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第41話『境界線を越えるとき』

【5月1日(金)放課後/生徒会室 朝比奈あさひなこころ】


生徒会室は、放課後の静けさに包まれていた。

机の上には、整えられた書類。名前と役職だけが、簡潔に並んでいる。

私の右手側――副会長席では、高橋さんが静かに書類へ視線を落としていた。


――余計な言葉は、いらない。

そう判断して、私は口を開いた。


「それでは、風紀委員の任命を行います」


声に出した瞬間、

室内の空気が、わずかに引き締まったのが分かる。


前に立つのは、三人。


森川もりかわ天音あまね

月城つきしろ愛衣あい

河田かわだ亜沙美あさみ


一年生とは思えないほど、

三人は、それぞれきちんと前を向いていた。


(……いい顔をしてる)


森川天音は、背筋を伸ばして立っている。

真面目すぎるくらいの表情。

でも、その奥に「任される覚悟」が滲んでいる。


「森川天音さん。

 本日付で、風紀委員長に任命します」


一瞬だけ、森川天音の肩が強張る。


「……はい!」


返事は短い。

でも、逃げない声だった。


「校内の秩序と、生徒同士の関係性を見守る立場になります」


一拍、間を置いてから、私は続けた。


「ただ、“気づいたことから目を逸らさない”でください」


「……はいっ!

 一年生なりに、ちゃんとやります!」


その声に合わせて、

彼女の瞳がまっすぐこちらを向いた。


迷いはない。

少なくとも――今は、その覚悟を信じていい。


(……任せられる)


次に視線を移す。


月城愛衣。

柔らかく微笑んでいるけれど、

目はしっかりとこちらを見ている。


「月城愛衣さん。

 風紀副委員長に任命します」


「はい……ですぅ」


語尾はふわふわしているのに、

声の芯は、不思議と揺れていなかった。


「あなたには、委員長の補佐と、

 生徒の声を拾う役目を期待しています」


「……はいっ。

 委員長が前を向けるように、

 困っている生徒の声も、ちゃんと拾いますねぇ」


その一言で、私は静かに確信した。


(自分の役目を、ちゃんと分かっている。

 この子は、“支える側”だ)


最後に――河田亜沙美。


ほんの少し緊張しているのが分かる。

けれど、視線は逸れていなかった。


「河田亜沙美さん。

風紀委員会の広報担当に任命します」


彼女は一瞬だけ目を伏せ、

それから、まっすぐこちらを見た。


「……はい」


「あなたが伝えることになる風紀委員の活動は、

 “取り締まり”ではありません」


言葉を選ぶ。


「学校の中で起きていることを正しく共有し、

 声にならなかった違和感を、外に出す役目です」


「あなたが感じたことを、伝えてほしい」


少しの沈黙のあと、彼女は深くうなずいた。


「……分かりました。

 気づいた違和感、見過ごさないで伝えます」


その返事を聞いて、心のどこかが静かに整った。

――正解を導く役目じゃない。

ただ、誰かの痛みを“最初から存在しなかったこと”にはしない。


「なお、この任期は――」


私は一度、言葉を区切る。


(責任に終わりが見えないと――人は潰れる。

だから、境界は必要)


「この一年限りです」


三人の表情が、わずかに変わる。


「一年間。

 やれることを、やり切ってください」


期限があるからこそ、

人は前に進むことができる。


「以上です。

 本日から、よろしくお願いします」


深々と頭を下げる三人。

生徒会室に静かな決意だけが残った。


(……これが、新しい生徒会の始まり)


