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01 さっさと明日になればいい

ややメール表現多め。

From 斎木 佳也

Sub こんにちは

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この前言ってたロスエンのインディーズアルバム、やっぱうちにあったんでよかったらお貸しします。

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簡素な文面。

基本的に絵文字とかつけんのが面倒臭い私にとっては返しやすいメール。



To 斎木 佳也

Sub こんにちわ~

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マジで?

佳也クンが今聴いてないんだったら借りてもいい?

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「美雨、今日研究室じゃなくて三〇一号室だって」

「んー……はいよ」


受信完了画面、確認。ゼミ開始五分前、確認。


「んじゃ行きますか」

「あ、自販寄っていい?」

「おー私もレモンティー切れた」

「一日何本空けてんの」

「昨日はちっさいパックで二本とペットボトル一本」

「……どこに入ってるんですかマジで」

「口から喉通って胃でもみくちゃにされて下に出ていきます」


自販機から落ちてきたミネラルウォーターとレモンティーを取って研究棟のお隣りへ。

エレベーターに待ってる人がいたから階段を使って三階、突き当たりの三〇一号室は既に鍵が開いてた。


「おはよー」

「おはよう」

「あ、おはよ」

「あれ良平さん早いね」

「今日は道空いてたから」


ケータイ片手に挨拶を返してきたのは緒川良平。

ひょろっとしたおしゃれさんで、目立ったイケメンじゃないけど雰囲気美形のモテ男くんだ。

良平はゼミ内唯一のバイク通学者で、私も何度か後ろに乗っけてもらったことがある。バイクに跨がっても余裕ありまくりな長い足が羨ましい。私も絶対二十五歳までに中免取りに行く。


「あ、東。合宿、やっぱ去年と同じ付属の保養施設になるかも」

「え、今年は県内で済ませようっつったじゃん」

「浅野が勝手に先生に言ったんだよ。あいつほんと闇討ちされればいいのに」

「……緒川くん、あれと友達じゃなかったっけ?」

「ん? 森下、そんなこと誰が言ったの? ただ同じ高校から来て同じ空間にいることが多くて同じゼミに入っただけでしょ? たまたまだよ」


にっこり。


相変わらずいい性格してらっしゃる。

浅野はお前のこと親友って言ってたけど。多分それ聞いてもこの人は笑って同じ台詞言うんだろうな。

毒が多めだからゼミ内の他の男よりは付き合いやすい。こういうのは友達でも彼氏でも楽でいい。


「お嬢は?」

「ぶちギレ。先生から“浅野くんばかりに任せないで自分からも動きましょう”ってメールきたし。中学生かって」


ゼミ一のお綺麗な顔が歪んでるのがすぐ想像できる。

お嬢と良平はゼミの合宿係で、春と夏の年二回大活躍する。今年のゴールデンウィーク、つまり半月後の合宿に向けて今は宿泊先を選んでる、んだけど……副ゼミ長、つまりあの浅野がでしゃばってふたりの努力を無駄にして行った。


確かに大学の付属施設なら宿泊とか会議室とかの手配も楽だけどさ。県外だし移動に時間かかるし何よりあの鬱蒼とした感じがやる気を根こそぎ奪ってく。

去年二回行って二回とも体調崩したし他の人にも何かしらのトラブルがあったから行きたくない。


「あーあ。今年も荒れそうな予感……」

「夜中煙草持って中庭集合ですかね、ゼミ長」

「ついでにお菓子とジュースと適宜酒ですよ泉サン」

「俺もご一緒していいですかお二人さん」

「来るといいよ。ただしあたしから離れた場所に座ってね」

「……俺のこと嫌いなの? 森下は」


わざとらしく落ち込んだ良平の肩を軽く叩いて奥の一番端に座る。会議型に向かい合わせで机が配置してあるからどこ座っても同じなんだけど、この部屋ではここが私の指定席。



【新着メール1件】


From 斎木 佳也

Sub 無題

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わかりました。

今度お会いした時に渡します。

四月中、時間ありますか?

