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第84話~地上最強の女が選んだ国~

 亜務剡(あむそる)の林の方で爆発があった。

 偵察に向かわせた桾瞑(くんべい)が死んだということだ。

 これまでいくら斥候を送っても帰って来なかった。死んだのかどうかさえも分からない。ならば、死んだ時にこちらが把握出来るような仕掛けをすれば良い。そう考え、杷弩歴普(べどりゃふ)は桾瞑の心臓が10秒停止したら起爆する特殊な仕組みの爆弾をこっそりと身体に仕込んでいたのだ。

 爆発が起きたのは神髪瞬花(かみがみしゅんか)が陣取っている大木からかなり離れた位置だ。つまり、桾瞑を殺したのは神髪瞬花ではない別の者ということになる。

 だが、その爆発と同時に神髪瞬花も大木の上から消えた。恐らく、爆発の起こった場所に向かったのだろう。

 杷弩歴普はすぐに全軍に出陣の合図を出した。

 歩兵全員を軍用の大型トラックに乗せた。(てい)では龍武帝国(りょうぶていこく)蒼国(そうこく)とは違い、戦には馬ではなく、車両を使う。その理由は単純だ。機械の方が動物よりも扱いやすい上に強いからだ。

 この技術の後退した世界では機械はほとんど生産されていない。だが鼎は、僅かに生産を続ける自動車工場や兵器工場を占領し生産を独占した。

 鼎は世界が人間の戦闘法の原点である『武術』に戻ろうとする中、圧倒的優位な銃や兵器を使う戦闘法を続けているのだ。故に条約を律儀に守っている愚かな各国に負ける筈がない。

 生産した兵器は各国に潜伏しているテロ組織に販売し利益を得ている。各国のテロ組織は鼎からの支援で徐々に力をつけ始めてはいるが、各テロ組織の力はまだテロを起こせるほどにはなっていない為、それほど脅威にもなっていない。我羅道邪(がらどうじゃ)は各国のテロ組織を育てつつ世界征服を狙っているのだ。

 杷弩歴普も指揮官用のトラックに乗り込み林を目指した。

 10分程走らせると亜務剡の林に突入した。車両が入れる道は一本道しかないので、兵達はその場で降ろし、そこからは徒歩で突っ込ませた。兵の主装備はアサルトライフルである。それとは別に、神髪瞬花捕獲用に特製の捕獲弾を持たせた兵も組織している。

