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序列学園Ⅱ~とある学園と三つの国~  作者: あくがりたる
カンナ奪還の章《退却戦編》
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第76話~程突vsつかさ・蔦浜・キナ~

 光希(みつき)から柚木(ゆずき)が100騎程の騎兵の囮になったという話を聞いた。

 光希は柚木1人を残して逃げて来てしまった罪悪感からか終始顔を上げず俯いていた。

 話を聞いた一同はざわついている。

 海崎(かいざき)斑鳩(いかるが)は黙って何か考えているようだったが、2人が同時にカンナの方を見た。


「柚木師範を助けに戻ろうと考えているのだろ、澄川(すみかわ)


 海崎が言った。


「もちろん。私達の為に柚木師範は1人囮になって敵を引き付けてくれたんですよね? みんな揃ったんだし、全員で助けに行けば100騎くらい……」


 光希の隣に片膝立ちだったカンナは立ち上がり、救出の意志を告げた。

 だが、海崎も斑鳩も首を振った。


「今の状況を良く考えてみろ。俺達全員で柚木師範をこの山の中から捜し出し、近くにいるかもしれない100騎の騎兵隊と戦い救出する。悪いがそんな体力はもう皆にない」


 今度は斑鳩が言った。

 カンナが周りを見ると皆口には出さないが顔には疲労の色が出ていた。


「澄川、気持ちは分かるが、ここはこのまま龍武(りょうぶ)へ帰還し、柚木師範の捜索は帝都軍に任せるのが良策だ。生憎この山中では無線が久壽居(くすい)達帝都軍に届かない。直接報せに行くしかない」


 海崎の言葉にカンナは拳を握りしめた。


「……でも、その間に柚木師範が敵にやられちゃったら」


「奴は学園の体術師範だ。そう簡単には死なん。(たかむら)、柚木師範は必ず合流すると言ったのだろ?」


「はい」


 海崎の質問に光希は短く答えた。


「ならば奴を信じて我々は早急に龍武へ帰還する」


 海崎はそう言うと全員に出立の準備の指示を出した。

 カンナがもう何を言っても皆で柚木を助けに行くという選択肢はなくなった。カンナは唇を噛み締め俯いた。すると不意に左手を誰かに握られた。

 振り向くと、先程まで座り込んでヘトヘトだった光希がすぐ隣に立っていた。


「カンナ、柚木師範もカンナが生きて学園へ帰る事を、皆と無事に帰る事を望んでた。だから私を逃がしてくれたの。皆がまた山の中を捜す事を柚木師範は望まない。柚木師範の覚悟を無駄にしちゃ駄目だよ」


「光希……」


 カンナは光希の言葉にようやく気持ちの整理がついた。


「そうだね、私達が全員無事に龍武に戻って、帝都軍に柚木師範の捜索をお願いする。それが今やるべき事だよね!」


 カンナが言うと光希はニコリと微笑み頷いた。


「ほら、蛇紅。行くぞ」


 蔦浜(つたはま)蛇紅(じゃこう)を再び馬に乗せる為に、縄で縛られている手首を掴み立たせた。


「餓鬼の癖に呼び捨てかよ。まあいいわ。どうせまた面白いものが見れそうだし」


 蛇紅は意味深にニヤリとカンナを見て笑った。

 カンナが眉間に皺を寄せ首を傾げると、いきなり蛇紅は目の前の蔦浜に蹴りを浴びせ、同時に近くにいたキナにも蹴りを放ち吹き飛ばした。


「蛇紅さん! この期に及んで抵抗するんですか?」


 カンナが言った時には全員武器を構えていた。

 14対1。明らかに不利な状況だが、何故今動いたのか。きっとこの場の誰にも蛇紅の行動の真意は分からなかっただろう。

 丁度その時だった。

 真っ先に茉里(まつり)の構えていた矢の照準が蛇紅から別の何かを追うのが見えた。

 その照準は何故かカンナに向いていた。


「え?」


 何故茉里がこちらに矢を向けたのか理解するまでには5秒と掛からなかった。

 カンナはほんの少し風を感じただけでいつの間にか手首にはあの忌まわしき鉄の手枷が付けられており、そして首元には刀が突き付けられていた。


程突(ていとつ)……さん?」


 カンナの背後には5日間行動を共にした男、程突の気配。今まで氣は感じなかった。しかし、程突はいとも簡単にカンナをまた拘束してしまった。

 その場の全員が蛇紅から程突に標的を切り替え構えた。


「不覚、その女が動いたのは程突から注意を逸らす為か」


 海崎が悔しそうに呟いた。


「良くやった、蛇紅。後で助けてやるからもう少し待ってろ」


 程突はカンナの頭の上で言った。どうやら、皆が蛇紅に気を取られている隙に程突は何らかの方法で氣を消し、カンナの背後を取ったのだろう。


「あなたの氣は感じませんでした。人間が自力で氣を消すなんて簡単には出来ない筈……」


 カンナが問うと、程突は答えた。


「この手枷は氣を封じると言ったろ? これを付けた者の氣は感知も出来なくなる。お前を捜している間、片手にこいつを嵌めてたんだよ。邪魔だったがな」


 痛恨の極み。程突の説明を聞いてカンナは自分の浅慮を呪った。考えても見れば氣を封じられる以上、封じられた氣の感知も出来ない可能性はあったのだ。


「澄川、あの青い髪の女。ちゃんと生きてたろ? 分かったか? 俺は約束は守る男だ。……ああ、四百苅奈南(しおかりななみ)後醍院茉里(ごだいいんまつり)、ようやく見つけたぞ」