大きな変化はない。

でも確かに、歯車は動き出している。


そう思いながら、窓の外に目をやる。

夕暮れの校舎は、部活の声や下校する足音を残したまま

いつもと変わらずそこにあった。


――変わるのは、これからだ。



最後の足音が遠ざかって、生徒会室に静けさが戻る。

私は机の上の書類を整え、視線を前に戻した。


副会長は席を立ったまま、壁に掛かった時計へちらりと視線を送り、次いでこちらを見る。


「……一区切り、ですわね」


「ええ」


短く返す。

それだけで、十分だった。


彼女は一歩だけ近づき、机の上の名簿に目を落とした。


「……風紀委員に、森川さんと月城さんを置いた判断。

 役割も性格も、きちんと噛み合っていますわね」


指先が、名前の上で静かに止まる。


「河田さんも。

 前に出すぎず、引きすぎず……今の立ち位置なら、無理はしませんわ」


私はほんの一瞬、肩の力を抜いた。


(……ちゃんと見てくれている)


「……ありがとう、玲奈」


彼女は微笑まない。

でも、その横顔には確かな納得があった。


「“こころ先輩らしい”采配ですわ」


――副会長。

この場を、私ひとりの判断にしない存在だ。


玲奈は鞄に手を掛け、出口へ向かう。


「そろそろ、コートに向かいます」


振り返らずに、続ける。


「生徒会は……しばらく、落ち着きそうですわね」


「ええ」


迷いなく答える。


「副会長、頼りにしているわ」


一拍。


「……お任せください、こころ先輩」


その声に、気負いはない。


ドアを開ける前、

玲奈は一度だけ足を止めた。


「無理は、なさらないでくださいませ」


ほんの少しだけ、声が和らぐ。


「先輩は……きちんと、背負ってしまう方ですから」


(……やっぱり、分かってる)


