第98話~寮長たちの想い~
爆玉の音を聞き付け、斑鳩が剣特寮の前に到着した時には、何やら剣特生と体特生が向かい合い揉めているような雰囲気だった。しかし、一旦収拾がついたのか、暴れ出したり喚き散らす者はいない。
この状況を蔦浜が簡潔に説明してくれた。
剣特寮長の茜リリアは申し訳なさそうに黙って俯いている。恐らく、この事態を抑えられなかった罪悪感に苛まれているのだろう。
「話は分かった。蔦浜、ありがとう。なら体特生の指揮は俺が執る。確かに、クラス毎にまとまった方がいいな。この状況なら」
斑鳩が言うと、体特生達は活気を取り戻し気合を入れる声を上げ始めた。
しかし、剣特生達は皆黙って俯いているリリアを見詰めているだけだった。
「あ、えっと、それじゃあ、もちろん、剣特生達は私が指揮を執ります」
リリアはその視線に気付き、慌てて言った。
「大丈夫か? リリアさん」
その頼りない雰囲気に火箸燈が声を掛けた。
「う、うん。ごめんね、私、なんか、頼りなくて」
「別に」
リリアの謝罪に祝詩歩がツンとした表情で言った。
「別にリリアさんは謝らなくていいんじゃないですか? 剣特のみんなは、リリアさんの事分かってますし。リリアさんが喧嘩を止めるのが苦手って事も、みんなをまとめるのが苦手って事も、仲間を疑いたくないって事も、全部分かってます」
「う、うん……」
「でも、私は、私達は、リリアさんが剣術においては誰よりも強い事も知っています。だから序列3位という高みにいるんです。この学園では強さが全て。あなたが私達の上にいてくれるだけで私達は心強いし誇りに思います。そうでしょ? みんな」
詩歩は珍しく長々と喋ると、周りの剣特生達に問い掛けた。
「ああ、そうだ! その通りです! 茜さん! あなたの強さは俺達の誇りです! 影清なんかより100倍いい!」
「いや、100倍どころではない、1万倍はいいです」
逢山と扶桑が詩歩の問いに答え誇らしそうに言った。
他の剣特生達もそれに乗じてリリアを応援する言葉を投げ掛けた。
「詩歩にしてはいい事言うじゃねーか。リリアさん、あたし、つい熱くなっちまうところがあって迷惑掛けちまうかもしれないけど、リリアさんのフォローは任せてくれよ。リリアさんが言いづらい事とかあたしがバンバン言ってやるからさ!」
燈は得意げにリリアの肩を叩きながら言った。
「そうですよ、全て1人で抱え込まなくても良いんですよ。嫌な事は全部燈に押し付けちゃえば」
「そうそう! あたしも嫌な事は詩歩に押し付けるからな」
「はぁ?? 好き嫌いしてんじゃないわよ、馬鹿燈!」
「んだと! 詩歩後でぶっ飛ばしてやるからな!」
「お! 火箸さんと祝さんの恒例の喧嘩が始まった! いいぞー! やれやれー!」
燈と詩歩の喧嘩さえも、剣特生は笑って茶々を入れている。
「みんな……ありがとう……私……頑張る。みんなの為にも、頑張るね!」
リリアは剣特生達の温かい言葉に感極まったのかボロボロと大粒の涙を流し泣き始めてしまった。
それを剣特生全員で慰める。
「やれやれ、俺がフォローするまでもなさそうだな。いいクラスだ。今の剣特は」
斑鳩は微笑み、その様子を見届けるとまた厳しい表情に戻し体特生を見た。
「いいか、皆。俺達も剣特に負けない団結を見せる時だぞ。内通者を見付け出す。就いて来い!」
斑鳩の言葉に、体特生達は皆声を揃えて返事をした。
「茜、剣特は西を巡回してくれ。俺達は東を回る。頼んだぞ」
斑鳩はリリアに指示を出すと、爆玉を1つ投げ渡した。
「あ、これ、懐かしい。了解しました。斑鳩さん」
リリアの目にもう迷いはなさそうだった。
それを見届けると斑鳩は体特生を引き連れて剣特寮を離れた。
剣特も逆方向へと動き始めていた。
弓特寮の前では、寮長の後醍院茉里が弓特生をまとめて整列させていた。
弓特生達は皆茉里の指示通りしっかりと騎乗したまま2列に並び待機している。
正直、ここまで言う事を聞いてくれるとは思わなかった。
茉里は、重黒木に弓特をまとめろと言われてから悩んでいた。自分にそんな力はない。出来る筈がないと思い込んでいた。
