第77話~カンナvs程突《そんな終わり方……》~
前に立つつかさを下がらせてカンナは1歩踏み出した。
その行動につかさは勿論、その場の全員が目を丸くして驚いていた事だろう。しかし、カンナは覚悟を決めていた。程突を倒すのは自分だ。決して殺さず、生かしたまま龍武へ連れ帰り裁きを受けさせる。程突も悲しい過去を背負った男。心の底から悪ではないのだ。まだ救いようがある。
程突は目の前に立ちはだかるカンナを見て構えを取らず荒い呼吸をしながら包帯の隙間から覗く目でこちらを見ていた。茉里に射抜かれた左頬からの出血で左半分の包帯は真っ赤である。
「程突さん。もう不意打ちはなしです。1対1で正々堂々やりましょう」
カンナは身体中の氣を研ぎ澄ませた。いつでも戦闘用に変換できる。
「暗殺者であるこの俺に正々堂々などと言うか。それに俺はお前と戦う為にここに来たわけじゃない。それを、理解しているのか?」
「勿論です」
「では何故わざわざ俺に勝負を挑む。俺がまともに取り合うとでも思っているのか? 俺の目的はお前を蒼へ連れて行く事。その為ならどんな手段でも」
「もうあなたには、ここで私と戦うか、諦めて逃げるか、その2つしか選択肢はありません。でも、あなたは逃げないでしょうから、やはり戦うしかないですよね? 正々堂々戦わないのなら、ここにいる皆があなたを殺しますよ」
「生意気な……」
カンナの言葉に程突は言葉を躊躇った。それは一瞬静寂を誘った。その静寂は程突が本当にこれ以上後がない事を物語っていた。
「だから、せめて5日間一緒に過ごした私があなたを倒してあげます。その方が、ほかの人に倒されるよりいいんじゃないでしょうか?」
カンナの挑発に程突は鼻で笑った。
「……なんて傲慢な女だ。まあいい。そういう強気なところも嫌いじゃない。ならば来い。相手をしてやろう。毒針は使わん。俺も男だ。お前の得意な体術で決着を着けようじゃないか」
程突は右腕の仕込み刀を外し地面に放り投げた。そして、まだ出していなかった左腕の仕込み刀も外して地面に捨てた。さらには両腕に巻いていた布も外して地面に落とした。どうやらその布に毒針が仕込んであったらしい。カンナを学園から連れ去った時も腕の仕込み針を使って眠らせたのだろう。
程突は体術の構えを取った。
カンナも構えた。そして手脚に氣を集めた。
「カンナ、油断しないでね。まだどこかに武器を隠し持ってるかもしれない」
「うん! ありがと、つかさ」
程突は上着まで脱ぎ捨て上裸になった。
「これで文句はないか? 小娘」
程突はつかさを見て言うと、つかさはコクリと頷いた。
茉里や光希達も心配そうにこちらを見ていた。
「なら私も、氣での内部破壊の技は使いません」
「え!?」
カンナの突然の宣言に全員が驚いてい声を上げた。
「カンナ!? そんな事言って大丈夫!?」
「大丈夫だよ! 私、体術では絶対に負けないから」
カンナはそう言うと姿勢を低くして右足を引いた。
「面白い! 行くぞ!」
程突から仕掛けて来た。
程突の拳が空を切る音が鮮明に聴こえる。カンナの腕と交差して弾く。間髪入れずに襲い来る程突の拳を掌で受け、もう片方の手で鳩尾への掌打を打つ。だが鳩尾への掌打は読まれており簡単に手で防がれ程突は身体を回転させカンナの頭目掛け蹴りを放つ。……が、それを躱し、カンナも同じく程突の高い頭へ蹴りを放った。しかし、カンナのその攻撃も躱され、お互い有効打のないまま一度距離を取った。
「私と張り合うなんてやるじゃないですか!」
「おいおい、一体どこまで自信満々なんだよ。この女は」
程突は呆れたように言った。
カンナはニッコリと微笑んだ。
「行きます!」
今度はカンナが先に仕掛けた。
カンナの両手のキレのある手刀を程突は何とか捌こうとするが、捌き終わる前にはカンナの蹴りが真っ直ぐ程突の腹に突き刺さっていた。
「うおっ……!?」
程突の巨体はカンナの細い脚から繰り出された一発の蹴りだけで後方に吹き飛び背中を付いて倒れたが、瞬時に飛び上がり起き上がった。だが、既にカンナは程突へ追い打ちを掛けんと目の前まで接近していた。
「ふん!」