「心得てるわ」


そう返すと、今度こそ扉が閉まった。


生徒会室に残ったのは、窓から差し込む夕方の光と、

静かに整った空気だけ。


私は、もう一度書類に目を落とす。


――守るべき場所は、今もここにある。


それを確かめるように、

すっと背筋を伸ばし息を整えた。



生徒会室の灯りを落として扉を閉める。

鍵がかかる音が、夕方の廊下に小さく響いた。


今日の役目は、すべて終わった。


書類も、任命も、言葉も。

どれも、ちゃんと置くべき場所に置けたと思う。


階段を降りて昇降口を抜ける。

外に出た瞬間、空気がふっと軽くなった。


西日が校舎の影を長く引き延ばしている。

校門へ向かう生徒たちの声が、遠くで混ざり合っていた。


――そのとき。


「……ふぅん」


背後から、低く落ち着いた声。


振り返る前から分かってしまう。

この間の取り方、この気配。


「……ずいぶん、“それ”を着こなすようになったじゃない」


足を止めると、少し後ろに神堂沙月が立っていた。

感情を表に出さない、いつもの立ち姿。

でも、視線だけはこちらを捉えていた。


「……いつからいたの?」


「昇降口を出てから。

 声をかけるタイミングを逃しただけよ」


沙月は肩をすくめるように言って、並んで歩き出す。

歩幅は昔から変わらない。


校舎から離れるにつれて、

周囲の音が少しずつ遠のいていく。


「あなたの作り上げた生徒会……」


前を向いたまま、少しだけ間を置いた。


「ちゃんと回っているみたいね」


その言葉を、静かに受け取る。


「……約束、でしょ?」


そう返すと、沙月はほんの一瞬だけ口角を上げた。


「ええ。

 完璧じゃないけど、崩れてもいない。

 逃げてもいない」


余計な飾りのない言葉。

でも、それで十分だった。


「それなら、よかった」


そう言ってから、私は一度だけ沙月を見る。


「……そういうあなたも」


声を、少しだけ落とす。


「例の“開発したもの”。

 河田さんと、橘芹香さんを守れたみたいじゃない」


沙月の眉が、わずかに動いた。


「……どこまで知ってるの」


「全部じゃないわ。

 でも、“間に合った”ってことくらいは」


一瞬、沈黙。

夕方の風が、坂の下から街の気配を運んでくる。


沙月は視線を逸らしてから、静かに答える。


「結果論よ。

 でも……守れたなら、それでいい」


その言い方は、

いつもより少しだけ柔らかかった。


お互い、それ以上は踏み込まない。

聞かないし、語らない。


それでいい。


いつもの坂道を下りきる。

住宅街に差しかかったところで、沙月が足を止めた。


「あなたの判断……

 条件付きで評価するわ」


監視でも、命令でもない。

“確認”でもなく――ただ“見届ける”という距離。


そう言い残して、沙月は別の道へと歩いていく。


その背中が見えなくなるまで、私はしばらく彼女の姿を見届けた。


* * *


玄関のドアを閉めた瞬間、

肩の力が、すとんと抜けた。


「……はぁぁぁ……」


誰もいない家だと分かっていて、

返事を待つこともなく。


「ただいまぁ……」


靴を脱ぎ、制服のままリビングのソファに倒れ込んで、

天井を見上げた。


生徒会長。

完璧。

模範。


――やるべきことは、すべて終わった。


(……ほんとによく頑張った)


壁に掛かったカレンダーに、ふと視線が向く。

日付は、5月1日。


(……分かってたけど)


明日からは、少しだけ世界が変わる。

そんな予感と一緒に、深く息を吐いた。


(明日からは――)


5月2日から5日まで。

少し長めの、ゴールデンウィーク。


(……学校の境界を出たら、私は“こころん”に戻れる)


一拍。


背筋に残っていた“生徒会長”を

そのまま、ゆっくりほどいていく。


指先が無意識に、かけていたフレームに触れた。

すちゃり、と。

伊達メガネを外してテーブルに置くと、視界がほんの少しだけ軽くなる。


次の瞬間。


「……っ」


がばっと上半身を起こして――


「自由だぁぁぁーーーっ!!」


拳を天井に向かって突き上げる。


「ひゃっほーーー!!」


勢いのまま、ソファの上でごろっと転がって、

ばたばたっと足を揺らす。

クッションを抱きしめて、もう一回、ぎゅっと。


「やったぁ……っ!

 連休だよ、連休……っ!」


誰も見てない。

注意する人も、止める人もいない。


「……はぁ、最高……」


そのまま、どさっと背中から倒れ込む。


(しばらく、“生徒会長”じゃなくていい)


――今日は、ちゃんとやった。

だから、今はオフでいいんだ。


「よし……」


小さく呟いて、天井に向かって宣言する。


「ここからは――

 しばらく全力で、だらけますっ!」


口元が、自然と緩んでいた。


(ゲームして、アニメ観て、映画もいいし……)


考えが、勝手に先へ進む。


(……それとも。

たかゆきに、ちょっとだけ……アプローチ、

かけてみる?)


「……っ」


ひとりで赤くなって、

ぶるぶるっと勢いよく首を振る。


(だめだめっ!

 いま考えることじゃないでしょ……!)


「……連休、長いんだから。

 落ち着こ、わたし」


名残惜しそうにソファから身を起こす。


そのまま、のそのそとキッチンへ向かって冷蔵庫を開けると、奥に一本だけ残っていたコーラ。

それを掴んで、勢いよく開ける。


ぷしゅっ。


「……っ、ぷはぁ……これこれ……」


喉を焼く炭酸が、一日分の“ちゃんとした顔”を洗い流してくれる。

そのまま戸棚を開けて、ポテチの袋を取り出した。


がさっ。


一枚つまんで、口に放り込む。

うすしおの味が、じんわりと広がる。


(……はぁ……幸せ……)


ポテチもコーラも手放せなくて、そのままリビングへ戻る。

どさっとソファに沈み込み、タブレットを膝に乗せた。


通知音がひとつ。


「……あ」


画面に浮かぶ差出人名。Lunaria。

クランフィールド――いつものクラフィからの通知。


内容を確認する前に、別の記憶が思考の端をかすめる。

――昨日の夕方。

隆之が話していた、あの件。


来月の決勝。

“本当の意味で会える日”。


(……決勝、ね)


ポテチをもう一枚かじりながら、画面を見つめる。

少し炭酸の抜けたコーラを、もう一口。


——あの夜も、こんなふうに静かだった。


野良で当たった、即席のパーティ。

ボイスなし。

必要最低限のログだけ。


互いの癖も知らないまま、

最低限の動きだけを合わせて戦っていたはずなのに。

それなのに、動きだけは何故か噛み合っていた。


ログに残った詠唱を見て、私は思わず息を呑む。


(……精度、高すぎ)