しかし、カンナの言葉に背中を押され、茉里は自分の力で解決する事を決めた。その方法も自分で考えた。
その方法とは、特にこれと言ったものではない。弓特生1人1人に対してきちんと話をする事だった。きちんと向き合って、まず相手が何を考え、どうしたいのかを聞き出し理解する。その上で自分の考えを話す。
1人1人の話を聞いてみると様々な発見があった。今までは他人に興味のなかった茉里も、弓特生の話を聞いた事によりその人がどういう人間なのかが分かった。どういう人間なのかが分かれば、後はその人の事を考えた行動をする。もちろん、その人の為だけの行動ではなく、他の弓特生の考えや主張も考慮し、今の弓特に必要な改善をする。
話をした相手は皆意外そうな顔をして茉里を見てきた。しかし、茉里の真剣な気持ちは伝わり、思うところを色々と打ち明けてくれた。中には弓特を昔のような団結したクラスに戻す方法を一緒に考えてくれた者もいた。
茉里は数日間かけて、弓特生のほとんどと話をする事が出来た。
だが、全員と話が出来たわけではない。まだ話が出来ていないのは、村当番で学園に不在の矢継玲我と現在弓特の1番の問題児である水無瀬蒼衣、そして、茉里と同室の桜崎アリアの3人だ。
この中で矢継は以前から素行も良く、茉里に従ってくれていたのですぐに話さなくても大丈夫だと判断していた。
本当に問題なのは蒼衣とアリアだ。
しかし、蒼衣と話をする事はどうしても気が進まず先延ばしになってしまっており、アリアに関しては、同室故いつでも話せると思ってつい後回しにしていた。
そんな事をしていたせいで、今日まで話が出来なかった。茉里はその事を後悔していた。
「後醍院さん。矢継さんや水無瀬さんはともかく、何故桜崎さんもいないのですか? 彼女は外出はしていない筈ですよね?」
まったくの無表情で霜月ノアが言った。
ノアの前に並んで待機している新居千里や蓬莱紫月といった生徒も普段から表情がなく感情が読み取れない。
「わたくしも、弓の稽古から部屋に戻った時にはすでにアリアさんはいなかったのでどこに行ってしまったのかは……」
茉里が言い淀むと、ノアは何も言わずに茉里を見詰めた。
「もしかして、桜崎さんも内通者の仲間、という事はありませんか?」
ノアの発言に茉里はもちろん櫛橋叶羽や新人の栗花落依綱、浅黄ミモザは目を丸くしてノアを見た。
千里と紫月だけは表情を変えずに前を向いている。
「アリアさんに限ってそんな事はありません」
茉里はキッパリと言い切った。
「何故言い切れるのですか?」
ノアは少し目を細めて言った。
茉里はノアのその細めた目を見詰めた。
「わたくしは、アリアさんとこれまで一緒に暮らしてきた、『姉』だからですわ。あの子がそんに事をする子じゃない事くらい分かります」
茉里のその言葉に、流石の千里や紫月も驚いたように茉里の顔を見た。
「姉……。姉だから何なんですか? そんな事、桜崎さんを信じる理由には」
「霜月さん、今は後醍院さんを信じましょう。そんな問答をしているだけ時間の無駄です」
千里がノアの話を遮り茉里に頷いて見せた。
「ありがとうございます。新居さん」
ノアは千里には口答えせずに口を閉じた。
茉里は一呼吸置き、弓特生達1人1人の顔を見回した。
「わたくし達が美濃口師範から仰せつかった任務は、御影先生を襲った人物を捜し出し捕まえる事。ですが、アリアさんがいない今、わたくしは彼女が危険に晒されるかもしれないという事情を鑑み、まずはアリアさんの捜索をしようと思います。何か異議のある方は仰ってください」
茉里の方針に誰も異を唱える者はいなかった。ただ黙って茉里を見ている。
「み、みんな、力を合わせて桜崎さんを見つけ出そうー……おー……!」
何を思ったのか、突然叶羽が拳を天に突き上げて言った。しかし、その声は弱々しく他の生徒達の顔色を窺いながらビクビクしていた。
「櫛橋さん。そういう掛け声みたいな事はやりませんが、頑張りましょう」
叶羽の決死の掛け声に誰も反応しない中、千里だけが冷静に答えた。
茉里もまさかの掛け声に反応出来ずキョトンとしてしまっていた。
そんな雰囲気に叶羽は恥ずかしそうに苦笑いを浮かべていた。