 銃を持つ桾瞑を殺せたとしても、この人数を倒しきることは出来ない筈だ。

 杷弩歴普はトラックに揺られながら林の中をゆっくりと進んだ。


 5分程で桾瞑が爆発した地点に到着した。

 黒髪の女が1人、背を向けて立っていた。


「止まれ、蛾念(がねん)輔朱埋(ほじゅまい)の部隊は神髪瞬花を囲め」


 車内の無線で杷弩歴普は将校に指示を出した。

 神髪瞬花の視線が車内の杷弩歴普を射抜いた。

 その眼光は今までに見たことのない程鋭く、その視線だけで死ぬのではないかと思えた。

 こちらの兵の包囲が終わると杷弩歴普は車両に搭載されているスピーカーのマイクを握った。


「神髪瞬花。私は鼎軍の指揮官、杷弩歴普だ。お前を5千の兵で包囲した。逃げ場はないぞ。死にたくなければ大人しく投降しろ」


 瞬花は反抗的な目で表情を変えずこちらを睨んだ。


「鼎? 斯様な国は聞いたことがない。私はまだ龍武にいるつもりだが」


 見た目は若いがその言葉遣いや喋り方はもう何十年も生きてきた者のそれだった。


「この地は我々が占領したのだ。直に龍武は全て我々鼎国の領土となるのだ。今のうちにお前も仲間になっておいた方が身の為だぞ」


「身の為? 私に言っているのか?」


 瞬花が言うと物凄い殺気が辺りを支配した。そして、瞬花を包囲していた兵達が次々と銃を地面に落とし、膝から崩れ落ちた。


「どうした!? 何事だ!?」


 杷弩歴普が車外に声を掛けるがその問いに答えられる者はおらず、呻き声が聴こえてくるだけだった。

 この殺気が噂に聞く『氣』という力なのかもしれない。

 瞬花は鋭い目付きのまま、また静かに口を開いた。


「いいか、一度だけ言うぞ。私は誰の下へも就かん。私は自由を手に入れた。生きていくにも不自由はない。私には他者を消し去る圧倒的な力があるからな」


「ならば取引だ。お前の願いを全て叶えてやろう。我羅道邪様の力があれば容易いことだ。どうだ? 投降ではなく、手を組むという形にしないか? そうすればお前は我々の下に就くことにはならん」


「詭弁だな。取引と言いつつ、私を利用しようというのだろ? 残念だがお前にも、雑兵どもにも魅力を感じぬ。それに、私の願いは、私が存在し続けるだけで叶ってしまう」


「どういう意味だ?」


「貴様らのように私を捕らえようとする者共が次から次へと現れるからだ。今はまだ相見えてはいないがいずれ邂逅するだろう。私を満たしてくれる強者とな」


 瞬花は槍を構え杷弩歴普へ向かって走り始めた。


「捕獲弾!」


 杷弩歴普の号令でまだ正気を保っていた兵達が金属製の捕獲用ネットが開く玉を10発瞬花に向けて放った。

 だが、瞬花はほとんどその玉を見もせずに槍の先で撫でるように払うとそのまま杷弩歴普に突っ込んで来た。


「か、構わん! ここで逃がすくらいなら撃ち殺せーー!!!」


 弾かれた捕獲弾はネットを開くことなく地面に転がっていた。その上を、無数の銃弾が飛び交った。

 しかし、それでも瞬花の身体を撃ち抜くことは出来ず、銃弾は地面にめり込み、杷弩歴普の乗っている車両の車体を撃ち抜いた。

 気付けばフロントガラスの前には無表情の神髪瞬花。


「うあああああああ!!!」


 杷弩歴普は車両から降りる間もなく目の前に迫る槍の切っ先を絶叫しながら視認し、切っ先はすぐに防弾のフロントガラスを突き破り杷弩歴普の叫び声を上げている大きな口の中にすっぽりと入り後頭部まで突き抜け真っ赤な血をぶちまけた。


 瞬花が槍を引き抜くと杷弩歴普は口から血を流し前のめりに倒れた。

 運転手や同乗していた兵は車両から飛び出し逃げ出した。

 蛾念や輔朱埋が瞬花の銃殺を指示したので、四方八方から銃弾が飛び交った。


 しかし、銃弾は一発たりとも瞬花を捉えられず、その服すらも撃ち抜けない。1人、また1人と銃を持った兵達がたった1本の槍に突かれ、引き裂かれ、瞬く間に殺されていった。

 気が付けば蛾念も輔朱売も突き殺されており、兵達は潰走していった。

 5千ものアサルトライフルを装備した大軍が、仲間同士で銃弾を撃ち合い、たった1人の女を捕えられずに混乱し潰走する様はあまりにも滑稽だった。

 薄全曹(はくぜんそう)董韓世(とうかんせい)と共にその一部始終を息を潜めて大木の上から眺めていた。

 鼎国の兵が辺りからいなくなると、瞬花は薄全曹と董韓世が潜んでいる大木の下に来て止まった。

 辺りには百人以上の鼎国軍の兵の死体が転がっている。


「降りて来い。私は貴様らと戦いたい。先刻の連中は玩具(おもちゃ)を持っていた故、堪能出来るかと期待していたのだが、見ての通りだ。僅か百人殺したら後は全員逃げてしまった。やはり私を満足せることが出来るのは、将兵の多寡でもくだらん玩具でもなかった」