程突の起き上がりざまの蹴りをくるりと回転して躱し、程突の伸ばした膝裏へ手刀、そして、後頭部へ手刀。前のめりになった程突の懐に回り込み、下から顎へ打ち上げる掌打を一発。さらに喉へ肘を入れ、トドメに右頬に回し蹴りを見舞った。
「篝氣功掌・激掌迅脚」
流石の程突も頭から地面に倒れた。立ち上がろうとしていたが、腕も膝も思うように力が入らなくなって身体を支えられず、何度もバランスを崩しなかなか起き上がれないでいた。
この技は通常なら外部と内部を同時に攻撃する技だが、今回は内部攻撃分の氣を全て外部攻撃に回し威力の底上げをした。故に通常攻撃では倒せない程突を吹き飛ばせたのだ。
「かっけー……カンナちゃん、あの頑丈な程突を倒しちまったぞ。でも、やっぱり、体術にスカートはエロいぜ……いでっ!?」
蔦浜の呟きが聴こえたが、隣のキナに殴られて大人しくなったようだ。
「さあ、私の勝ちみたいですよ。降参してください」
カンナは立ち上がれず血を吐いてうつ伏せで倒れた程突に言った。
「降参……だと? 笑わせるな。俺には龍武を潰すという使命がある。その為に、お前が必要なんだ。澄川カンナ……俺は、お前ら学園如きに負けるわけには……」
程突は血を吐きながらも必死に立ち上がろうとしていた。
「程突さん、もうやめてください。あなたの理想の実現には、龍武を潰す以外にもやり方はある筈ですよ。それが何なのか、私には分かりませんが、誰も犠牲にならないやり方を」
「そんな甘い考えではもう遅いのだ!! 機織園とその一族、そして、龍武の上層部をこの世界から消さなければ、大勢の人間が苦しんだままになる……! いいか! 蒼が悪だと思うのは今だけだ、だが、龍武を放っておけば、永遠に悪政は続く! 誰かが犠牲にならなければ、あの腐った国家を排除する事は出来ない!!」
程突の必死の訴えを皆息を飲んで聴いていた。
「程突さん……」
だがその時だった。
程突は地面の砂を掴んでカンナに投げ付けた。
「きゃっ!?」
カンナが腕で砂を防いだ隙に、程突はカンナに飛び掛り、腕を掴んで脚を掛け、地面に押し倒した。馬乗りになろうとする程突の顎を両足で蹴り上げる。その反動を利用してカンナは後転して立ち上がる。だが既に目の前には蹴り飛ばした筈の程突の拳があった。
────避けられない。
ついにカンナは程突の裏拳を右頬に食らい地面にうつ伏せに倒れた。
衝撃でリボンが解け、髪がふわっと広がった。
土の味。鉄の味。口からは一筋の赤い血が流れていた。
カンナを呼ぶ声が周りから聴こえる。
「まだ勝負は着いていないぞ。起きろよ」
程突が近付いて来る。
カンナは両手を突き、立ち上がった。
その時だった。
一瞬、猛烈な突風が吹き、カンナの青いリボンは吹き飛ばされ崖の方へ舞った。
同時に目の前の程突が動いた。斑鳩やつかさ、蔦浜、キナの間を抜け、投げ捨てたボロボロの刀を拾い、崖の方へと走って行った。
その間、斑鳩が闘玉を数発放ち、茉里と蒼衣が矢を射た。闘玉も矢も全て程突の背中に命中し、血が吹き出た。
しかし、程突は止まらずに崖に向かって走り続けた。
今度は燈と詩歩に刀で横から斬られた。血は辺りに飛び散る程吹き出しているが止まらない。
ついに程突は崖から飛び降りた。
カンナは急いで崖まで走り、下を見た。
「逃げたか!?」
斑鳩も他の皆も集まり崖下を覗いた。
すると、顔の包帯も身体も血で真っ赤に染まった程突は刀を崖の壁面に突き刺し片手で何とか身体を支えていた。
「程突さん! 何でこんな事!?」
カンナが問うと、程突は刀を持つ手とは逆の手をカンナに差し出した。
「親の形見ってのは、娘を護る力を持ってるんだな」
程突の手にはカンナの青いリボンが掴まれていた。
カンナは咄嗟に崖から身を乗り出し、差し出されたリボンごと程突の手を握った。
「死んじゃダメ! あなたはやっぱり、死んじゃダメです!」
「ふん、俺は死なん。なんせ、不死身……だからな」
程突は最期にそう言うと、カンナの手を握り返すことなく、支えていた刀からも手を離し、崖の下の天霊川へ真っ逆さまに落ちていった。高さ30メートルの崖下。常人なら助からない。天霊川の急流は程突の身体を再び見せることなく、何事もなかったかのように水飛沫を上げて流れ続けていた。程突のボロボロの刀だけが壁面に虚しく突き刺さったままだった。
「そんな死に方……そんなのってないよ……」
