第87話~篳篥の手紙~
総帥の重黒木から学園集会にて生徒達に重大な発表があった。
それは、現在4つある特待クラスに、新たに1クラスの新設されるというものだ。
主に体術、剣術、槍術・棒術、弓術以外の特殊な武器、つまり『暗器』を扱うクラス、『暗器特待クラス』の新設である。
通称『暗特』にも10名の生徒を募集し、学園全生徒総勢50名体制にすることになった。
総帥の重黒木は、龍武の孤児を積極的に受け入れ、自分で身を守れる強い人間に育て上げ社会に戻すと明言し、帝都軍と連携して自立出来ていない行き場のない孤児の捜索を開始した。
この学園の資金源は、かつて栄華を極めた後醍院財閥の総帥・後醍院零瞑の莫大な遺産である。遺産を相続した後醍院茉里が入学当初から出資していたのだ。
暗特新設にも、茉里の私財の投入が大きく関わった。
暗特寮建設までにはまだ時間が掛かる為、完成前の入学者は、今は使われていない序列1位専用の一軒家を使用する方向で調整された。
暗特の師範には、新たに外部から人を招かず、序列2位の斑鳩爽と序列13位の四百苅奈南の2名が任命された。
2人とも学園で生徒としての在籍が長く、年齢的にも学園を出るか師範や職員として学園で働くかを選択するように重黒木から説得させられたのだ。
斑鳩は元々体術よりも、『闘玉』という小さな鉄の玉を使った投擲が得意だった。
奈南は鞭のようにしなる改良された鉄鞭を得意としていたり、実は他の暗器の扱いも秀一だった。
2人とも最初は辞退していたが、2人で協力して暗特を育ててくれと重黒木に熱望され、ようやく首を縦に振ったのだ。
奈南の抜けた序列の穴は自動で繰り上がり処理がなされ抱キナが序列13位に昇格した。それ以下の序列も1つずつ昇格したが、序列5位以上の抜けた穴は自動では繰り上がらない。これは、序列5位以上の力が序列6位以下の力とはあからさまに区別されていることを示す。
序列5位以上には『特権』という学園での絶大な発言力を得る為、序列仕合を行って正式に繰り上がることでしか上位にはいけない仕組みなのだ。
つまり、序列2位は現在空席となる。そして、1人が繰り上がったことにより、もともと空席だった序列40位の空席が繰り上がり、結果的に序列39位と40位も空席となった。
カンナは今回の暗特新設により、体特のトップとなり、同時に寮長にもなった。
もちろん、それは不安以外の何者でもないが、それ以上に、恋人の斑鳩が同じ体特から離れてしまったことが何よりもショックだった。
斑鳩の部屋も体特寮から師範達の部屋がある建物へ移動してしまった。
さらには、師範になる為の1ヶ月間の研修が行われるようで、しばらくは忙しい日々を送るようだ。当然、カンナに会う暇などないだろう。
カンナが鬱々とした気分のまま、1日の授業を終え、光希と共に汗を流しに校舎横の簡易シャワー室に向かっていると、気配をまったく消さずにドタバタと誰かが走って来た。
「澄川さーん! 今暇ー??」
「あ、和流君。昨日学園に戻って来たんだよね。村当番お疲れ様でした」
カンナは微笑みながら深々と和流馮景に頭を下げた。
それを見て隣の光希も頭を下げた。
斑鳩ほどではないが、精悍な顔付きの好青年で、笑顔がいつもキラキラしていた。
「ありがとう! 俺が学園に帰る日を知ってるなんてもしかして澄川さん、俺の帰還を待ち望んでた?」
「え!? いや、まあ、私が龍武から戻って来た時に村で会ったでしょ? その時学園に戻る日言ってたよ?」
「あー、そうだったね。でも、興味ない男が帰る日なんて普通覚えてなくない? まあ、いいや、何にしても今日からは毎日澄川さんの顔が見られる! 嬉しい!」
和流は余程嬉しいのか右手を胸の前で握り、天を仰ぎ幸せを噛み締めていた。
隣で光希が和流から目を逸らし何とも言えないような表情をしていた。
「ところで、何か用? 私達これからシャワー浴びに行くんだけど」
「あ、そうなんだ。もし暇ならまた絵のモデルをお願いしようかと思ったんだよね」
和流は確かに画材を大量に背負った鞄に入れていた。それでいて、左手にはしっかりと得物の槍を持っている。
「浪臥村で新しい画材買いまくったから早速使いたいし」
和流は少年のようなキラキラとした目でカンナを見詰めてきた。