 程突はその場にいた生徒達全員を見回し、奈南と茉里の顔を見ると声に怒りが篭ったのが分かった。奈南に付けられた傷が痛むのか、左手で包帯の上から顔を抑え付けている。


「程突、澄川さんを放しなさい。この状況ではあなたが不利ですわよ。今度は急所を射抜きます」


 茉里の矢がカンナの背後の程突を狙っていた。その近くでは蒼衣も弓を引き程突を狙っている。リリアもつかさも綾星も、その場の全員が程突と蛇紅の動きを注視し構えた。


「少しでも動けば澄川カンナを殺し、俺も死ぬ。俺はこの女を青幻(せいげん)様の下へ連れて行かなければ死罪は免れない。どっち道死ぬ。だが、安心しろ。この女を(そう)に連れて行っても悪いようにはしない。今よりもいい生活が出来るように俺が取り繕ってやるさ。それに、大人しくこの女を差し出せば四百苅奈南や後醍院茉里、さらには俺の仲間を殺した奴ら全員への報復はしない」


 程突の話を聞いた一同だったが、誰1人として武器を下ろす者はいなかった。


「ほう……そうか、残念だな、澄川カンナ。お前は俺と共に死ぬ事になりそうだぞ」


「程突、お前は我々学園の生徒達を見くびっているようだな」


 突然、海崎が口を開いた。


「何?」


「人質を取ったつもりだろうが、果たしてそんな事で優位に立てるかな」


 海崎は腕を組むと余裕の笑みを浮かべた。


「そうですわね。もうわたくしに矢を向けられている時点であなたは澄川さんを放して防御に徹するべきでした」


 茉里は弦を引いたまま涼しい顔で言った。


「死ぬのはあなただけですわ」


 茉里のその言葉と同時に程突は地面に伏せるようにカンナごと横に押し倒した。だが、避けたつもりの程突の左頬を茉里の放った矢が貫き、血を撒き散らしながら背後の木に突き立った。


「ぐあぁ!!」


 程突は叫び声を上げ、流石にカンナを手放し地面を転がりながら茉里達から距離を取った。


「程突さん!!」


 蛇紅が程突の下へ駆け寄ろうと1歩足を踏み出した時、今度は蒼衣(あおい)が3本の矢を同時に放ち、蛇紅の行く手を遮った。


「チッ!」


 蛇紅が舌打ちをし、矢を射た蒼衣を睨んだが、蒼衣には構わずそのまま程突の下へ向かおうと動いた。だが、蛇紅は見えない何かに引っ掛かり一度後ろに下がった。蛇紅の身体からは何故か血が出ており、蛇紅の目の前にはいつの間にか張り巡らされた3本の血の付いた糸が見えた。


「ピアノ線? くだらない仕込みをあの女!!」


「今のは五百旗頭流弓術いおきべりゅうきゅうじゅつ饗解線(きょうかいせん)(いち)(まき)


 蒼衣の言葉を無視して蛇紅がピアノ線の外側を回り込もうと動いた時、更に矢が3本蛇紅の身体のすれすれを通り過ぎた。


「五百旗頭流弓術・饗解線・()の巻」


「クソっ!」


 蒼衣が矢を放つ度ピアノ線が蛇紅の周りを支配し、行く手はおろか、身体の自由さえも拘束していく。


「五百旗頭流弓術・饗解線・(さん)の巻・(よん)の巻・()の巻」


 蒼衣が矢を15本も射た時には蛇紅はまるで糸で縛られたハムのように身体中にピアノ線が食い込み血を流しながらまったく身動きが取れなくなってしまっていた。


「とどめ、さします?」


 蒼衣はカンナに笑顔で聞いた。


「殺しちゃダメ! 拘束しておいて」


「了解です!」


 蒼衣の芸術的な弓術にその場の全員が魅入っていた。そして蛇紅が動けなくなったのを見ると、カンナの傍につかさ、蔦浜、キナの3人が駆け付けた。

 綾星(あやせ)と奈南は蒼衣が捕まえた蛇紅を取り囲むように移動し蒼衣の指示の(もと)蛇紅を糸から下ろし、動けないように今度は脚まで縄で縛った。


「大丈夫? カンナ」


「うん、大丈夫。ありがとう、つかさ」


「カンナちゃん、これ、鍵は?」


 つかさはカンナの傍に腰を下ろし、ハンカチを取り出し何故かカンナの唇をさりげなく拭いてから顔の汗を拭ってくれた。それと同時に蔦浜が手枷を無理やり外そうと引っ張っていた。


