第41話 あなたは誰?
シーンが閉じ籠った後、アルベルトはもう少しこの屋敷に留まって、シーンの気が治まるのを待とうということにした。
エイミーもシーンの寝室のドアを叩いたが、シーンは返事をしない。しかしカギがかかっていなかったので、エイミーは扉を開けてシーンが寝ているベッドの横に行って背中に抱きついた。
「ねえシーンさま」
「………………」
「嬉しいですわ。シーンさまがそんなに私のことを思ってくださって……」
シーンは無言のままエイミーのほうへと体を向ける。
「私、とっても幸せよ?」
エイミーが微笑むと、シーンも微笑み返した。
しばらく無言の二人だったが、やがてシーンが口を開く。
「なあエイミー。私は怖い」
「まあどんな相手も恐れないシーンさまなのに?」
「ああ。サンドラを家にいれたらきっととんでもないことになる。私も……、キミも……。私が愛しているのはエイミー、キミだけだ。キミは私を放してはいけない。強く抱き締めていてくれよ。ああ……」
そんなシーンをエイミーは抱き締める。そして二人はそのまま眠りについた。
◇
それは真夜中だった。エイミーが目を覚ますと、隣にいたはずのシーンの姿はなかった。
エイミーがシーンのいた場所であろうベッドのへこみを指でなぞっていると、外から馬のいななきが聞こえた。
窓から覗くと、月明かりにシーンの愛馬である白馬が都への街道へ走り去るのが見えた。
エイミーはそっと起き出して、灯りも持たずに屋敷の庭の端にある使われていない物見の塔へと上る。
そこは最上階が小部屋になっていて、なにやら祭壇が用意されていた。
エイミーは香炉の中に、手から灰をおとしている。
その灰はやがて空中を舞い、それを見たエイミーは祭壇を持ち上げて壁に叩きつけた。それはまるでシーン並みの怪力だった。
「なにが運命よ! そんなもの全て壊してやる!」
エイミーはそこらじゅうにある調度品を片手で持ち上げると癇癪を起こしたように壁に叩きつけ壊して行く。
そして手を止めて荒く肩で息を漏らした。
エイミーは、小窓を見つめていた。そこには夜なのに白い鳩。その鳩を睨み付けていたのだ。そして小さく呟く。
「チッ。イルケイス──」
その鳩はエイミーを見つめ、やがて口を開く。
「もう止めるのだ。これ以上、罪を重ねるな」
しかしエイミーは、いつもの無邪気なエイミーではなかった。
「なにが罪よ! 元はといえばあなたたちのお役目怠慢が問題なのよ!」
「分かっている。やがてその埋め合わせはされるだろう。神はこのようなことをひどく嘆いておられる。運命を元通りにするのだ。お前なら出来よう」
「ええ、勝手に回りだしたわ。満足でしょうね! でも許さない。私がいなかったらその運命も無理のごり押しだったのよ! 私だけが損だ! お前たちのせいで!」
鳩は答えた。
「きっとキミには温情が下される。だからもう身を引け」
「うるさい! 私が敬わなかったら、神とて神ではないのに!」
すると鳩はフッと消える。エイミーも背後に気付いて振り返った。
「なに?」
「──ハジャナ」
エイミーが眉をつり上げたまま両手を上げる。すると壊れた調度品が元通りの姿になって元の位置に陳列されていく。
ドアの向こうに立っていたのはチャーリーだった。エイミーはチャーリーの前でも自分の力を見せることに躊躇はしなかった。
「なにそれ。私はエイミー。そんな名前知らないわ」
「ハジャナは、霊峰メルボルンに住まうといわれる神竜の名前です。神が世界を作る時に二匹の神竜に命じて大地と川を作り、世界を守るために霊峰に二匹の神竜を住まわせたと神話にあります。ハジャナは妻。夫の名はディエイゴと……」
「へー。そう。先生は物知りね、大変勉強になったわ」
それは自棄のやんぱちといった物言いだった。チャーリーは続けた。
「魔人は言いました。若様をディエイゴと。あなた様をハジャナと。そしてこの人ならぬ不思議な力も隠そうとしませんね。あなたが竜の化身だということに確信が持てました」
その言葉にエイミーはチャーリーのほうへと顔を向ける。
「なぜ力を隠そうとしないか分かる?」
「それは……。いいえ」
エイミーが手をつき出すと、チャーリーはその手を吸い込まれるように身体が引き寄せられて行く。
エイミーは、そのチャーリーの胸ぐらを引っ掴むと、片手で軽々と壁に押し付け、天井の位置まで持ち上げてしまった。
「先生。それはね、私が人間の生き死になど気にしてないからよ。それは神や天使でも同じ。私と夫の邪魔をするなら容赦などしないわよ。あなたは私を神竜ハジャナと気付いた。知識を貯めようとする好奇心は誠に結構なこと。だけど命知らずのような真似をしないほうが身のためだったわ」
「わ、私を殺すのですか?」
「ええ簡単にね」
そう言ってエイミーはチャーリーの胸ぐらを掴んだ手をクルリと回す。するとチャーリーの頭は床のほうへと向いた。そのままエイミーが勢いをつけて床へと手を離せば、チャーリーの頭は石造りの固い床に衝突して砕けてしまうだろう。
「お、お許しを──」
「先生。あなたは何にも分かっちゃいない。分かった気になってるだけ。世界の九割九分知らないのよ。だから大丈夫と思ってた。エイミーは優しい少女だと思ってた。だから間違ったの」
「お、お止めください。ご主君はこんなことをするあなたをきっとお喜びにならない」
エイミーはチャーリーへと掴む手を強くしたが、やがてその身をふわりと床に置いた。
「ええそうね。シーンさまは喜ばないわ。それにあなたは死にたくないから誰にもなにも言わない。そう胸の中で誓ったわね?」
「は、はい」
「許すわ。しかし早々にこの屋敷から去りなさい。あなたにはビジュルの民衆に言葉を教える先生を命じるわ。朝になったらラリーを連れて行きなさい」
「う、承りました」
チャーリーはすぐさま走りだし、荷物をまとめた。そして朝が来るのを眠らないで待ったのだ。