「いいよ。じゃあ、シャワー浴びたら時間あるから悪いけどそれまで時間潰してて」
「よっしゃ! ありがとう! 暇潰しかー……なんなら一緒にシャワー浴びる?」
「あの、私もいるんですけど。和流さん」
和流の流れるようなセクハラ発言に流石に光希も口を挟んだ。目付きがいつになく鋭い。
「それに一緒にって、シャワー室男女別だから結局一緒には入れないよ」
「カンナ、男女別じゃなければOKみたいな意味になってるよ」
光希が的確なツッコミを入れた。
「篁さん怖いなぁー。冗談に決まってるじゃん。それじゃぁ美術室で待ってるよ! 急がなくていいからね!」
和流は光希にも笑顔を見せ、校舎の方へ踵を返したが、何かを見て動きを止めた。
「和流さーん! こんにちはー!」
元気な挨拶をしてきたのは茶髪のショートカットの女の子、今回序列22位に昇格した弓特の櫛橋叶羽だった。
叶羽は弓と矢筒を持ってニコニコしながら和流に近づいて行った。
「おお! 櫛橋さん! どっか行くの? もし暇ならちょっとお茶しない?」
「ああー、そうしたいのは山々なんですけど、これから弓道場で弓術の試験なんですよ……」
「そっかー、なら仕方ないな。頑張ってよ! 応援してるから!」
カンナと光希の目の前で、和流は叶羽と楽しそうに話し始めた。先月の村当番は和流と叶羽のペアだったので仲良くなったのだろう。しかし、何故かカンナは和流が叶羽と楽しそうに話す様子を見ると複雑な気持ちになった。
「あら〜? そこにいるのは篁さんじゃありませんこと〜?」
続いて現れたのは序列11位、ピンク色のツインテールの桜崎アリアだった。アリアも弓と矢筒を持っている。
「あ、桜崎さんも試験だね。頑張ってね」
「ありがとうございます。それにしても、相変わらず篁さんも澄川さんも無表情よねー。まあ別に嫌いじゃないけど……それじゃあ、私、早めに行って身体慣らすからもう行くわね。御機嫌よう!」
アリアはツインテールを片手で払って揺らしながら颯爽と弓道場の方へ歩いて行った。
「じゃあ和流さん、私も行きますね」
和流と話していた叶羽も先に歩いて行ったアリアを見て弓道場に向かった。
ところが、叶羽の歩幅は物凄く狭く、アリアに追いつかないように歩いているように見えた。
その不自然な様子をカンナ達が黙って見ていると、その横を弓特の蓬莱紫月がこちらを一切見ることなく通り過ぎ、その後を新居千里、霜月ノアが3メートル程感覚を開けて歩いて行った。
そして、さらにノアの3メートル程後ろからは水無瀬蒼衣が青い髪を揺らしながらやって来た。
「あ! 澄川さんだ! こんにちはー!」
蒼衣はカンナの姿を見付けると手を振ってこちらに近付いて来た。
「水無瀬さん、どうして弓特の皆はバラバラに歩いて行くの? 同じ場所に向かうなら一緒に行けばいいのに」
カンナは通り過ぎて行った弓特生の不自然な行動を蒼衣に尋ねた。
「え? 逆に何で一緒に行かなきゃならないんですか? 弓特はいつもこうですよ? お互い仲良くないし、同じクラスってだけで他人だし。私はみんな性格悪いから嫌いですし。そんなことより澄川さん、今度一緒に海に泳ぎに行きましょ? せっかく水着も買ったんだし!」
「え、あー、うん。いいよ」
蒼衣の相変わらずの腹黒さに若干引きながらも、またノリで蒼衣と出掛けることを承諾していた。
「やったー! じゃあ、私試験なので! また連絡しますね」
蒼衣は笑顔で手を振り弓道場の方へ歩いて行った。
ちょうどその時、新入りの弓特生の2人の女の子が一緒に歩いていたが、蒼衣の姿を見ると2人は身体をビクッと震わせ立ち止まった。
蒼衣はその様子を射竦めるように睨み付けると、そのまま声すら掛けずにそのまま歩いて行ってしまった。
弓特生の女の子2人は、蒼衣がある程度歩いてからまたゆっくりと歩き始めた。
「弓特は凄い闇を抱えてるな。俺達槍特とは大違いだ。俺には水無瀬さんが1番性格悪く見えるんだよな。可愛いけど」
和流は去り行く弓特生達の方を見ながら呟いた。
「水無瀬さんだって本当はいい子なんだよ? 本当は……うん、その筈」
カンナは蒼衣をフォローしたが今の光景を見るとどうも自信がなくなってきてしまった。
隣の光希は不快そうな顔をしながら声には出ていないが何か呟いていた。
カンナには「めんどくせー」と言ってるように見えた。
