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13 ――『SHOW TIME』!!

「――っと、どーぉ? 溺れてくれた?」


かわいく首傾げた昭クンがそんな質問してくるもんだから、黄色い声は爆発するし……何か、雄叫びも聞こえる。

ちらっと隣りを見てみると、案の定智絵も雄叫び側で。

……お前、今のは黄色い声でよかっただろ。何であえてそっちチョイスした。


「どっぷりノって疲れただろーから、次は超ゆったり目でいっちゃいまーす」

「たまには違うスペルも聞いてくださいね~(佳也、呼んできて)」


マイク外して京介クンが何か言って、佳也クンがギターを健司クンに預けてどっかに行く。

え?途中退場?まさかのギター不在?

有り得ないけど一瞬だけそんなこと考えた。


若干長めのMC、つーか京介クンと昭クンのコントじみたのが続く。

歌ってなくても飽きさせない奴らだ……


「常連さんならわかりますよね~? 次はある人を引っ張ってきました」


「っきゃあぁぁぁーー!!」

「ロー! ロー!!」

「うっそマジで?! すっげ!」

「もうっ、今日最高ー!!」


……ロー?


「東、知ってるぅ?」

「いや……」

「……あれじゃない? 前にサブメンいるって言ってなかったっけ?」

「「あー」」


ごめん、ちょっと忘れてた。

そういやサブでキーボ入る時あるっつってたな。

私がライブ行くようになった時はキーボ使わない曲ばっかで、一回も見たことないんだよね。


幻の五人目。

さてさて、どんな子だろうかかね、ローくんは。


「(早く行け)」

「(待て。舞台に礼を取るのが先だ)」

「(いいから早くしろよ。お前キーボに礼すんのに時間かかんだから)」


舞台袖で佳也クンと誰かがもちゃもちゃやってるのが見える。

背はそんな高くない。髪が……長い。

うん?お、んな……?いやまさか。


「ローくん儀式中なんで、もうちょいお待ちくださいね~」


ぎ、儀式……?!

何かすんごい奴が出て来そうな雰囲気。

つーかやっぱ男だよね。紅一点とかスペルに合わないし。


MCが今日の入りとかの話に飛んでいく中、ようやく五人目が現れる。

長い黒髪を一つに括って、きりっとした顔の男。

期待を裏切らない、中々の男前くんだ。

だけど、何か……


「……あんさ、ごめん。ちょっと聞いていい? 彼何かを彷彿とさせないですかね」

「武士」

「江戸時代~」

「…………だよね」


何か、こう……『侍!!』って感じがする。

時代劇とかにいるわ。あんな雰囲気の人。つーかむしろ何で刀差してないのって聞きたいくらい侍だ。

別に和装とかじゃないのにオーラが江戸オーラだ。どこの次元から連れて来たの、あの人。


スペル……こんな隠し玉持ってたとは。

マジで飽きさせねぇな……!


「ちょっと……あの人キーボに礼してるんだけど」

「ありゃきっと精神統一と感謝の念……だと思うヨ」

「……やばい。私、彼とお話したい…!」


話した途端大爆笑すんだろ、お前。


「んじゃ、お待たせしましたー! ローこと正十郎、の紹介はいっか。もう次いこ、次!」


……昭クン!!さらっと京介クンより鬼畜!


ローくん、いや正十郎クン?どっちでもいっか。彼はひどい扱いでも表情ひとつ変えない。佳也クンより仏頂面だ。

ひたすらキーボにぺたぺた触って、満足したのか京介クンに大きく頷く。


「次のコールは誰がしようか~昭クン」

「おれ最後のやりたいからーキユ、じゃねーや、佳也で!」


おいおい……アンコールやるってわかってるけど、言うなよ昭クン。まぁそこが昭クンらしいっつーか。

マイクつきつけられて、佳也クンが非常に面倒臭ぇ感じの溜め息をつく。

君もファンサービスとかさぁ……まぁまぁ、佳也クンらしいよね、うん。


「……昭の言ってる“最後”まで、これ聴いて体休めとけばいいんじゃないすか。揺れが縦より横っぽいから……『指先蝶々』」


佳也クン、言っていい?

