間章 1
連太郎と坂祝と別れてから、とりあえずスーパーに買い物に行った。我が家は現在お母さんが出かけてしまっているため、自炊をしなければならないのだ。
お父さんは外で食べると思うけれど、わたしまで外食というわけにはいかない。中学からそんな生活がままあったので、料理はそこそこできる。そこが数少ない文学少女ポイントだ。でもまあ、レパートリーは焼き飯とか野菜炒めとか、男料理――もとい誰でもできるものだけれど。
廃屋敷については、土曜日に総力を上げて考えることに決まった。総力とは、わたしと連太郎と木相先輩、そして梨慧さんと坂祝の五人だ。それまでの間、連太郎は廃屋敷を張り込んだり裏口の状態を確認し、梨慧さんと坂祝は神崎一家について調べるという。調べるといっても、近所で聞き込んだりネットで調べたりする程度だろうけど。
家に帰ると、焼き飯をお父さんの分と二つ作った。何故チャーハンではなく焼き飯と呼んでいるのか、別に深い意味はない。誰も興味ないだろうけど、説明しておこう。個人的に、店が出すのがチャーハン、家で作るのが焼き飯だと思っているからだ。つまり、中華料理人が家でチャーハンを作ってもそれはチャーハンではなく、焼き飯なのである。逆にただの主婦が中華料理店で焼き飯を作ると、それはチャーハンへと昇華する。……想像以上にどうでもいい話になってしまった。
お父さんの焼き飯にラップを被せて、お先にいただいた。待っているといつになるかわからない。
ひとしきりテレビのチャンネルを変えて、特に見たいものはやっていなかったため、自室で宿題をした。
時間が八時になり、わたしはお風呂に入った。割と長湯なので、出るころには五十分をすぎていた。
そしてリビングに戻ると、
「ただいま。奈白……」
缶ビールを片手に、お父さんがソファーに座っていた。どこか気落ちして、顔つきもやつれているようだ。
「おかえり。どうかしたの?」
「よくぞ聞いてくれた……。またゲキジョられたんだよ」
「ゲ、ゲキジョ……? 何、それ?」
お父さんは涙を流しながら、
「劇場型犯罪のことだよ。またやられたんだよぅ! 今度も出し抜かれて一人殺られたよ」
「だから娘にしないでよ、そんな話」
「ったく。マスコミの野郎め……。まさかスズメバチで襲ってくるなんて、予想できるわけねえだろうが。何か? 警護に殺虫剤でも常備してろっていうのか?」
「お父さんが警護してたわけじゃないんでしょ?」
「そうだけどムカつくんだよ。……殺し殺し殺し殺し殺し、世の中人殺しばっかりだなあ、おい! いつから日本はこんなに物騒になってしまったんでしょうかあ! 誰か新世界の神として名乗りを上げてくれないかなあ!」
酔っぱらっているとはいえ、警察がデスノートをあてにするのはどうかと思う。きっと疲れているんだろう。もう眠ってほしい。これ以上娘たるわたしの前で痴態を晒してほしくない。
わたしはお茶を一杯飲むと、リビングの扉に足を向けた。が、その前に訊くべきことがあるのを思い出した。
「そうだ、お父さん」
「どした?」
お父さんは首だけをこちらに向けてきた。
「神崎美幸さんについて、何か知ってる?」
別に新太郎さんの名前でもよかったが、元市長だったらしい美幸さんの名前の方が知名度は高いと思った。
「確か、元市長だったか? その人がどうかしたのか?」
「うん。……えっと、」
しまった。どう聞こう。
「なんか、ちょっと気になることがあるから、なんか教えてくれる?」
我ながら頭の悪そうな質問だ。なんかって何だよ。
お父さんはしかし気にする様子もなく、
「十年前のことだから、あんまよく憶えてねえな。失脚したのは知ってるけど。……ただ」
「ただ?」
尋ねると、お父さんは首を横に振った。
「ま、お前にゃ関係ねえか」
思わせぶりなことを言われてしまった。でも、わかったことがあった。神崎美幸さんは汚職以外のことで、警察に目をつけられている可能性が高い。
わたしは一つ情報を入手して、心中でガッツポーズをした。しかしすぐに、これはいい情報なのだろうか? と首を捻った。




