第13話 結婚
それから下男のトマスはエイミーを観察していた。しかし当然ながらね数日経ってもエイミーに他の男の影はない。シーンにべったりのまま。しかも魔法の薬のお陰か、シーンはめきめきと大人らしくなってきた。
服も一人で着用し、鼻もたらさなくなった。背筋をピンと伸ばして、まるで将校の立ち居振る舞い。
そして庭園で楽しく遊んだ後で、こっそりとシーンの部屋に入り、魔法の薬を飲んだ後で男女となる。
そして二人は楽しそうに会話をしていた。シーンは呻くようには話さない。ハッキリと流暢な言葉遣いなのだ。
ベッドに腹ばいになり、深皿にロウソクを立て、その炎を見ながら話していた。
「美しいなエイミー。キミはどんな時も美しい」
「ふふふ。それはシーン様も同じですわ」
「キミと前世でも夫婦だったこと、聞けば本当にそうだと思うし、キミのこともとても大切だ。小袋にも見覚えがある」
「ええ、これはもともとシーン様のものですもの」
「そうなのかも知れない。だけど私には思い出せない」
「いいんですよ」
「だがこうして袋に手を入れて、取り出したいものを思い浮かべれば……」
シーンが小袋より手を抜くと、大きな水挿しが出て来た。カーテンの隙間から覗き見ていたトマスは驚いた。
そんなことを知らないシーンは木製のコップに水を注いで、エイミーへと差し出した。
「ありがとうございます。ちょうどノドが渇いていましたの」
「そうだと思った。なあエイミー。私も思い出したい。過去に何があったのか。キミとの昔のことを」
「ええ。それにはいつものように庭で遊んで頭に刺激を与えればいいのです」
「なるほど。だから私は遊びたいのか」
「ええ。あなたは昔からそうでしたもの」
睦言を、吐きながら微笑み合う二人の会話を聞き取ることはトマスには出来ない。それは二人だけの会話で余りにも小さいからだ。
そのうちに、シーンは言葉が話せなくなる。
だが日に日に目の光が輝く時間が長くなっていった。
◇
そして、ある日。シーンは背筋を伸ばして腕をエイミーに組ませてアルベルトの前に立ち、ハッキリとこう言ったのだ。
「お父上。私とエイミーは愛し合っておるのです。彼女と部屋を同じくしますが構いませんね」
あまりにもハッキリした言葉なのでアルベルトは面食らった。
シーンのうめきはなくなった。もうちゃんと言葉が話せるようになったのだ。
アルベルトはその様子に叫ぶ。
「シーン! オマエ、言葉が!」
「ええ。ここにるエイミーのお陰なんですよ。彼女の持っていた魔法の秘薬で治ったのです」
「いや、すごい。まるで別人じゃないか!」
「まさか。私はシーンですよ。今までもこれからも」
「いや、そうだろう。そうだろうとも!」
「ああ、お父上。それよりも返事はどうなのです。エイミーを部屋に入れてもいいですか?」
これは、結婚させろという意味だ。アルベルトは、それに大きく頷いた。
「あ、ああ。二人の希望であるなら断ることなどできまい」
「本当ですか!? ありがとうございます!」
シーンはアルベルトに深く深く頭を下げるとエイミーのほうに振り返り、口調が軽くなる。
「聞いた? エイミー」
「ええ。やだぁもうシーンさまったら」
「早速キミの部屋からお気に入りの調度品を運ぼう。ほらほらほら」
「ああん。そんなにせかさないでよぅ」
シーンはエイミーの背中を押しながらアルベルトの部屋を飛び出し、エイミーの別邸へと駆けていくようだった。
「そーれそれそれ。ははははははー」
子どもの遊びのまま。大人らしくはなったものの、二人でいるときはあんな風に大声を発して遊ぶのだろう。二人は下男たちを呼ばわってそれぞれに命じてエイミーの別邸から気に入っている家具を運ばせ、シーン自らも籐家具の椅子を自室に運んでいったのだ。
アルベルトは、それを見てこれならば伯爵家の跡取りとして立派に世襲出来るし、城塞の司令も任せられるかも知れないと喜んだ。
エイミーのように気だてもよく、家柄もハッキリしてる。美人でシーンも愛しているのだからこれほどよい嫁はないと思いアルベルトはエイミーを呼び、改めてきちんと挨拶をした。
「あなたには、北都ノートストに帰りたい気持ちもあるだろう。ですが将来この家をシーンと共に盛り上げて貰いたい。どうかシーンの嫁になってくださらんか?」
アルベルトが頭を下げるとエイミーは泣いて喜んで答えた。
「はい。シーン様の奥様になれるなんて、とても嬉しいです。こちらこそよろしくお願いします」
とエイミーはこの話を受けた。アルベルトもその返事に笑顔で大きく頷いた。
「ではキミの父上のパイソーン卿に親書をしたためよう。キミを息子の妻にすると了解を頂くのだ」
「あ、それなら、私の方でも父に手紙を書いて送りたいので、一緒に出しておきます。手紙を書いたら私に下さいませ」
エイミーがそういうので、間違いはないだろうと、アルベルトは親書を書くと、エイミーに出すのを任せた。
かくして、二人の新婚生活がはじまった。
シーンの病状はめきめき回復し、政治や軍事の分厚い本を暗誦して諳んじられるようになった。アルベルトもこれには驚いた。
アルベルトはこれならばもう良いだろうと、シーンを部屋へと呼び自分の後継者とするべく、まずは城塞の副官へ任じた。
シーンはアルベルトに付いて城塞守備の任務につくことになったのだ。




