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序列学園Ⅱ~とある学園と三つの国~  作者: あくがりたる
龍蒼決戦の章《内通者編》
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第92話~龍武殲滅の一手~

 青幻(せいげん)蒼国(そうこく)の都、焔安(えんあん)にある大宮殿・焔皇宮(えんおうきゅう)の玉座の間に焔安にいる幹部達全員を呼んだ。

 今焔安には、上位幹部の薄全曹(はくぜんそう)董韓世(とうかんせい)孟秦(もうしん)と、中位幹部の公孫麗(こうそんれい)黄蒙(こうもう)、そして、下位幹部の劉盤(りゅうばん)劉雀(りゅうじゃく)の7人がいる。

 幹部達が玉座の前に上位幹部3人と中位幹部、下位幹部の4人が左右に分かれて直立する中、上位幹部側の先頭、薄全曹の前には学園序列1位の神髪瞬花(かみがみしゅんか)と被検体の女、(さん)も並んで立っていた。

 青幻の玉座の左隣には色付きの名刀・黄龍心機(こうりゅうしんき)を抱えた無表情の若い男が直立している。そして、玉座の階下には、車椅子の宰相の魏邈(ぎばく)がいる。


程突(ていとつ)が死に馬香蘭(ばこうらん)が裏切りました」


 青幻は玉座に座ったまま切り出した。


「その代わり……というわけではありませんが、新しい我々の同胞としてこちらの2名の女性を紹介しましょう」


 青幻が瞬花の方へ腕を伸ばそうとすると瞬花は槍の石突を床に叩き付けた。カツンという大きな音が部屋に響いた。


「勘違いするな。私は貴様らの仲間になった覚えはない。ここにいれば強き者との定期的な戦闘を確約するというから身を置いているだけだ。言うなれば私は客だ」


 瞬花の居丈高な態度に幹部達が何か言いたげな様子で睨み付けていたが、薄全曹でさえ歯が立たなかった相手故、誰も文句は言わなかった。


「失礼しました。そうですね、神髪さんは今のところお客様ですね。ここが気に入って頂ければ是非とも仲間になって頂きたいものです」


 瞬花は青幻の言葉に何も答えず顔を背けた。


「神髪さんの後ろの参は紛れもない我々の仲間です。これからは正式に幹部達と共に任務をこなして頂く予定です」


「命を救われたからな。恩義には報いるつもりだ。どの道帰る場所もない」


 鼻までを覆う黒い仮面を付け、黒いマントを付けた参は静かに言った。

 その参の方へ瞬花は何かを確認するように振り向いた。


「貴様……」


「何だ? 神髪瞬花」


「……いや。おい、青幻。この仮面の女は強そうだな。常闇に潜みし2人と似た気配を感じる」


「あー、はいはい。その話は後にしてください。戦わせろと言うのでしょ? でも今は龍武(りょうぶ)の殲滅が先なのです。あなたにはちゃんと強い相手を用意しますから、まずは話を聞いてくれますか?」


「良かろう」


 瞬花は槍を右手に握ったまま腕を組み頷いた。

 青幻は1つ息を吐くと襟を正した。


「今言ったように、眼前の敵は龍武帝都軍です。鼎国(ていこく)とは停戦協定を結びました。よって、完全に龍武殲滅に集中出来るというわけです。劉盤、焔安の軍の調練は?」


 呼ばれた劉盤は1歩前へ出て拱手(こうしゅ)した。


「はっ! 新兵6千の調練も完了し、いつでも出撃可能です!」


「ご苦労さま。劉雀、水軍の方はどうですか?」


 今度は劉盤の後ろに並んでいた劉雀が1歩前へ出て拱手した。


「はっ! 軍船50隻の製造も完了し、調練も完了しております。それに、近海の海賊約200も買収が完了し味方に付けました」


「良い仕事ぶりですね。素晴らしい。いいですか。私の分析では、龍武の弱点は水軍。帝都軍司令官の宝生(ほうしょう)将軍は陸戦の専門。水軍は持っていません」


 ここまで話すと幹部達は皆なるほどと頷き青幻の作戦の意図を理解したようだった。

 まだ蒼と龍武が本格的に交戦を初めて1年と少ししか経っていないが、その間の戦闘は全てこちらが白龍山脈を超えて龍武領内へ侵攻した陸戦のみ。その頃はこちらに水軍はなかったので、必然的に陸戦になっていたのだが、青幻はその対策を怠らず秘密裏に軍船の造船を急ぎ、兵を鍛え上げ水軍を組織した。