 薄全曹と董韓世の潜んでいる木の下で、神髪瞬花がこちらを見ながら話し掛けてきた。


「我々の存在に気付いているとはさすが、神髪殿には感服致した」


 薄全曹はそう言うと木から飛び降りた。董韓世も同じく薄全曹の背後に着地した。


「貴様らの強さは氣や立ち振る舞いを見れば一目瞭然。刃を交えよう。私は強き者を葬る為に生きている」


 瞬花は無表情で言った。白い肌には先程殺傷した兵達の返り血が飛び散り、美しい顔を不気味に彩っていた。

 董韓世が刀の柄を握る音が聴こえた。

 薄全曹はそれを手で制した。


「神髪殿。貴殿のその望みを叶える(すべ)が1つある。そこで無様に死んでしまった杷弩歴普の話とはまた別の話だ。我々よりも強き者のもとへ案内しよう」


「貴様より、強き者? 何処ぞの学園の総帥のことではなかろうな」


 瞬花は薄全曹に猜疑の目を向けた。


「否。割天風(かつてんぷう)は死んだ。もういない」


「割天風先生が……死んだ? 病か?」


 瞬花の目が見開いた。始めてこの女が物事に興味を持つところを見た。


「知らなかったか。貴殿が学園を去ったその日、学園での抗争で割天風は生徒に討たれたという話だ」


「あの学園に、割天風先生を討ち取ることの出来る生徒がいるとは思えん……一体誰だ?」


「澄川カンナ」


「澄川……」


 瞬花の視線はその名を聞いた瞬間に薄全曹から逸らされた。また瞬花の表情が変わった。今度は意外そうに目を見開いている。


「あれから2年か。少しは強くなったのか。あの女」


 瞬花は少し懐かしむように何か呟いたが薄全曹は話を進めた。


「本題だが、貴殿の望みを叶えるには、我々の国家、蒼国に来れば良い。蒼国の皇帝、青幻(せいげん)陛下は割天風亡き今、この世界で最も強い武術家だ」


「青幻……。それは下賎な盗賊の名だった筈だ。私は興味がない」


「それは早計だな。陛下は貴殿よりも強いぞ」


 瞬花はムッとして薄全曹を睨んだ。


「私が盗賊に劣るだと? 笑えない冗談だな。しかし、貴様らが従っているということは、多少は出来るのかもしれんな」


「そうだ。貴殿が望むのなら、陛下のもとへ案内しよう。さあ、こちらへ」


 薄全曹が手を差し伸べると、突然、瞬花の槍が動いた。


「私の槍を止めたか」


 薄全曹は瞬花の槍を眉間の僅か1ミリのところで掴んで止めた。


「いきなり手を出すとは。行儀が悪い」


「私が就いて行く価値があるか、見極めさせてもらう」


 薄全曹が答える前に瞬花は槍を即座に引き、また目で捉えられない程の速さで槍を胸へと突き出してきた。

 薄全曹は僅かに横に動き槍を躱すと腰の刀を抜き瞬花の右手に振り下ろす。瞬花も僅かに動いて刀を躱し、槍を地面に突き刺してそれを軸に回転。瞬花のミニスカートがヒラリと舞い、薄全曹の後頭部に蹴りが放たれた。薄全曹が瞬花の蹴りを右腕で防ぎ、左手で脚を掴もうとしたがもうそこに瞬花はおらず、薄全曹が背後へ振り向くと同時に顔に激痛が走った。

 槍が頬を斬り裂いたのだ。

 血が飛び散る中、薄全曹は瞬花から距離を取った。


「弱い」


 薄全曹は瞬花のその呟きに歯軋りした。

 董韓世は刀の柄を握ってはいるが動けなかったようだ。いや、余計な手出しをしないよう敢えて動かなかったのかもしれない。

 薄全曹は脱力した指先を瞬花に向けた。

 瞬花は首を傾げている。


「確かに、武術では貴殿が上だ。だが」


 董韓世はいち早く薄全曹から距離を取るように後ろに下がった。


神雷(しんらい)雷錠(らいじょう)