「ありがとうございます、櫛橋さん、新居さん。そして皆さん。それでは、参りましょう。まずは弓特寮周辺の捜索を致します」
茉里の号令と共に弓特生は動き始めた。叶羽は自分の両頬を叩き気合を入れている。
弓特生は皆茉里の後ろを就いて来る。
自分の指示に従って動いてくれた事に茉里の心は熱くなった。
一方その頃、槍特生達は他のクラスと違い最初からまとまっていた。槍特師範、南雲の指示通り、斉宮つかさの指揮の下学園の南にある正門付近を固めていた。
50メートル間隔で2人1組の生徒を配置した。
つかさと綾星は正門を抑える為門の前に馬を並べていた。
「槍特は人手不足ね」
「ホントです〜。ただでさえ槍特は神髪さんもいないのにさらにそこから3人もいないなんて使えませんね〜。まあ、東堂さんと十朱君はお仕事だから仕方ないにしても、和流さんは遊びに行って帰って来てないらしいですからホント役立たずですね〜」
つかさはそこまで言っていないが、綾星は心底不満そうに言ったので適当に相槌を打った。
東堂は帝都軍の久壽居のもとで修行のような事をしているし、十朱は今月村当番で浪臥村にいる。
そんな中、和流馮景は浪臥村へ海水浴へ出掛けていてこんな時間になっても帰って来ていない。綾星が文句を言いたい気持ちも分かる。
ただ、やはりつかさにも不満はあった。
休日に遊びに行く事は別に悪い事ではない。しかし、一緒に出掛けている相手がカンナだというのが気に掛かる。水無瀬蒼衣も一緒だという。それが余計に不満なのだ。
確かに、つかさもカンナに海水浴に誘われた。和流にも誘われた。だが、断った。カンナと2人でならいい。篁光希もいるというが、水無瀬蒼衣と一緒にはいたくない。それに、和流という下心しかない男の前で水着姿など晒せない。
そんな理由でせっかくのカンナとの海水浴を断ってしまった。つかさにとってはデメリットの方が大きかったのだ。
「それにしても、内通者って誰なんですかねー? つかささん」
綾星は槍先の黄色いリボンをヒラヒラと動かしながら言った。
「御影先生を襲ってるんだから、それなりの訓練を受けた者なんだろうけど、それだけ考えると、この学園のほとんどが該当するんだよね」
「襲ったのは男の人らしいですね〜。御影先生を無傷で襲える男の人ってなると〜、序列25位以上の生徒か〜師範、または八門衆の人達ですかね〜。あ、医療班の人達も武術はそこそこ出来ますね〜」
綾星の言う通り、御影は武術を専門にしない単なる医者ではあるが、それなりの護身術を身に付けている。新しく学園に入って来た序列30位以下の生徒はもちろん、序列25位以下でも御影を無傷で倒す事はなかなか難しい筈だ。
「私が思うに、御影先生を襲った内通者は、体術使い。特に暗殺戦術に長けた人。しかもかなり強いと思う。で、男ってなると……だいぶ絞られると思う」
「さすがつかささんです〜! そうなると生徒や医療班の人ではないですね〜! 師範の誰かか八門衆の人って事になります〜!」
綾星は人差し指を立ててつかさの分析に目を輝かせていた。
「でも、私は師範達を疑いたくない。何かの間違いであって欲しい」
つかさが俯きながら言った。
「つかささん……」
綾星がフォローの言葉を口にしようとしたが言葉は思いつかなかったのだろう。そのまま黙って、また槍先の黄色いリボンをヒラヒラと動かしていた。
真っ赤な月が煌めく夜空の下、桜崎アリアは1人学園の外れの墓地から校舎方面へ馬を駆けさせていた。
柚木を見付けなくては。
そして、アリアがたった今見て来た光景を問い質さなければならない。
辺りが騒がしい。生徒達の声や大きな破裂音も聴こえた。
きっと何かあったに違いない。もしかしたら、アリアが墓地で目の当たりにした事と何か関わりがあるかもしれない。
アリアが校舎の辺りで馬を止め、声のする方へ向かおうとした時、1騎の黒い影がアリアの視界の端を横切った。
黒い外套と白い仮面。八門衆だ。馬も使わず走っていった。
何か知っているかもしれない。アリアはその八門衆の男を追った。
すると八門衆の男は近くにあった狼煙台のハシゴを身軽に上って行った。
アリアも狼煙台の下に馬を止め、その男を追った。