 例えこちらが水軍を組織した事を龍武が知っても、龍武の財政からすると宝生の帝都軍まで財は回らず、すぐには対応出来ない。

 不憫にも、龍武帝国皇帝の機織園(はたおりぞの)という暗愚のせいで優秀な指揮官宝生は危機を知っても太刀打ち出来ないのだ。

 つまり作戦はこうだ。今回も陸戦をすると見せ掛けて、龍武の蘭顕府(らんけんふ)を攻撃。帝都軍を引き付けている隙に樂東(らくとう)南西の鄭程港(ていていこう)を水軍で強襲。そこから祇堂(ぎどう)を狙えば簡単に落とせるというものだ。蘭顕府から南橙徳(なんとうとく)を落とせば樂東の帝都軍は制圧したも同然。いや、龍武帝国全てを手に入れたも同義である。

 宝生がどれだけ警戒していても水軍を防ぐ手段はない。樂庸府(らくようふ)から水軍の援軍が来るとは思えないし、来たところでかなりの日数が掛かる上に弱卒しかいない。その間に祇堂は落とせるだろう。

 本当は、宝生が樂庸府へ凱旋中に襲撃したかったところだが、水軍の準備に時間が掛かってしまった。

 久壽居(くすい)が南橙徳にいる以上、陸戦では樂東の残存戦力だけで押さえ込まれただろう。実に厄介な男である。

 青幻は全体的な作戦を魏邈に地図を広げ説明させた。それは、進軍路から補給路に至るまで多岐にわたった。


「なるほど。そうなって来ると厄介なのは多綺響音(たきことね)ですな」


 白髪の薄全曹が顎髭を撫でながら言った。


「その通りです。また多綺響音に幹部の暗殺をされたらこの作戦はパーです。なんせ、焔安にいる精鋭部隊の指揮を執れるのはあなた達幹部しかいないのですからね」


「ならば先に多綺響音を殺しておきましょう。私が行ってきます」


 董韓世が腰の刀の柄を握って言った。


「いや、学園の間者の情報によると、多綺響音は裏切り者の馬香蘭、そして、元学園序列5位の畦地(あぜち)まりかという女と一緒にいるようです。この3人は皆『神技(しんぎ)持ち』です。流石のあなたでも神技持ち3人相手は無理でしょう」


「あの馬鹿女は多綺響音のもとにいるんですか!? って事は、多綺響音に負けて仲間にされた……って事?? しかも一緒にいる畦地何とかって女も神技持ちですって!?」


 公孫麗が目を見開いて言った。


「そういう事ですね。ちなみに、畦地まりかの神技は『神眼(しんがん)』と言い、万物を見通す力の様です。相手の動きを先読みして攻撃を的確に躱します。馬香蘭はご存知の通り『神透(しんとう)』で身体を透明にします。こちらも攻撃を当てるのは指至難の業。そして、多綺響音。彼女は『神速(しんそく)』を使いますからその目に見えぬ動きにより、やはり攻撃を当てることは困難。つまり、真正面から凡人が突っ込めば、傷一つ付けられずにあっという間に切り刻まれます」


 青幻の説明に幹部達は皆沈黙した。


「ならば神技を持つ私が行きましょう。私の『神雷(しんらい)』ならばまとめて始末出来るかと」


 薄全曹が言ったが青幻はそれを手で制した。


「薄全曹、あなたには兵の指揮を執ってもらいたいのです。あなた程戦に長けた者はそうはいませんからね」


「では多綺響音はどうなさるおつもりで? まさか、陛下ご自身で行かれるなどという事は」


「まさか。幹部以外に適任な者がここにいるじゃないですか。ねえ、参」


 名前を呼ばれた参は長い茶色の髪を片手で掻き上げた。


「次の任務は、馬香蘭、畦地まりか、そして、多綺響音の抹殺。お受けしましょう」


 参は軽く頭を下げて言った。


「ま、待ってください、陛下。その神技持ちの奴ら3人を、この新入りの女1人に任せるのですか? 100歩譲って神髪瞬花ならともかく、こんなどこの馬の骨とも知れん女を使うなどとは」