 薄全曹の指先から僅かに閃光が見えた時には、瞬花の足元から物凄い勢いの電撃が瞬花を取り囲むように三角錐を形成していた。


神技(しんぎ)か」


 瞬花は全く動けず槍を持ったまま周りを囲う電撃の壁を興味深そうに眺めていた。


「さすがの貴殿でも、雷の速度は超えられまい。この神雷から逃れられる可能性のある者は、神技(しんぎ)神速(しんそく)を持つ、多綺響音(たきことね)くらいか」


「学園以外で神技持ちを見たのは始めてだ。これは面白いな」


 瞬花は少し口元だけ笑っているように見えた。


「笑っている場合ではないぞ。電撃の壁は儂の指先一つで範囲も電圧も制御可能だ。このまま電撃の壁に押し潰されて黒焦げになるか?」


 薄全曹は瞬花がどうするか注意深く観察していた。しかし、瞬花はゆっくりと口を開いた。


「いいだろう。神技使いのお前が従うその、青幻という男のもとへ案内しろ。そこでその男を私が直接見極めてやろう。大したことのない男ならば貴様らまとめてその場で殺してやる」


「分かった。それで良かろう」


 薄全曹は瞬花の言葉をあっさりと信じ雷錠を解除した。薄全曹が指を引くと瞬花の周りの電撃はスっと消えた。


「薄全曹殿、信じて良いのですか? 薄全曹殿の雷錠を解かせて我々をこの場で殺す可能性も」


 董韓世が近付いてきて耳打ちした。


「問題ない。奴は儂の雷錠の中でも顔色一つ変えずにいた。恐らく雷錠から簡単に脱出する(すべ)を持っていた筈だ。だが、敢えてこちらに従うという選択肢を選んだ。それに奴の目は嘘を言っていない」


 董韓世は信じられないという顔をしていたが、それ以上は何も言ってこなかった。

 瞬花がおもむろに指笛を吹くと、林の中から青毛の馬が1頭やって来た。

 瞬花はその馬の手網を掴むと薄全曹の方を向いた。


「早く行くぞ」


 瞬花は馬に飛び乗り出発の準備を整え急かしてきた。表情には見えないが、心做しか少し心踊っているようにも見える。


「まあ、待て。まだ儂の仲間が帰って来ていない。仲間が戻り次第出発だ」


 薄全曹が言うと、瞬花は始めて感情を顔に表した。それはどこからどう見ても『嫌悪』の表情だった。


「嫌だ。私は待たない。早く連れて行け。殺されたいのか」


 戦闘以外では言動も思考もまるで子供だ。自分の欲望のみを追求する。だが、それが強さに繋がっているのかもしれない。


「分かった。では、董韓世。お前は孟秦(もうしん)のもとへ行け。そして何処ぞの斥候を始末したら蒼に帰還しろ」


「しかし、お1人で大丈夫ですか? 薄全曹殿」


「案ずるな。私は青幻に会いたいのだ。蒼の都に突っ込んでも良いが、そうすると何万人もの雑魚を倒して行かなければならなそうでとても面倒だ。この薄全曹という男と共にに行けばその手間が省ける」


 瞬花は馬上から董韓世に言った。


「そういう事だ、董韓世。後は任せろ」


「薄全曹殿がそう仰るなら。仰せの通りに」


 董韓世が拱手(こうしゅ)すると、薄全曹は指笛で馬を呼びすぐに飛び乗った。


「儂の馬は速いぞ。就いて来れるか?」


「愚問だ。私の馬は汗血馬(かんけつば)だ。その辺の馬とは馬力が違う。それに、馬の扱いも私の右に出る者はいない。いいから早く行け、薄全曹」


「それは失礼した」


 薄全曹はニコリと瞬花に笑顔を見せてやったが、瞬花はこちらは見ておらず、遥か遠くを見ていた。

 薄全曹は馬腹を蹴った。瞬花もそれに続いた。

 董韓世はまた拱手して頭を下げると、孟秦のもとへと歩いて行った。


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