……お前の曲紹介、めちゃくちゃ適当だなオイ!

まぁまぁまぁ、それは許そう。問題は中身だ……


喋り出しがいつもちょっと掠れてる、私好みの声がゆるーい感じでコールしたのはこれも聞き覚えのあるタイトル。

めちゃくちゃスペルらしくない……かわいい系で売ってる女のアーティスト、しかも珍しく切ないバラード曲。

私らが高校生の頃大ヒットしたやつだけど、カラオケのランキングで未だに五十位以内には入ってる。

どんなアレンジで聴かせてくれるのかな?五人になったスペルは。


原曲ぴったりのテンポで、まずキーボ。

侍の指とは思えないくらい柔らかいタッチだ。つーか何か異様な光景……ま、まぁ考えないようにしよう。

次にギター・ベース・ドラムが一斉投入。

個々の音が主張してこない、今まで聞いた中で一番柔らかい前奏。



『――

空に離したいの

あなたへの想い


綺麗な夜空へ

どうか溶けてって


会いたいよって

抱き締めてって

言えなかったものを詰めて

――』



昭クン、切ない歌でもいけるんだ……

地声が高いから綺麗に響く。女の歌でも全然違和感ない。

キーボが入ったことで音の幅が広がるのは当然だけど、もっとぐっと変わった。

何つぅか……スペル自体の音が丸くなったみたいに感じる。

厚みがあるのに、何か優しい音。不思議。



『――

両手で作った

いびつな蝶々

へたくそって

あなたが笑った思い出


あたしが作った

指先蝶々

鳥の形は

もっといびつになったよ

――』



私、この歌は好きなんだよなぁ……基本万人向けの歌は琴線に引っかからないのに。

これは素直に綺麗な歌だと思った。んで、今もそう思う。


アレンジされてても原曲の良さがきっちり残ってる。

ギターもベースもドラムも勿論キーボも溶け込んでるのにやっぱスペルの、バンドとしての曲になってる。

これ、多分京介クンが編曲したんだろうなぁ……すご。奴は何者だ。



『――

傍にいたかった

素直な言葉

言わなかったものを詰めて


両手で作った

いびつな蝶々

ごめんねって

あなたが泣いた思い出


飛ぶはずがない

指先蝶々

鳥に変えても

届かないのわかってる


空に離せない

可哀相な 私の指先蝶々

――』



声の残響。

一番最後に残ったキーボの音が絞られて消えていって。


妙に静かな体育館。

どう出るのか、どう出たらいいのかわからない。


「――うん、いい曲ですよね~」


って、お前……!

何か色々余韻とか無視しないで!お前ばっちり空気読めんだろ!

あえて断ち切る感じなのはわかるけど…気ぃ抜けるわ……


京介クンの軽ーい喋り方でまた場の雰囲気が変わって、何かほっこりする。

周りのやる気なさそうだった群衆が感想言い合ってるのが聞こえて、今度は脳内で高笑い。


そーだよすげぇんだよ。こいつらド・バラードでもヤるんだよ……私もさっき知ったけど。

これで他のサークルの奴だか何だかも文句言えないだろ。

つーかイチャモンつけてきたらツジノブ辺りがキレるんだろうなぁ……あいつ沸点高くて心広いけど、理不尽過ぎる事態には黙ってないと思う。うん、良い心根の持ち主ですね。


「ではローくん退場~」


『えぇぇぇー?!!』

「え? 何で」

「アンコールはぁ?」

「いや、武士だけ帰る的な…?」


まさかの一曲退場に前列もさすがの私らも首を傾げる。何だその使い捨て的扱い。

正十郎クンが健司クンと話してんのがわかるけど、残念ながら会話までは聞き取れない。

何かモメてるっぽいのはわかるけど……って。


「(何をする! 離さんか佳也!)」

「(いいから帰れ。道場の雑巾がけ、暗くなると蝋燭使わなきゃいけねぇだろうが)」

「(む、そうだな。然らば御免)」


首根っこ掴まれた正十郎クンと佳也クンが何か話して、正十郎クンが大きく頷く。

んで、普通に降ろされた彼がキーボに礼して、ステージに礼して……退場。


……何だ、何があった!ちょっ、後で詳しく!