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……これ、会ったらまたヤる雰囲気になんのか……って考え過ぎか。


翠星館から帰ってきて約一ヶ月。ちょくちょくメールしてるし電話も何回かしてるけどそういう系の話になったことは一度もない。音楽の話とか大学の話とか、ほんと普通のことだけ。

やっぱあのソファーでの一件は気の迷いだな。それしか考えらんない。身内と泉以外に音楽の趣味ががっつり合う人はじめてだったからついアドレス渡しちゃったけど……多分うざがられてはないと思う。まぁCD貸してくれるってくらいだから嫌われてはないだろ。

つーかロスエン詳しいよな、佳也クン。インディーズ時代のCDなんてあんま聞けるもんじゃないし、古参のファンっぽい。



To 斎木 佳也

Sub 無題

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ありがと~!

じゃあ今週の水曜か金曜とかどう?急過ぎるかな;

無理だったら遠慮なく言ってね。

佳也クンに合わせるから。


その時もし時間あったらちょっと食事付き合ってもらってもいい?佳也クンの好きそうなお店あるんだ~

------------



「斎木くん?」

「うん。なんと彼はロスエンのインディーズ時代のアルバムを所持しているようですよ」

「え? マジで?! あれでしょ、『レッドボウル』」

「あ、そんなタイトルなんだ」

「あたしもこの前ヤフオクで見かけて初めて知った」

「うわ、奇跡~おいくら万円?」

「………六万超え、してたんだけど……」

「…………うわぁ」


佳也クン、あんたなんつぅプレミアもん所持してんの。

横に座った泉とだらだら話しながら、ぱらぱらやってくるゼミ生に適当に挨拶して絶対十分遅れで来る先生を待つ。


これが私の日常。大学四年の四月半ばのこと。




× × ×



From 東ヶ原 美雨

Sub 無題

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ありがと~!

じゃあ今週の水曜か金曜とかどう?急過ぎるかな;

