第45話 使者来たる
シーンは足取り重く、屋敷に帰る頃には夕方になっており、大変な騒ぎになっていた。
シーンはアルベルトに謝罪した後に部屋に閉じ籠もり、そのまま眠ってしまった。
次の日目を覚ますと、心が軽くなっており、前のように遊びたくなっていて、シーンは庭にでて無邪気に駆け回った。
アルベルトはそれを見て、心配したものの以前のシーンのままだとホッとして微笑んだ。
そんなところに国王からの使者がきた。無礼があってはいけないと、アルベルトは遊んでいるシーンを引っ付かんで正装するように命じた。
やがて使用人に着替えさせられたシーンは、胸にトロル討伐の際に頂いた大きな勲章をぶら下げてアルベルトのもとにやって来た。
「これでどうですかぁ? お父上ぇ?」
「うむ。決まっているな。さっそく使者にお会いしよう。下座についてじっとしておれよ? 私が話していいというまで話してはいかん。笑ってもいかん」
「分かっておりますよ。ぷすす。うふふふ」
「はぁ。心配だ」
アルベルトは使者を待たせている応接室の扉を開けて、下座に平伏した。シーンもアルベルトと同じようにした。
「ご使者ご苦労さまにございます。このグラムーンに陛下からどんなご用事でしょう?」
「謙遜せずともよいよい。陛下は偽王ベルゴールを討ち取ったシーン・グラムーンを賞せずにはいられない。すぐに王宮に参って、莫大な恩賞を受けとるようにとのお言葉である」
アルベルトはシーンのほうを見ると、下を向いて笑いを堪えているようなので、代わりに自分が答えた。
「ええ、ええ。お召しとあればすぐさま参ります」
「おおそうか。ではそのように陛下にお伝えしよう」
というところでシーンはにこやかに顔を上げた。アルベルトは内心冷や汗をかく。
「ご使者。家族を連れていっても構いませんかぁ?」
「おお。勇士シーン。家族か。一人二人ならばよろしいであろう。席を用意する。しかし陛下の御前にでるのは勇士シーンのみであるぞ」
「なぁんだ。陛下に是非とも私の美しい嫁をお見せしたかったのに」
「おおそうか。あの正妻に認めて欲しいという例の奥方だな」
「ええそうなんです。今は妊娠しておりましてね。ご使者、見ます? 今連れてきますので」
そう言ってシーンは飛び跳ねるように立ち上がると、さっさと行ってしまった。
アルベルトは冷や汗をだらだらと流して使者に平謝りだった。
「ご使者。どうか無礼をお許しください。あれは武勇はあるものの、まだ子どもでして未だに礼儀を知りません」
「いえとんでもない。あれが単身敵将二十余首をとった勇士のお姿だと感心しております」
使者はこっそりとアルベルトへ近付いて耳打ちをした。
「実はですな、グラムーン卿」
「は、はい」
「勇士シーンはこの度の戦功によって、陛下より勇者の称号を与えられます」
「え? 息子が勇者ですか?」
「左様。勇者称号を得たものは年金に金貨千枚を毎年与えられ、さらに領地が加増され、公爵の叙爵がございます」
「ヒェ……!」
「しかもそれだけではありません」
小さく悲鳴を上げたアルベルトに使者は続けた。
「実は都の名花ともいわれる、サンドラ・ソラスン・ハディーン公爵令嬢は勇者称号を取ったものの元へ嫁ぐと公言されたとか。勇士どのには正妻がおりますが、妾として迎えてごらんなさい。そしたら公爵家から多大な持参金がありますぞ? グラムーン家はますます栄えますな」
「あわわわわわわ」
そこにシーンがエイミーを胸の前に抱き抱えてやって来た。そして笑いながら使者に紹介する。
「ご使者。こちらが私の嫁エイミーです。もう大変に出来た嫁でしてな。今、この腹の中には私の子がいるのですよ。しかし、子どもが産まれてはエイミーは私に傾ける情を半減させるのではないかと、嬉しいやら、寂しいやら。それを思うと夜も満足に眠れません」
「もう。シーンさまったらぁ。恥ずかしいわ」
「まったくエイミーは可愛らしくて仕方がないな。キスしてもいいかい?」
「いやだわ。陛下のご使者の前なのに」
「なあに。構いやしないさ」
そう言ってチュッチュ、チュッチュ始めたので、使者は思わず目を押さえた。
アルベルトは立ち上がって二人を部屋の外に出して扉を閉め、使者に愛想笑いをした。
「ヒヒヒ。ご使者。どうか今見たものは陛下にはご内密に……」
「いやいや、なかなか豪胆な! さすが勇者となるかたは違いますな! さて長居を致しました。本日は失礼いたします」
「あ。ではお見送りいたします」
アルベルトが使者を伴って応接室のドアを開けると、そこにはシーンとエイミーが口論をしていた。
「どうして? どうして? 陛下にエイミーを見せたいのに」
「いやだわシーンさまったら勝手にお約束してしまって。私はここの生活から離れたくありません。子どももお腹におりますし。行きませんわよ」
「久しぶりに都に行ってみようよ。元の屋敷で駆け回るのも楽しいよ?」
「うーん。でも私は身重ですから、馬車の旅行は出来ませんわ」
「だったら輿は? あれなら揺れも少ないよ」
「そしたら何日かかるか分かりませんもの」
「そうか。じゃ私もいーかない」
それを聞いて使者は驚いてしまった。
「し、シーンどの。王宮に参内することを拒否は出来ません」
「なぜです? 私は褒賞に興味はありませんし、エイミーとは離れたくありません」
「いや陛下のお言葉に逆らってはいけませんぞ!?」
「だったら病気です。シーンは病気とお伝えください」
「いいえ、いけません。私は陛下の代理。シーンどのの健勝は目の当たりにしております。私の目は陛下の目です。あったことを正直に伝えますぞ!」
「だったらそれでもいいです。私はエイミーとは離れない」
「シーンどの! これは反逆と同じになると分かりませんか!!」
使者はまとまった話を勝手に反故にするシーンに詰め寄ったがシーンはどこ吹く風である。
アルベルトは怒って初めてシーンに手を上げた。シーンの横面を叩いたのだ。
「シーン。この馬鹿者が!」
「お父上……」
「お前はもうすぐ父となるのであろう。それが駄々っ子のような態度で子どもを育てられるか!」
「は、はい……」
「子どもは親の背中を見て育つのだ。その親は国の英雄。だがわがままの駄々っ子であると知ったら、子どもはお前などには従わん!」
「も、申し訳ございません……」
初めての叱責に大変に反省したシーンを見て、アルベルトは深くため息をついて使者に向き直った。
「ご使者どの。ご無礼お許しください。この愚息には首に縄をかけてでも陛下の御前に行かせます」
「うむ。いえ、きっと奥方を愛する余りというものでしょう。今の反省する姿を見れば、ちゃんとした大人ではありませんか。では都でお待ちしております」
使者はそう礼をすると、屋敷を出る。アルベルトはシーンのベルトを掴んで、共に見送りをさせた。
そして次の日に出発するとシーンにいうと、シーンはアルベルトを恐れてエイミーに手伝わせて旅行の準備を始めた。
次の日の朝、アルベルトはシーンとともに屋敷から王宮に向けて出発した。エイミーは領地の屋敷に留守番として残ったのだ。




