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序列学園Ⅱ~とある学園と三つの国~  作者: あくがりたる
カンナ奪還の章《退却戦編》
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第79話~友情の握手・親友の為に~

 風呂から上がったカンナは綾星(あやせ)に呼び止められた。何か用があるようだ。綾星から声を掛けてくるのは珍しい。

 カンナは光希(みつき)達を先に部屋に返して、綾星と共に宿の中庭のベンチに腰掛けた。

 中庭には誰もおらず、木々が微風に揺らされている音しか聴こえない。


「どうぞ」


 綾星はカンナに缶ジュースを渡すと隣に腰掛けた。中庭の自動販売機で買ってくれたようだ。


「ありがと」


 カンナは渡された缶ジュースの蓋を開け、飲みながら横目で綾星を見た。綾星は太ももの上で握った自分の分の缶ジュースを眺めたまま何かを考えているようだった。


「話って何? 天津風(あまつかぜ)さん」


 なかなか切り出さない綾星に堪らずカンナから切り出した。


「もちろん、つかささんの事なんですけど」


 綾星は缶ジュースを見詰めたまま口を開いた。

 カンナもジュースを飲むのをやめ綾星の横顔を見た。


「つかささんがお風呂に来なかった理由、全部知ってます。このままだとつかささん、ずっと1人で抱え込むと思うので、澄川さんには話しますね」


 綾星は普段の語尾を伸ばす喋り方はせず、至って普通に喋っていた。


「身体の事なら知ってるよ。昔悪い男達に捕まって人に見せられない身体にされたからって……でも、前私と一緒にお風呂入ってくれた事あったから大丈夫なのかと思ってた……。それが理由なら誘ったのは不味かったなぁ」


「……話したんですね。つかささん。でも、それだけが理由じゃないと思います」


 綾星はカンナの顔を見て言った。今まで見た事のない真剣な眼差しをカンナに向けている。


「つかささん、今凄く悩んでます。心の整理が付けられないみたいです。あの人がそんな状態になるの私初めて見ました」


「悩んでる? 何に?」


 カンナが首を傾げて尋ねると、綾星は眉間に皺を寄せた。


「あなたの事です。分からないんですか?」


「私……!?」


 カンナは目を見開いて驚いた。つかさがカンナの事で悩む事など想像もつかなかったのだ。


「私、つかささんの事大好きだから分かるんです。つかささんは澄川さん、あなたの事が好き。その感情は友情よりも深いもの。愛情へと変わっています。もしかしたら、私がつかささんに抱いている感情と同じ。だとしたら、今つかささんは物凄くツラいです」


「ご、ごめん、よく分からない。私が他の子達と仲良くしてるのが嫌なの?」


 綾星はまた眉間に皺を寄せカンナを見ると一呼吸置いて4本の指を立てた。

 そして、ゆっくりと口を開いた。


「4人。つかささんが悩んでいる理由となっている人がいます」


「4人も!?」


「1人目は水無瀬蒼衣(みなせあおい)です。私も好きじゃないですが、つかささんはあの子のせいで澄川さんが程突(ていとつ)に連れ去られたという想いが拭い切れていません」


「いや……それは」


「2人目は斑鳩爽(いかるがそう)さん」


「え!?」


 カンナは思わず声を出して驚いた。斑鳩がつかさに何かしたとは思えない。


「斑鳩さんは水無瀬蒼衣を庇い過ぎました。あなたを捜す為の班決めの時、斑鳩さんは迷わずパートナーに水無瀬蒼衣を選んだ。それは、つかささんと、つかささんに良く思われていない水無瀬蒼衣が一緒にならないように気を遣ってくれたんだと思うんですが、つかささんは憎たらしい水無瀬蒼衣なんかを庇う斑鳩さんの事を良く思ってないです」