「伏兵過ぎるでしょお…!」

「……こんな逸材隠してたなんてね」

「やっべ、私もお近づきになりたいわ」

「この後打ち上げとかやっちゃう? 私手配するよっ」

「智絵がやりたいだけでしょ。まぁいいけど」

「めっずらし……」

「いいもの聴かせてくれてるからね」


うん、確かに。

メンバー分奢ってもいいくらい、いい音聴かせてもらってます。

そうだな……打ち上げするか。メンバーだけでやるだろうって思ってたけど、多分お邪魔してもっつぅかご招待しても大丈夫そう。

まぁ私もう泊まり決定だからどんだけ騒いでも平気だし。

マスターの店、は却下。一番楽だけど、マスターがいかんわ。


皆さんお忘れかもしれませんが、私の隣にいらっしゃるこのかわゆい泉チャンは何を隠そうオジ専手前のおっさん好きなのですよ。

マスターとかガチでストライクゾーンど真ん中だかんね。

もしあの店に連れていったら……瑞江さんが怖い。確実に血ぃ見るわ。


どうしようか考えてる間に、前後左右の周りがアンコールの雰囲気。

メンバーは正十郎クン以外はまだスデージから引っ込んでないし、ただ突っ立てるだけ。

ちょっと気が早い感じするけど……こりゃノっとかないと、スペルファン失格ですね。


「さて、何ていきますかね」

「皆自由に叫んでるから合わせる必要ないんじゃない?」


「けんじぃー!! 抱いてーー!!」


「やめろ女郎蜘蛛!」

「なまじ実行可能な部分があるから何とも言えない……」


今度はちゃんと黄色い声。

聞こえてないだろうけどやめとけ。彼の精神安定上の問題あるからそれ。


ちらっとステージの方を見てみると、案の定健司クンには聞こえてないみたいだった。

代わりに、その右にいる人とばちっと視線が合ったけど。

おや、これってもしや愛の力ですかね。まぁ、せっかく合ったんだから何かリアクションするか。

おもしろいポーズをちょっと考えてから、無難に気持ち悪く投げキスでいってみる。

ウインクと迷ったけど、私ウインクうまくできないし。


「(っミウさん?!)」


あ、今何か言った。

つーか若干顔赤くなったように見えるのは私の錯覚かね。

コンタクトずれてっかな……


「あ~美雨が彼氏誘惑してる」

「いや、どっちかっつぅとフ×ックポーズ返される覚悟だったけど」

「……斎木くんが東に向かってやると思う? 彼は正常な反応してるよ」


まぁ、私も佳也クンが私に向かって中指立てるなんて想像つかないけどさ。

それくらいにキモがられるだろうって想定してたわけだよ、こっちは。

佳也クンは女の趣味が変わってるからなぁ……うんうん。


「ん~……じゃあ、やっちゃおうか。気持ちよくなりたい人~?」


その聞き方はいかがなもんかと。

んで、やっぱ前列は応える……つーか全体的に応えてる。

ライブって怖いよね。ノリでなんだってできるんだから。私もやるけど。


「なりたーい!」

「気持ちよくして~!」

「むしろイかせてー!」

「……東、多分彼に聞こえてるよ」

「あ?」


ンなの聞こえてねぇって……

一応視線を送ってみて、思わず顔が引きつった。

いつぞやのように、肉食系フェロモン全開で真っ直ぐこっち見て笑ってらっしゃる。

…………私、今日大丈夫かな。つーかお前の耳どうなってんだ。


「よしよし、イイコたち。皆で気持ちよくなりましょうね~ほい、ショウ」


綺麗にくるくるって回転かけてパスされたペットボトルを昭クンが取って。

佳也クンからギターを奪って。


トプトプトプ……


「……えー…?」


かけた。水を。佳也クンの頭に。


何 や っ て ん だ 。


何だそのご乱心!