カンナはリボンを握り締め、俯きながら涙を浮かべた。
元々カンナは程突を殺すつもりはなかった。それは程突と語り合った時、程突の根底にある感情は自分と同じものだったからだ。周りの環境の違いで所属する組織も異なる。すると必然的に成すべき事にもその方法にも考え方までも違いは生まれる。
程突とはきっと分かり合えた筈だ。
その証拠に、崖の先へ飛んで行ってしまったカンナの大切な母の形見のリボンを命懸けで受け止めてくれた。程突がああしてくれなかったらリボンは天霊川に落ちて二度とカンナの手には戻らなかっただろう。だが、その為に程突は命を落とした。予想も出来ない不慮の事故。
カンナはやり切れない想いと共にしばらく意気阻喪としていた。
隣にいた斑鳩が腰を下ろすと、何も言わずに肩を抱き寄せ、カンナの頭を優しく撫でてくれた。
つかさも茉里も光希もカンナと斑鳩の様子を傍で静かに見守っていた。
「程突さんは……死んだのか」
手脚を縄で縛られ横たわっていた蛇紅が呟いた。
「死んだ……死体は見ていないが、あの重症であそこから落ちたら助からない」
程突の最期を見届け崖から戻って来た海崎が蛇紅の問いに答えた。
「終わったのね。何もかも」
「終わってない。お前には澄川拉致監禁の共犯の罪がある。龍武へ連行し罰を受けてもらう」
海崎が言うと蛇紅は溜息をついた。もう完全に気力を失ったようでピクリとも動かない。
「好きにしなさい」
それだけ言うと蛇紅はそれ以降一言も喋らなかった。
カンナはしばらく崖の下の天霊川の急流を見ていたが、つかさと茉里、そして、光希に抱き起こされた。皆各々帰還の準備をしていた。
「カンナ、帰ろう」
つかさが言ったのでカンナは頷いた。ずっと寄り添ってくれていた斑鳩も立ち上がった。
その時、森の奥から馬蹄が近付いて来るのを感じた。
カンナ達の目の前に2頭の馬が現れた。
「なんとか、間に合いましたね」
突然現れたのは敵の囮になった筈の柚木だった。
「柚木師範!? 無事だったんですね!?」
真っ先に声を上げたのは罪悪感に苛まれていた光希だった。続いて他の生徒達も柚木の生還を喜んだ。
「ご心配をお掛けしました。敵は上手く巻いてきました。もう追っては来ないでしょうけど、早く龍武へ帰りましょう。嗚呼、澄川さん! ようやくあなたの姿が見られ……あの、何かありました?」
柚木は意外に元気そうだったが、少し重い空気を感じ取りその原因の回答を求めた。特にカンナが一際元気がないのが気になったようだ。
「先程、程突が死にました」
斑鳩が代表して今起こった事の全てを簡潔に柚木に説明した。
柚木は納得して頷くと馬から降り、カンナの下へ行くとそっと抱き締めた。
「澄川さん。まずは無事にあなたと再開出来て本当に良かったです。程突の事は辛いでしょうが、今は一刻も早く皆と無事に学園へ帰りましょう」
柚木は優しくカンナの背中をポンポンと叩いて慰めてくれた。
「はい。柚木師範。ありがとうございます」
カンナは鼻を啜りながら礼を述べた。
「なあ柚木師範! ところでこの馬、何で2頭いるんだ?」
燈は柚木が乗ってきた馬とは別にもう1頭連れて来た馬を見ながら言った。
「ああ、さっきここに来る途中で見つけましたので連れて来ました。ホントすぐそこです。澄川さんの服が鞄に入っていたのが見えたので生徒達のものかと……」
カンナはまさかと思い、急いでその馬に近付き顔を見た。
「この馬、程突さんが乗ってた馬だ」
カンナの言葉に皆驚いた。
馬の背に括り付けられている鞄の中に、水浴びの時に脱いだ服と靴が綺麗に整えられて入っているのを確認しカンナは唇を噛み締めた。
「どうしてわざわざ私の服を……」
「お前を連れ去って逃げる時に裸のままじゃ色々不都合だと思ったのか。或いは初めから、もう澄川を蒼へは連れていけないと思い、龍武へ戻る際の着替えを返しに来たのか。さっきの程突の行動からすると、後者も十分考えられる」
斑鳩が唸るように呟いた。
「澄川、心の整理がまだつかないだろうが、すぐに出発するぞ。程突の一味を全員倒したと言っても、柚木師範を襲って来た連中がまた現れないとも限らない」
「はい」
海崎の冷静な指示にカンナは素直に頷いた。
そして、カンナ達は全員揃って龍武へ向け出発した。