その後、カンナと光希は和流と一旦別れ、授業でかいた汗を熱いシャワーで流した。
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祇堂までの行軍の最中、兵達に休息を与え、宝生は自らも篳篥から貰った茶を楽しもうと茶筒を開けた。
「うむ、実にいい香りだ」
宝生は従者に急須と湯呑みを用意させた。そして、茶筒に匙を突っ込み、茶筒から急須へと茶葉を入れていった。
すると、茶筒の中で匙が何かに触れた。宝生は茶筒に指を入れ、匙に触れたものを引っ張り出した。
「これは」
4つ折にされた小さな紙だった。
宝生はもしやと思い、従者や兵から見えないようにその紙をこっそりと開き中を見た。
「なんという事だ……」
宝生が開いた紙には、篳篥の署名の入った達筆な文章が紙いっぱいに書かれていた。
『宝生将軍。こうして贈り物の茶筒の中にこの密書を仕込んだご無礼をお許しください。今回宝生将軍のお目に確実に届けたい一心もあり、こうして茶筒に忍ばせた次第であります。この密書を書くに当たり、万が一内容が露見した際には、わたくしは死をも辞さない覚悟である事を先に申し上げておきます。』
宝生は唾を飲み、文章の続きを読んだ。
『世界は平和とは程遠い混沌とした様相を呈しております。しかしながら、その状況を理解するものはこの龍武帝国の帝都である樂庸府には、帝である機織園を含め誰一人としておりません。宝生将軍がお守りくださっている樂東の地域は、青幻の蒼国、我羅道邪の鼎国といった逆賊の国家が乱立して日々緊張状態であるにも関わらず、陛下や廷臣達は他人事のように、この樂庸府で遊び呆けております。混沌としているのは樂東だけではありません。ここ樂庸府の1歩外へ出れば小規模ではありますが賊徒が民を襲い、略奪を繰り返し、また少し離れた地域では、未だに若い女子供の人身売買が行われるなどまるで無法地帯と化しております。ある時、わたくしが樂庸府郊外の街へ出掛けた時のことでした。わたくしはその街外れに奴隷小屋を見付けました。そこには若い女子供が首や手足に鎖を繋がれ、小さな独房のような所に監禁されておりました。小屋の裏手には売り物にならなかったのか、女子供の死体が埋葬されることなく転がっておりました。未だにこのようなものが龍武に存在していたのかと驚愕いたしました。わたくしはすぐに禁軍元帥の宇津木橋にその地獄のような状況を報告致しました。しかし、民からそのような陳情は出ていないと話を聞いてすらもらえませんでした。宇津木橋元帥の対応に呆れ果てたわたくしは、その日のうちに陛下に上奏致しました。しかし、陛下のお答えも宇津木橋元帥と同じでわたくしの話に聞く耳を持ちませんでした。樂庸府の外の民の陳情が入って来ないのは、元より、陛下も廷臣達も樂庸府以外の民の生活に興味がないからでございます。陛下も廷臣達も皆、樂庸府が平和ならそれで良いと思っているのでございます。そんな中、わたくしのお話を聞いてくださったのが紫嶋将軍でした。紫嶋将軍は出撃命令も出ていないにも関わらず、ご自身の判断で兵を率いて出撃し、数多くの賊徒の討伐や奴隷小屋の摘発など、政府がやらなかった善行をしてくださいました。ですが、勝手に出撃したことが軍令違反となり、紫嶋将軍は地方への左遷が決まってしまいました。今回宝生将軍にご同行する運びとなったのは、そのような事情故のことでございます。宝生将軍。わたくしにはもうこの国の行く末を相談出来る方がおりません。この国は腐り切っております。どうか、この国を先々代のわたくしの曾お祖父様の時のような平和な国に変えてくださいませ』
宝生はそこまで一気にそこまで読む頃には胸が燃えるように熱く、目頭にも熱いものを感じていた。
そして、宝生は手紙の最後の文章に目をやった。
『願わくば、貴方様が我が父機織園に代わり、この龍武帝国を治めてくださればどんなに喜ばしいことか。篳篥』
宝生は涙した。まだ年端もいかない少女がこれ程までに国のことを想い嘆き絶望しているとは。そして、自らの危険も顧みず、この密書を送った覚悟を想像すると宝生の涙は止まらなかった。
宝生はそっと密書を小さく畳み、懐にしまった。
「おい、紫嶋を呼べ」
従者はすぐに殿軍の紫嶋を呼んできた。