今十月だぞお前。つーか佳也クンにそんなことしちゃって……飯抜きにされんぞオイ。


「(……あきら?)」

「(えー? だって佳也髪あげねーと)」

「(ッチ……)」


あれ。意外に怒らない。

ギターを預けたまま、前髪を掻き上げる。


……あ。キユだ。

『SPELL NUMBERのキユ』は緩いオールバック。これは定番。

ってことは……


ちらっと反対側を見て納得。

ハット持ってくるだけじゃただの邪魔だもんね。


「ねぇ、これってもしかしてさ……」

「……やっちゃう感じなんじゃないの?」

「だね」


「最後はSPELL NUMBERらしくいかせてもらいますよ~」


黒いハットを軽くずらして、軽ーい喋りでとんでもない爆弾出すツワモノ、いやクセモノ。

学祭は皆さんご存知曲やるってのが暗黙の了解っつーかルールなんじゃなかったっけ?


まぁ……そんなの関係ないか。

楽しんだモン勝ち。

聴いてりゃそのうち楽しくなってくる。


「じゃあ、ショウちゃんお願い」

「はいはーい! まずその辺の顔知ってる奴ら! スペルからまたサプライズすっから受け取ってー! それとおれらの音気に入ってくれた奴いたら、ほんとのスペルっての知ってって! おれら普段こーいう曲やってんの!

――『SHOW TIME』!!」


ギター・ベース・ドラムがスティックの音を皮切りに走り出す。

さっきはあんなに優しい音だったのに、一気に音がきつく、鮮やかになった。



『――

最高の女

ついに発見

舌なめずり

獲物決定


解けない指

絡ませて

ひとつ魔法

かけてあげる


(one) 惹かれる

(two) 声聴いて

(three!) ほらオチた


もっと上手に誘ってごらん

俺の理性を切ってみて

かわいくおねだりしてごらん

そしたら食べてあげるから


濡れて鳴いて絡んで

魔法はまだ切れないよ

――』



……相変わらず、すごい歌詞。

つーか今までの中でピカイチのえろ目な詞。

やらかしたな、佳也クン。


でもやっぱ、スペルっぽいなぁ。

この音も、曲も、詞も、全部SPELL NUMBERだ。

好きだなぁ。この音。



『――

最高の君

俺好みだよ

さぁいつまで

堪えられるかな


まだ離して

あげないから

まだ満足

できそうにない


(one) えぐって

(two) もっと奥

(three!) もうイクの?


もっと激しく動いてごらん

理性なんか捨てちゃいな

泣きじゃくってキスしてごらん

残さず食べてあげるから


狂って叫んで踊って

もっと魔法をかけようか


もっとおかしくなってごらん

本能だけでしがみついて

愛してるわって言ってごらん

骨までしゃぶってあげる


(one) SHOW TIME!!

(two) LUST PARTY!!

(three!) TRUTH HAPPY END!!

――』



『SHOW TIME』とは中々粋なタイトルをつけましたね、斎木クンか谷崎クン。

実際、よそ見してるのなんか勿体ない、ショータイムだったワケだ。

始まる前に思ってたことが現実になっちゃったよ。


物凄いテンションで体育館が沸く。

最初からこの会場にいた訳じゃないし、スペルの前以外は外で聴いてただけだけど……多分、今日一番会場を盛り上げたのは間違いなくこの人達だ。

だってこんな風に、問答無用でノりたくなるバンドって滅多にないよ。


「スペル、なんだっけ」

「SPELL NUMBERだって。ライブ行ってみてぇな」

「つーかチラシとかねぇの?」

「外に置いてあんじゃね?」


真後ろから、沸いてる場に負けないくらい結構な音量の、そんな会話が聞こえて。

私はまたひとりでにやにやガッツポーズなんかしちゃったり。


アウェイが完全なホームに変わった体育館で、歓声とスポットライトを浴びる四人。

何かちょっと叫びたくなって、私は思わず前列に負けない放送禁止用語ギリの声援を送った。

……泉には頭叩かれたけど。

今年の投稿はこれで終わりになります。来年もよろしくお願いいたします。

みなさんよいお年を!


次回からは通常通り月木投稿します。

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