誰にも望まれなかった少女と、彼女を選んだ鎧
王国に、
彼女の名前を知る者はいなかった。
名がなかったわけではない。
ただ――
誰も、知ろうとしなかっただけだ。
少女は、路上で食べていた。
固くなったパン。
残飯。
誰かが落としたもの。
風呂に入らなかったのではない。
入ることを、許されなかった。
その身体は、悪臭を放っていた。
そして――
それだけで、彼女は罪人になった。
「汚い」
「不吉だ」
「王国を汚す」
ある日、
裁きも、優しい言葉もなく、
彼女は追放された。
城壁の外へと連れ出され、
門は――
問題を閉じるように、閉められた。
少女は歩いた。
歩き続けた。
やがて空腹で脚が折れ、
地に倒れた。
その時、
彼女は理解した。
――誰にも気づかれないまま、
自分は死ぬのだ、と。
呼吸が弱まり始めたその時、
声が聞こえた。
「死ぬなら……
歩きながら死ね」
声は、
枯れ果てた庭園から聞こえてきた。
そこにあったのは、
白い鎧だった。
埃にまみれ、
ユニコーンの紋様が刻まれている。
壊れていて、
忘れ去られていて――
まるで、彼女自身のようだった。
「食べ物を与えられる」
「水も与えられる」
「……君を、きれいにできる」
少女は、黙って頷いた。
彼女が触れた瞬間、
鎧は身体に溶け込むように装着された。
汚れを洗い流し、
金属と光で、彼女を包み込む。
「その代わりに」
鎧は言った。
「……私を、捨てないで」
少女は、約束しなかった。
約束の仕方を、
教えられたことがなかったから。
こうして二人は旅をした。
誰にも望まれなかった少女と、
誰にも求められなかった鎧。
やがて、
震える王国へと辿り着く。
冥界が、戦争を宣言していた。
王女を、
生贄として差し出せと。
王女は拒んだ。
軍は、躊躇した。
――少女が、前に出た。
英雄のようには戦わなかった。
ただ、
すでに捨てられた者として戦った。
戦いは、凄惨だった。
鎧は砕け、
少女は血を流した。
それでも――
二人で、冥界の王を倒した。
静寂が訪れた時、
王国は、跪いた。
名前を与えた。
居場所を与えた。
家を与えた。
彼女は、受け取った。
――数年後。
短い知らせが届く。
かつて彼女を追放した王国は、
飢饉と疫病、
そして内戦によって滅びた。
誰も、救いには行かなかった。
少女は、笑わなかった。
喜びもしなかった。
ただ、
こう思った。
――もし、
あの時私が死んでいたら。
この王国も、
同じ運命を辿っていただろう。
そして初めて、
彼女は理解した。
見捨てられることより、
もっと残酷な真実を。
王国は、
怪物によって滅びるのではない。
最も救いを必要とする者を
拒んだ時に――
自ら、滅びるのだ。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
この物語は、
「選ばれなかった存在」に光が当たる童話を書きたいと思い、生まれました。
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