「黄蒙。あなたも聞いていたでしょ? 神髪さんが『この仮面の女は強そうだ』と言っていたじゃないですか。少なくとも、あなたの100倍は強いですよ」


 黄蒙は歯を食いしばりながら俯いた。


「しかし、陛下。さすがに神技持ちの3人を相手にするなら神髪瞬花の方が確実ではありませんか?」


 ずっと黙っていた孟秦が口を開いた。


「私に高々序列5位だった女の相手をしろと言うのか? 攻撃が当てられない貴様らには相当手強い相手なのだろうが、私はその程度の相手では満足は出来ない。時間の無駄だ」


 孟秦は瞬花の回答を聞くと首を振り小さく溜息をついた。

 それ以降、参が多綺響音一味を始末する事に関して誰も口を出す者はいなくなった。


「そうだ、参。多綺響音、畦地まりか、馬香蘭の3人は可能なら生け捕りで連れ帰ってください。出来ますか?」


「難易度が上がったな。殺す方がよっぽど簡単だが、善処しよう」


 それから青幻は幹部達への配置命令を魏邈に指示させると先に幹部達と魏邈だけ解散させた。


 広々とした部屋には従者が数人隅に控えている以外は神髪瞬花と参だけになった。

 青幻は従者の1人に方天戟(ほうてんげき)を持ってこさせた。


「参。あなたが欲しいと言っていたものです。山都三右衛門(やまとさんえもん)の『愛染龍戟(あいぜんりゅうげき)』。私のコレクションの1つです。これで神の力を持つ3人を捕らえて来てください」


 青幻は片手で方天戟を参に渡した。それを参は両手で受け取ると、仮面に隠れていない口元が緩んだ。


「ありがとう」


「構いませんよ。私の部下ならば好きな武器は何でも手配します。頑張ってください。それより、馬香蘭の匂いは覚えましたね?」


 参は黙ってコクリと頷いた。


「素晴らしい。では頼みましたよ」


 参はコクリと頷き部屋から出て行った。

 1人残った瞬花は青幻を凝視している。


「どうしました? あなたも何か欲しいものがあるのですか?」


「私を焦らすなよ。さあ、早く私に相応しい相手を出せ。モタモタするな」


 瞬花は冷たい瞳を青幻に向け苛立ちながら言った。


「まあ落ち着いてください。それより神髪さん。ここに来てからは1人で放浪していた時よりも身体の調子が良くはありませんか?」


 瞬花は答えなかった。図星という事だ。


「そうでしょうね。あなたは学園から大陸側に飛び出してからというもの、学園でこれまで受けてきたホルモンバランスの調整が途絶えていましたから、色々と苦しい事もあったでしょう。それを私が部下に言って学園にいる時と同じように調整し直してもらいました」


「何故……それを貴様が知っている」


 瞬花の目付きが一層鋭くなった。


「学園には間者がいると言ったじゃないですか。あなたの情報はこちらに渡っています。あなたが普通の人間でない事も分かっています。不思議でしたよ。何故あなたのような見た目は普通の女の子に何万もの兵を退けさせる力があるのか。その理由がようやく分かりましたよ。あなたの力は己の力ではない。造られたものなのだと」


 青幻を睨み付けていた瞬花の表情が変わった。驚愕と怒りが混じりあったような顔をして目を見開いている。


「黙れ。私の力を愚弄するのか」


「あなたは参と変わらない。人が手を加えた人間だったんですよね。それをあたかも己の力かのように言っているとは」


「もういい、貴様には死んでもらう!」


 瞬花が激昂して青幻へ掴み掛かろうとした時、瞬花は左胸を抑え崩れるように膝を突いた。握っていた槍が手から落ちた。


「ぐっ……き、貴様……私の身体に……何を」


 青幻は握っていた左手をゆっくりと開き、中に隠し持っていた小さなリモコンのような機械を瞬花に見せた。


「あなたの身体の調子を整えてあげるついでに体内に調教キットを仕込ませてもらいました。言う事を効かないと心臓を締め付けるような電流を送る小さな電極です。このスイッチを押している間は電気が流れ、あなたの心臓を刺激します。もちろん、そのまま殺す事も出来ます」


 話している間も青幻はスイッチを押し続け瞬花の心臓に電流を流し続けた。

 瞬花は床に頭を付け悶え苦しみながらも、自らの服の胸元を破り、心臓の辺りを恐る恐る確認した。


「いつの間にこんな細工を……」


 青幻の位置からも瞬花の左胸は見えた。大きめの注射痕があるだけで手術をした形跡はない。


「あなたはここの食事を口にしましたよね? そして、その後部屋で眠りました。食事には協力な睡眠薬が仕込んでありました。つまり、あなたが眠っている時に私の部下にあなたの身体を弄らせました」


「貴様……初めからこうするつもりで……騙したな……」


 瞬花は全身に大量の汗をかきながら怒りの形相で青幻に襲い掛かろうと立ち上がった。しかし、また膝を突きその場に倒れた。


「騙してはいませんよ。あなたには毎回あなたを満足させる強者と戦わせると約束しました。現に今、あなたはその強者と戦えているではありませんか。己自身の『死の恐怖』という名の強者とね」


「……詭弁を……」


 瞬花の苦しむ姿。憎しみに満ちた目。それを見るのは実に愉快だった。今まで傲慢に振舞っていた女が目の前で死にそうな顔をして苦しみ悶えている。2年前の多綺響音を彷彿とさせる光景だ。どんなに強くて傲慢な者も必ず自分の前に這いつくばる。