「……そんな」


 カンナは予想外の理由にまず何から話せばいいのか頭の中で整理し始めた。しかし、綾星の残り2人の人物の列挙が続いた。


「3人目は火箸燈(ひばしあかり)さん。火箸さんはつかささんがあなたを特別扱いしているのが気に食わないと、ここへ来る前、少し喧嘩になって……つかささんに序列仕合(じょれつじあい)を持ち掛けました」


「序列仕合!?」


「たぶん、学園に帰ったら火箸さんの方から仕掛けると思います」


「え……えっと」


「4人目は後醍院茉里(ごだいいんまつり)さん。理由は言わなくても分かりますかね?」


 綾星が鋭い眼差しでカンナを見た。


「……私にキスしたから?」


「流石に分かりましたね。そうです。つかささんは澄川さんのお友達としての後醍院茉里は許容していた。でも、唇にキスなんて、もはやお友達の域を超えてますよね? つかささんはどうしたらいいのかと苦しんでいますよ。きっと」


 カンナは綾星から目を逸らして俯いた。


「澄川さんは後醍院さんの事をどう思ってるんですか?」


 綾星はカンナの顔を覗き込みながら尋ねた。


「友達だよ」


「ふーん……まあいいです」


 綾星は納得したのかどうか分からないがそれ以上は聞いてこなかった。

 綾星はそのまま話を続けた。


「今私が言った事は全部澄川さんのせいじゃありません。それにこの4人の事はつかささんが私に打ち明けてくれた事でもありません。私が見ている限りその全てが今のつかささんを苦しめているように思うってだけです。確証はありません」


 綾星の言いたい事がカンナにも理解出来た。カンナは心の整理をつけると綾星の顔を見た。考えをまとめるのにさほど時間は掛からなかった。


「つかさの悩みの種かもしれない事が分かっただけでも良かった。それだけの情報があるなら私はつかさを助けてあげたいと思う。学園に帰ったら一度話してみるよ。天津風さんも、私にそれを期待して話してくれたんだよね?」


 綾星は小さく頷いた。


「あなたのせいじゃない。でも、あなたにしか救えない。私じゃダメなんです。悔しいけど」


 綾星はとても悲しい顔をしていた。今にも泣き出しそうなそんな顔。

 綾星にとって大好きなつかさが苦しんでいる。そんな状況は耐えられないのだろう。それはカンナとて同じ気持ちだ。あの強いつかさが人間関係で悩んでいる。いや、勝手に強いと思い込んでいただけなのかもしれない。つかさだって人間なのだ。悩んだりするのは当たり前だ。しかし、その悩みをつかさはずっと傍にいる綾星にさえ相談しない。ましてやカンナには相談出来ない話だ。放っておけばつかさはずっと苦しみ続けるかもしれない。