「鍵は程突の上着の左側の内ポケットにある筈」


「よし! (かかえ)! 2人で程突から手枷の鍵を奪うぞ! つかささん、援護お願い出来ますか?」


 蔦浜はやる気満々に拳を鳴らしながらキナとつかさに指示を出した。


「おっけー」


「蔦浜お前私はともかく、斉宮(いつき)さんに指示出すとか偉くなったなぁおい」


「う、うるせーな、今はそれが最善だろ! 行くぞ!」


 蔦浜の号令と共につかさとキナが手負いの程突に走って行った。

 それを見届けながらカンナはゆっくりと立ち上がった。

 すぐにカンナの周りには燈と詩歩が駆け寄って来た。


「こんな手枷、切っちゃえばいいじゃない。(あかり)


 近くに来た詩歩(しほ)がカンナの手枷を覗き込むと手枷を指差して燈に無言で切れと合図をした。


「悪い、今戒紅灼(かいこうしゃく)はぶっ壊れてんだよ……」


「え……!? 嘘!? 私があげた剣を壊したの!? ってか、あれって壊れるの?? 名刀なんでしょ??」


 詩歩は色々と驚きながらも、珍しく申し訳なさそうに頭を下げている燈に普段より強めに説教を始めた。


「あ、あのね、この手枷、爆弾になってるから衝撃を与えたり無理やり外さない方がいいらしいの」


 『爆弾』という言葉に、燈に説教中の詩歩はすぐにカンナから離れてしゃがみ込み頭を抱えた。


「爆弾!? マジかよ!? そんな危ねーもんカンナに付けてんのかよあの包帯野郎! ぶっ殺して鍵奪って来てやる!」


 燈は腰の火走(ひばしり)を握った。


「おい! ビビリの詩歩! 蔦浜達加勢に行くぞ!」


 燈が伏せている詩歩を呼んだが斑鳩が燈の前に立ち、手で行く手を阻んだ。


「待て。火箸。その必要はない。あの3人で十分だろ」


 カンナも燈も程突の方を見た。

 そこには程突を押しているつかさ、蔦浜、キナの姿があった。





 つかさの豪天棒(ごうてんぼう)は程突の刀を何度も打った。その度に程突の刀は刃毀(はこぼ)れし、既に刀としての斬れ味は失われているように見えた。

 程突はつかさの攻撃に防戦一方だった。頬を貫いた茉里の矢が効いているのだろう。

 つかさが程突を豪天棒で押し返すと、すかさず蔦浜とキナが程突の懐に飛び込み、蔦浜が腹に拳を打ち込む。キナが顎に蹴りを入れる。しかし、程突の屈強な身体は蔦浜の拳もキナの蹴りも受け切って刀身がボロボロの刀を蔦浜に向かって投げた。蔦浜はギリギリでそれを躱したが、程突は既に右手の袖から覗かせている仕込み刀を振りかざした。つかさが動こうとしたが、それより先にキナが背後から右手を抑え、跳躍すると程突の顔面を左肘で打った。

 だが、それでも倒れない程突は右手の仕込み刀を真っ直ぐキナを狙って伸ばす。


「キナ!!」


 蔦浜の雄叫びと共に蔦浜は跳躍し程突の顔面に飛び蹴りを見舞った。

 その勢いに流石の程突も後ろによろめき、その隙を見逃さなかったキナが程突の懐から手枷の鍵を盗み蔦浜の胸に飛び込んだ。

 飛び蹴り後に着地した時にキナを抱き留めたので蔦浜はその場でキナと抱き合うように倒れた。


「取った! 鍵!」


 キナは嬉しそうに鍵を蔦浜に見せた。


「良くやったな、キ……抱」


「言い直さなくていいよ、ったく。火箸(ひばし)さーん! これで澄川さんの手枷を!」


 キナは奪った鍵をカンナの近くの燈に投げ渡すと急いで燈はカンナの手枷を外した。

 つかさはカンナが自由になったのを見てホッと息をついたが、目の前にはまだ倒れていない程突が顔から夥しい量の血を流しながら立っていた。


「コイツ……素手じゃ重黒木(じゅうくろき)総帥の『大山鳴動拳(たいざんめいどうけん)』でも使わなきゃぶっ倒せねーんじゃねーか?」


 蔦浜が言うとつかさが豪天棒をブンと振って前へ出た。


「ならこの豪天棒で頭カチ割ってやるわよ」


 だが、そのつかさの肩に後ろから手を置いた者がいた。


「つかさ、程突は私が倒す」


 つかさが振り向くと、そこには素人でも感じる物凄い氣を身体から発しているカンナが程突を睨み立っていた。

 つかさはカンナの気迫に思わず息を飲んだ。


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