「私の野望にはあなたが必要です。あなたにはこれから永遠に私の為に働いてもらいます。それが、この世界に平和をもたらすのです」


 青幻はスイッチから指を放した。

 瞬花は床に這いつくばったまま息を切らしている。

 青幻が立ち上がろうと腰を上げたその時、突然、瞬花は飛び上がり一瞬で槍を拾うと、青幻へと突き出し襲い掛かって来た。

 それに呼応するかのように、青幻は、玉座の左側に控えさせていた無表情の男の手から黄龍心機を奪い、鞘から半分ほど抜いたところで瞬花の槍を受け止めた。そして、またスイッチを押すと瞬花は呻き声を上げながらその場に崩れ落ちた。


「無駄ですよ。いくらあなたでも死の恐怖と隣合わせの状態では、黄龍心機を持つ私には勝てません。大人しく言う事を聞いていた方が身の為ですよ? それともこのままここで死にますか? 私としては、私のもと以外でのあなたの存在は認められないので、歯向かうなら殺してしまった方が都合が良いのです」


 青幻は黄龍心機を鞘に戻し、また横の男に渡した。そして、這いつくばる瞬花の前でしゃがんで前髪を掴み、無理矢理顔を上げさせた。


 美しい顔は涙と涎で見る影もなくなっていた。


「さあ、どうしますか? 死にますか? 死にたいのなら苦しいでしょうからすぐに殺してあげますよ?」


「……し、死にたく……ない……」


「はい? 聴こえませんね?」


 青幻は意地悪くニヤリと笑った。


「死にたくない! 言う事を聞くから……助けてくれ!」


 瞬花は声を振り絞って叫んだ。

 青幻はスイッチから指を放し、瞬花の前髪からも手を放した。うつ伏せに倒れたまま動かなくなった瞬花を達成感と共に眺めた後、優しくその身体を抱き起こした。

 完全に衰弱し切ったその身体は地上最強の武人ではなく、ただのか弱い女だ。荒い呼吸を繰り返し目は虚ろだが、人間の温かい体温は伝わってくる。

 青幻は優しく頭を撫でてやった。


「良い子ですね。言う事を聞けば欲しいものはは全て与えますし、もう苦しい思いはさせません」


「……はい」


 瞬花は小さく返事をした。


「では、あなたに任務を与えます。心して聞きなさい」


「……はい」


「学園を滅ぼしなさい」


 瞬花は返事をしなかった。


「返事は?」


「……学園を……」


「そうです。あなたにとっては簡単な事でしょう? もう不要なのですよ、あの学園は」


 瞬花は返事をしなかった。


「まさか、嫌なのですか? 自分の育った場所だからですか? 驚きました。あなたにそんな感情があるなんて。いいですか? あの学園は私の邪魔ばかりしてきます。いい加減うんざりなのです。あなたに拒否権はありません。やるか、死ぬか」


 瞬花は青幻の顔を見ないまま頷いた。


「学園を、滅ぼします」


「賢明です。1つだけ注意点がありまして、学園に潜り込ませている私の部下は殺さないでください。御堂筋弓術みどうすじきゅうじゅつの使い手と篝氣功掌(かがりきこうしょう)の使い手を生け捕りにするように命じてありますので」


 青幻は懐から内通者の写真を取り出すと瞬花に見せた。


「はい。分かりました」


 瞬花が頷くと青幻は瞬花を立ち上がらせた。


「さあ、すぐに出発しなさい。……多知花(たちばな)!」


「はい、陛下」


 青幻が呼ぶと黄龍心機を持っている横の男が返事をした。


「神髪さんの監視をお願いします。言う事を聞かなかったり、裏切るような行動をすれば予備のスイッチでお仕置きしてやりなさい」


「仰せの通りに」


 多知花は青幻の腹心の1人で武術の稽古相手を任せるほどの武術の達人である。幹部のような仕事はしたがらないが、青幻への忠誠は幹部達以上である。瞬花の監視役にはまさに適任だ。


「黄龍心機は持って行きなさい。万が一、神髪さんが不意を突こうとして襲って来てたとしてもその刀が守ってくれます。あなたなら使いこなせるでしょう」


「有り難き幸せ」


 瞬花は多知花と黄龍心機を一瞥したが何も言わずに青幻に背を向けて部屋から出て行った。

 その後を多知花が無言で追って行った。

 ようやくこれで最強の戦力を使いこなせる。

 そう思うと笑いが止まらなくなった。神髪瞬花を屈服させた今、龍武帝国も鼎国も滅びるのは時間の問題だ。

 他には従者達しかいない広い部屋に1人、青幻の笑い声が響いた。


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