 本当は綾星は自分の力で何とかしたかったに違いない。でもそれが無理だと、つかさの事を知り過ぎるあまり悟ってしまったのだ。そして、今こうしてカンナに頼み込んで来た。

 カンナは綾星の肩に手を置いた。


「教えてくれてありがとう! 一気には難しいけど、1つずつ必ず解決してみせるよ! つかさの為に」


 綾星はカンナの顔を見ると顔を赤く染めた。


「あ……ありがとうございます。私に出来る事なら何でも協力しますので遠慮せず言ってください」


「それじゃあ、改めて」


 カンナは右手を綾星に差し出した。


「え?」


 綾星は不思議そうな表情で首を傾げた。


「友情の握手!」


 カンナが綾星に微笑むと、綾星は少し躊躇ったが何かを覚悟したようにカンナの手を握ってくれた。


「つかささんの次。あくまでも澄川さんは2番目ですからねー。2番目の……お友達」


 綾星は照れながら言った。


「2番目でもいいよ。天津風さんに認められたなら」


「……なるほどですー」


 綾星はそっぽを向き、何か納得したように頷いた。


「え? 何が?」


 カンナが綾星の顔を覗き込むと綾星はニヤリと笑った。


「何でもないですよー! 教えませーん!」


「えー! 何なの? 気になるじゃん!」


 それからしばらくの間、カンナと綾星は中庭のベンチでじゃれ合った。

 しかし、カンナの心は不安でいっぱいだった。

 つかさの悩みを解決していくにつれて、皆がバラバラになりはしないか。築き上げた平穏が壊れはしまいか。

 そんな不安がカンナの心を揺さぶっていた。




 ****




 蒼国(そうこく)の都、焔安(えんあん)の宮殿に出頭して来たのは澄川カンナ捕縛の為に送り込んだ筈の(さん)だった。

 黒いローブや仮面は血塗れで手に持っている槍も真っ赤に染まっていた。澄川カンナの姿は見えない。

 参の隣には共に派遣した周承(しゅうじょう)の部下の男、趙景栄(ちょうけいえい)がいた。この男もまた身に付けている白衣を真っ赤に染めている。そして、必死に地面に頭を擦り付けていた。


「申し訳ございません陛下! この女の実戦データはおろか、陛下にお借りした精鋭の兵達もこの女に殺され失ってしまいました。残ったのは僅か3名……。嗚呼陛下、どうかお許しを……」


 青幻(せいげん)は嗚咽を漏らしながら謝罪の言葉を述べる趙景栄をもう見ていなかった。

 それよりも、堂々と青幻の前に槍を携え立ったままの参を玉座に座ったまま凝視していた。

 仮面で感情は分からないが兵を殺した事に対しての謝罪の言葉はなかった。


「参。私の命令を覚えていますか?」


 青幻は落ち着いた声で尋ねた。


「精鋭100騎を率い、澄川カンナを捕縛せよ。命令に背く者は斬り捨てて良い。以上です」


 参は淡々と答えた。


「その通りです。しかし、あなたは兵を斬り捨てただけで澄川カンナを捕縛しておりませんが何か理由がありますか?」


「あります。理由もなしに兵を斬り捨てノコノコと帰還出来る筈ありません。陛下は私に伝えていない事がありますね? それを確認する為に私は一度戻って参りました。兵は私の帰還を邪魔したので斬り捨てました」


「伝えていない事。それはたくさんありますよ。まだあなたは実験段階なのですからね。あなたの忠誠心も他の幹部達と比べると低い。その確認したい事というのは後で2人で話しましょう。公孫麗(こうそんれい)


 青幻は部屋の端の方に待たせていた公孫麗を呼んだ。

 すぐに公孫麗は青幻の前に跪き拱手(こうしゅ)した。


「報告致します。小龍山脈内で程突の部下5名の内4名の遺体を発見致しました。程突本人と部下の蛇紅(じゃこう)という女の遺体は見つかっておりません。そして、澄川カンナら学園の者達の死者はなく、龍武(りょうぶ)へ帰還した模様です。尚、中位幹部の馬香蘭(ばこうらん)の行方も未だに不明です」


 青幻は報告を聞き右手で顔を覆った。


「分かりました。今回の澄川カンナ捕縛は失敗ですね。程突も死んだものとしてもうこれ以上捜索はしなくて良いです。捜すのは馬香蘭……ですが、こちらは学園の間者に聞いてみましょう。今回の件に関して何か知っている筈ですから」


「間者……」


 青幻が言うと何故か参が呟いた。青幻は参をチラリと見たがまた公孫麗にもう1つ質問をした。


神髪瞬花(かみがみしゅんか)の方はどうなっています?」


薄全曹(はくぜんそう)董韓世(とうかんせい)孟秦(もうしん)の3名は現在、鼎国(ていこく)領内で神髪瞬花を発見、捕捉したとの情報が入っております。しかし、学園の八門衆(はちもんしゅう)が神髪瞬花を監視しているらしく、迂闊には近付けないとの事で現在は様子見の状態だとか」