無駄がなくて、でもどこか張りつめている。

静かな部屋に、ヘッドセット越しの隆之の声だけが重なった。


「……今の詠唱ログ、見たか?」


「うん……見てる」


他のメンバーと、噛み合っていないわけじゃない。

――動きの質が、“ひとりだけ”違った。

詠唱は短く、判断は早い。

火力で押しているのに、動きが澄んでいる。


――目が離せなかった。

連携は取れている。それでも、どこか一人で戦っているように見えてしまった。


対戦が終わって結果画面が消える前に。

私は、もうキーボードに指を置いていた。


《よかったら、次も一緒にどう?》


誘いというより、確認みたいな一行。


少しだけ、間があって。


《……いいの?》


その返事を見た瞬間、

思考の奥で静かに何かが噛み合った。


(……ああ。

 やっぱり、読みは外れてなかった)


それが、今の彼女――Lunariaだった。


ポテチの袋をくしゃっと丸めて、脇に置いた。

さっき届いたDMを改めて確認する。


今夜のクラバト。

編成の相談。

開始時間の確認。


短い文章なのに、行間から伝わってくる。


(……ルナちゃん、やる気満々だね)


「……ふふ」


誰にも見せない、小さな笑い。


生徒会長は、覚悟して立った場所。

それに比べてクラフィでは、流れに身を任せているうちに、いつの間にか前に立っていた。


「……誘って、よかったよね」


コーラを飲み干して、空き缶をテーブルに置く。


来月、クランフィールド決勝で

あの二人が辿り着く先を――私はただ見届けるだけ。


月の見える夜が、静かに更けていった。



【CLANFIELD 設定メモ】


CLANFIELD (クラフィ)は、

スマホ/PC両対応のファンタジー系MMORPG。


基本は4人1組のクラン制チームバトルで、

PvE(協力)とPvP(対人)の両方が存在する。


物語に登場するクラン

「癒し騎士団(IYAKISHI)」 は、

こころんを中心に結成されたクランで、

一見のんびりした雰囲気ながら、実力者が集まるギルド。


ゲーム内では――

・味方を支える理論派の魔導士

・回復と空気を担うヒーラー

・堅実に前線を支える盾役

・詩的な詠唱と圧倒的火力を誇る魔法アタッカー


といった役割が噛み合い、

戦況が組み立てられていく。


本格的な戦闘や大会はPC操作が前提だが、

スマホではチャット参加や放置プレイ、デイリー消化が可能。


“日常の中でつながり、

勝負の場で本気になる”

――そんな距離感を持ったゲーム、という位置づけ。



【主要メンバー】


● たかちゃん(=越智 隆之)

・職業:魔導士(サポート特化)

・特徴:バフ/デバフ配置を緻密に操作する理論派

・過去にLunariaに敗北した因縁あり

・感情を表に出さないが、心拍ログは増えてる


● あまちゃん

・職業:回復系ヒーラー

・特徴:癒しボイスと爆速タップのギャップ担当

・関西弁で場を和ませるムードメーカー

・ノリと勢いで会話を回すが、実力は高い

・たまにLunariaとチャットバトル(謎)


● Lunaria (ルナリア)

・職業:魔法アタッカー+空間干渉

・特徴:詩的な台詞と圧倒的火力の両立

・隆之とはPvPで激戦を交えた過去あり

・チャットでは静かだが毒舌スナイプ多め


● C0c0r0n (こころん)

・職業:アーチャー

・特徴:ここでは素を出せる姉モード

・たかちゃんのプレイを背後で監視&こっそり応援中

・学校でバレるのは絶対NG(死活問題)


● KanDa00(カンダ)

・職業:ナイト(タンク盾役)

・特徴:前線を安定させる堅実なメイン盾

・比較的新しく加入したクランメンバー

・多くは語らないが、立ち回りは的確


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