何しにきたんですか?」


 どこか冷ややかに尋ねた。先輩が誰に対しても敬語なのは、厳格な母方の祖父母の家で育ったかららしいけど……父親にもそうなんだ。

 冷たい声音でも、先生は特に動じる様子はないようだった。


「親子とコミュニケーションにきたって言ったろ? 親子で会うのに別の理由がいるってのか?」

「じゃあもう十分コミュニケーション取りましたね。帰ってください。まだやることがあるので」

「つれねーこと言うなよ」


 こんなノリの軽い人が彩坂先輩のお父さんだなんて、いまでも信じられない。

 花信先生はわたしに目をとめると、


「風原だっけ?」

「え? はい……」

「どうよ、桔梗との関係は? 俺みたいに冷たくされてない?」


 おちゃらけた口調で訊いてきた。

 わたしはかぶりを振る。


「いえ、優しくしていただいてます……」

「風原さん。この人に話しかけられても、口を聞かなくてもいいですよ」


 いや、先生を無視するなんて、流石にできないんですけど……。


「俺は悲しいよぉ……」

「ならさっさっと帰って枕を濡らしててください」


 彩坂先輩は冷徹に呟き捨てると、貸し出し名簿に視線を投じ始めた。

 ここまで嫌っているなんて、何か理由があるのだろうか? もしかしてただの反抗期とか? それだったら、いつもの大和撫子感漂う彩坂先輩と違って可愛いらしい。ギャップ萌えというやつか。


「ひでえこと言うなよー」

「酷い? あなたの口からそんな言葉が出るとは思いませんでした」


 さっきから冷たくあしらわれていた先生が、初めて動揺した。


「そ、そのことは、悪かった」

「謝るなら私じゃなくてお母さんに謝ってください」

「あいつは、もう許してくれてるから……」

「許してもらったらそれでもう終わりですか!? 全部ちゃらになりますか!?」

「と、図書室では静かに、だろ?」

「黙ってください」


 どうやらこの先生は、ただの親子のコミュニケーションにきたわけではないらしい。理由わけありのようだ。

 わたしは何となくそわそわしつつ、名簿とパソコンを見る。すると、貸し出しが一週間前に行われていた本二冊を発見した。『ハリー・ポッターシリーズ』の一作目と二作目だ。


「あ、あー、この本、貸し出し期間が今日までだー」


 場に緊張して、声が棒になってしまった。彩坂先輩が喧嘩をやめ、穏やかな表情でわたしが見ている貸し出し名簿を覗いてくる。


「本当ですね。三年A組の鬼流院きりゅういんたけしさんですね。明日、放送で呼び出しましょうか」


 鬼流院……苗字かっこいいわね。そういえば連太郎の苗字、間颶馬とかもそうだけど、どういう経緯があってそんな苗字が生まれたのだろう。

 わたしは放送の呼びかけのことをメモしようと、シャーペンを手に取る。そのとき、花信先生が身を乗り出してきた。


「ちょっと待て、三年A組と言ったか?」

「そうですけどなにか?」


 彩坂先輩が何の感情も籠もっていない目を向けつつ肯定した。怖いよ……。

 先生が頭を掻いて首を捻った。


「どうかしたんですか?」


 何となく『探偵体質』が発動した予感がしたわたしは尋ねた。先生は貸し出し名簿を手に取り眺めると、


「俺、三年A組の担任だけど……A組に、というか三年に鬼流院なんて苗字の生徒はいないぞ」


 彩坂先輩が目を見開き、わたしは頭を抱えたくなった。どうしてこう次から次へと……。わたしはスマホを取り出し、連太郎に電話を掛けた。

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