「先に八門衆を片付けますか。公孫麗、薄全曹達には神髪瞬花を監視しつつ、八門衆の抹殺を命じます」


「御意」


 公孫麗はまた拱手すると部屋から出て行った。公孫麗には参の詳細は話してある。最近は馬香蘭の代わりに何かとよく使う女になっていた。忠誠心も高いので話しても問題ないと判断した。

 青幻が参の方に目をやるとまだ足下に跪いている趙景栄がいた。


「趙景栄、顔を上げなさい。周承に部下が足りないから趙景栄は何があっても殺すなと言われています。安心しなさい」


「陛下……! ありがとうございます」


 趙景栄は泣きながら顔を上げた。


「だからと言って失敗に罰を与えないわけにはいきません。棒叩き50回」


「そんな……!? 陛下!?」


 青幻は表情を変える事なく淡々と罰を言い渡すと兵が2名やって来て許しを乞い続ける趙景栄を連れて行った。


「私も棒で叩きますか? 私は任務は失敗した事になりますからね。澄川カンナを捕えず兵を殺しただけ」


 参も淡々と言った。槍を握る手に力が入ったのが分かった。罰を与えるならその前にこちらを殺すとでも言うのだろうか。


「私の精鋭部隊100騎を無傷で壊滅状態にしたのです。間違いなく上位幹部程の力はあります。しかし、少し行動に問題あり」


 青幻が顎を触りながら言うと参は不服そうにそっぽを向いた。

 どうやらまだ中身は子供なところがあるのかもしれない。

 青幻は立ち上がると玉座を降り参のもとへ近付き頭を撫でてやった。


「まずは身体を洗って来なさい。それから君の確認したい事というのを聞かせてください」


 参は青幻の言葉と対応に驚いたのか一瞬固まっていたが、青幻がまた頭を撫でると参はコクりと頷き何も言わずに1人で部屋から出て行った。

 その後ろ姿を青幻は黙って眺めていた。

 いや、1人ではない。姿は見えなかいがこの部屋に丁徳神(ていとくしん)越楽神(えつらくしん)の2人もいたようだ。その気配は参が部屋から出て行くと同時に消えた。


「妹が出来たことが嬉しかったのですかね。わざわざ見に来るとは」


 青幻の呟きの意味を、部屋の隅でずっと控えていた召使い達は理解出来ず首を捻っていた。



 ****



 翌日、カンナ達は学園に向けて出発した。

 リリアと(あかり)そして、詩歩(しほ)の3人は祇堂(ぎどう)まで共に帰路についていたが、良い刀鍛冶が祇堂にいるから立ち寄りたいという事で3人だけを途中の祇堂に残し他のメンバーは再び学園への帰路についた。


 学園に到着したのは、蘭顕府(らんけんふ)を出発してから3日後の昼だった。

 久しぶりの学園の雰囲気は好きだ。小龍山脈とは違う山の緑がカンナに安心感を与えてくれる。学園の生徒達や重黒木(じゅうくろき)、師範達、そして、医師の御影(みかげ)までもが出迎えてくれた。

 ようやく自分の居場所に帰って来れた。

 皆の顔を見ると自然と笑顔になった。


 ただ、1つだけ、解決しなければならない事が残っている。

 つかさの事だ。

 学園までの道中、カンナは極力つかさと一緒にいた。悩んでいる筈のつかさはそんな素振りは一切見せなかった。この間の蘭顕府の宿でつかさを風呂に誘った時の暗い表情が嘘のようだった。カンナにはいつも通りの笑顔を見せてくれたのだ。だがその笑顔はどこか無理をしているようにも見えた。

 そして、カンナがつかさと一緒にいると蒼衣(あおい)が距離を取っていた事に気付いた。

 斑鳩や茉里(まつり)がつかさと話す場面もない。

 そんな状況を自分の目で見てカンナは思った。


 ────つかさにはいつも心から笑っていて欲しい────


 時間は掛かるかもしれないが、1つずつ、解決していこう。それが親友であるカンナのつかさへの愛情なのだ。




 カンナ奪還の章〜完~



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