無理だったら遠慮なく言ってね。

佳也クンに合わせるから。


その時もし時間あったらちょっと食事付き合ってもらってもいい?佳也クンの好きそうなお店あるんだ~

------------



「…………」


何度読み返しても文章は変わらない。

これは、デートってことでいいのか?いや、ミウさんのことだから深読みすると痛い目みる。


「佳也~? 講義終わってんよ?」

「……おー」


先週ガイダンスがあったばっかで取ろうか迷ってる講義。ほとんどっつーか全然頭に入ってこなかったけどとりあえず履修すっか。


「健司一回家帰るって。昭は午後の講義取るのやめたらしいから昼は俺とお前のおふたり様ね~」

「……何してんだ昭」

「何か念仏みたいな講義だから取りたくないって」


何だそれ。


「何の講義」

「日本言語史」

「……文学部、必修じゃねぇの」

「ん~まぁ、卒業までに取れば平気なんじゃない?多分」


多分でどうすんだよ。

あいつが同じとこ行きたいっつったから入試まで勉強見てやったのに……マジで何してんだ。


「はぁ……」

「溜め息つくと幸せ逃げちゃうよ~?」

「逃げるほど幸せ噛み締めてねぇよ」

「くっらいねぇ。何食べる?」

「ラーメン、塩」

「俺今日の日替わりランチ~っと。あ、席取っといて。窓際がいいな。混んできたから早く~俺の鞄も持っていって。ついでに水もね」


注文多いんだよテメェ。めんどくせぇ。つーか何でわざわざ窓際なんだ。眩しいだろうが。

味噌じゃなく塩だと念を押してから空いてる四人掛けのテーブルに京介の鞄を放る。

水をコップに並々注いできてから、だるさ全開で椅子に適当に座ってケータイを開く。画面は勿論さっきのミウさんからのメールのまんま。


……これは普通に返すべき、だよな?別にお互い他意はねぇんだから。ちょっとついでにメシ食おうみたいな感じだろ。

つーか水曜とか明日じゃねぇか、別に予定ねぇってかバイト入ってるけど代わり捜せば全然オッケー。けどすぐ会いたいのが丸出しとか思われんのは避けたい。

だったら金曜の方がいいのか?いっそ水曜も金曜も会いてぇ。ンなこと言ったら不審がられるしうざがられるから当然言わねぇけど。


「あー…どうすっかな……」

「はぁい、お待ちかねの塩ラーメンでございますぅ」

「……きも」

「ふふふ、でもそんな君も愛してるよ」

「気持ち悪い」

「……せめて略して」


塩ラーメンと二百十円を交換して後はシカト。今はお前のボケに構ってる暇はねぇ。

水曜か金曜か。俺の目下の悩みはそれだ。


「あ、佳也金曜バイトないよね?」

「あ?」

「サークルの人がね、金曜なら防音室使っていいって。サークルのドラムとかアンプとか全部貸出可」


健司と昭は文学部、俺と京介は法学部。同じ大学内で分かれてるけど、俺らは四人は揃って軽音サークルに入った。

ンな熱が入ってるわけじゃねぇ半ば飲みサークルをわざわざ選んだのは、単にわりとしっかり設備があってスタジオ代が浮くからだ。

入って一ヶ月も経ってねぇ奴によく機材全部貸すなんつったよな……そのうち毎回使っても平気になりそうだ。京介の読みが当たったな。

つーか金曜、か……


「あれ? 何か予定あった?」

「……いや、金曜の何限からなら使えんだ」

「ちょっと融通してもらって午後から……ねぇ、佳也クン? 君、マジで予定ないのかな? すぐバレる嘘つくのは正直者で賢い佳也クンらしくないな~」


日替わりランチのハヤシライスを食ってた手を止めて嫌味なくらいきらっきらの笑顔を浮かべる。

……こいつの異様に鋭いとこ、めんどくせぇんだよ。


「…………水曜か金曜のどっちか、アズマさんと会う約束あんだよ」

「わぉ~ついにおデートですか?! どこ行くの? その前に何で明日か明々後日なの」

「アズマさんがそう言ったから」

「……お前何か恋の奴隷だね」

「うるせぇ」


自分でも犬みてぇだとか思ってんだから言うな。


「んーだったら金曜は無理か。佳也明日バイトだよね?」

「いや、金曜はこっち出る。明日のシフトは代わってもらうし」

「そう? それだったら助かるわ~新しい曲できたからさくっと歌詞つけてもらいたくて」

「……それ最初に言えよ」


もしただの練習で、ミウさんも金曜しか空いてねぇつったら迷わずミウさんの方を選んでた。

曲ができたって言うなら話はまた別だ。


俺らのバンドはコピーバンドじゃなくて全部自分達で創ってる。

基本的に曲が京介で、詞が俺。京介がじっくり考えてきた曲に、俺が一晩で詞を乗せる。聴くと何かガッて浮かんでくんだよ。

高一で結成した時はコピーばっかやってたけど高三あたりからはほとんど同じ流れだ。


「佳也~さっさとくっついて俺を泉さんに会わせてね?」

「泉さん嫌がんだろ」

「寄ってったらまた爆発しろって言ってくれるかな……あぁ、いいなぁ……」

「頼むからやめろキモい」


どっかにトんでく前に脛を蹴って呼び戻しておく。

つーか明日か……さっさとメール返さねぇと。



To 東ヶ原 美雨

Sub 無題

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金曜は用事があるので水曜でも大丈夫ですか?

俺の方こそ急ですみません。


その後は特に予定がないので、ミウさんさえよければその店に行ってみたいです。楽しみにしてますね。

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“ミウさん”

一ヶ月メールしてて、初めて文章に名前を載せた。

勿論電話でも呼んだことねぇ。正直、呼ぶ勇気がねぇとか言うこのヘタレ具合。あんだけ隠してた名前を俺が呼んでいいのか、未だによくわかんねぇ。

つーか楽しみにしてるとか書いていいもんなのか?女にこんな気ぃ使ってメールすんのなんかミウさんが初めてだしこれもよくわかんねぇ。


ケータイを開いたり閉じたりしながら三限の空いたコマを京介とだらだら過ごして。

これが俺の日常。今までとは違う、大学一年のこと。



From 東ヶ原 美雨

Sub 無題

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じゃあ水曜っつーか明日17時に佳也クンの大学の最寄り駅で待ち合わせでいいかな?


ご飯は期待してくれて構わないよ~お店の雰囲気も絶対気に入ると思うし!

あと、迷惑ついでに買い物も付き合ってくれたら嬉しかったりするんだけど……

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「……」


何か、この人ってマジで俺を喜ばすの上手い。

迷惑なわけねぇよ。その分長く一緒にいられんなら荷物持ちでも何でも。つーか名前呼び注意されねぇし。


「佳也~顔緩んでるよ」

「うるせぇ悪ぃかよ」

「いや別にぃ? お前がバンド以外で楽しそうにしてんの珍しいじゃん」


あーそうだよ楽しいんだよ。

ミウさんに振り回されて悩んで浮かれる。そんなくだらねぇことが楽しくてしょうがねぇ。


さっさと明日になればいい。明日こそ、名前呼べそうな気がする。

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