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序列学園Ⅱ~とある学園と三つの国~  作者: あくがりたる
カンナ奪還の章《退却戦編》
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第74話~合流する者、囮となる者~

 夜も更けた頃、気を失っていた綾星(あやせ)が目を覚ました。まだ小龍山脈の中だが、少し拓けた小高い丘の上に、何かの建物の廃墟のような場所があり、斉宮(いつき)班と海崎(かいざき)班はそこを休息の場所としていた。

 建物と言っても壁や屋根はないと言っても良いくらいに荒廃しており、本当に気持ち程度の建物だ。屋根がないおかげで、火を焚かなくても月や星々の瞬きだけでお互いの顔は認識出来た。

 海崎は周辺の警戒に行っておりこの場にはつかさ、綾星、そして詩歩(しほ)だけだった。

 つかさは綾星が目を覚ますまでの間、膝枕にしてずっと起きていた。

 詩歩は賀樂神樂(ががくかぐら)から飲まされた薬のせいでまだ具合が悪いのかカンカン帽を深く被り、刀を抱き締めながら膝を抱えて俯いていた。

 その時、つかさの太ももの上に頭を乗せて眠っていた綾星の目がゆっくりと開いた。


「つかささん……? 私……」


「良かった、目が覚めたのね! ずっと目を覚まさないから心配だったよ。具合はどう? 身体は動く?」


 つかさに言われるまま綾星は手を動かして確認し、問題ないと思ったのかゆっくりと身体を起こした。


「大丈夫です、身体も動くし、具合も悪くはないです」


「そっか! 良かった」


 つかさが微笑むと、綾星は人差し指を唇に当て何かに気付いたような表情をした。


「私……、ずっとつかささんの膝枕で眠っていたんですね。つかささんのムチムチの太もも……ふふ……ふふふふ」


 綾星は不気味に小さく笑い出すとつかさのショートパンツから見える太ももに手を置き、厭らしい手付きで指を動かした。


「何?」


 つかさが怪訝そうに言った。


「ねえ、つかささん、添い寝してくれませんか? ほら、私、変な薬飲まされちゃったから身体が火照っちゃって」


「こんな時にふざけないで。さっき具合良くなったって言ったでしょ? 怒るよ? 詩歩ちゃんもいるのに」


 つかさは甘える綾星を両腕で押し返して言った。

 すると綾星は頬を膨らませて詩歩の方を睨んだ。


「は〜? 何見てるんですかー? 帽子おさげさん」


 綾星はつかさと綾星の様子を凝視していた詩歩に不快そうに言った。


「いや、何かカンナと後醍院(ごだいいん)さんみたいだなぁと思って。2年前3人で村当番に行った時も後醍院さんがカンナに甘えて、私が除け者にされて」


「はい?」


 詩歩の話に綾星は苛立った様子で首を傾げた。


「あ、違うの、別に2人に混ざりたいとかじゃなくて、単に懐かしいなぁと思っただけで、別に変な意味じゃないんだからね!」


 詩歩は両掌を綾星に向け弁解した。


「はは〜ん、分かりましたよ〜、つかささん! このツンデレ帽子おさげさんも、さっき薬飲まされてたから発情しちゃってるんですよ〜!」


「はあ? 違うし、あなたとは違うんだから! ってか、名前悪化してない?」


「とーにかーくー! ちょっとどっか行っててもらえますか〜? 私とつかささんのイチャイチャタイムなんです〜! イチャイチャしたいなら1人でして来てくださあーい! バイバーイ」


 詩歩が顔を引きつらせてドン引きしていたのでつかさは笑顔で綾星の頭にチョップを入れた。


「痛っ!」


「綾星、いい加減にしなさい。詩歩ちゃんドン引きしてるでしょ? 本当に怒るよ」


 つかさの笑顔は一瞬で鬼の形相に変わり、今度は綾星が顔を引きつらせた。


「ご、ごめんなさ〜い」


 綾星が小さな声で謝罪すると、突然つかさ達の前に海崎が姿を現した。

 今まで眠っていた綾星だけが海崎の突然の登場に驚いていた。


天津風(あまつかぜ)。目が覚めて良かったが、いきなりはしゃぐなよ。一応俺達は程突(ていとつ)から逃げているんだ。状況を弁えろ」


「あ……すみません。そうでした、海崎さんいたの忘れてました〜。一体どちらへ」


 綾星の問いには海崎ではなくつかさが答えた。


「周辺の警戒。綾星が起きるまで程突が襲って来ないか見張っててくれたのよ」


「しばらく近くを見て回ったが今のところ変わった様子はない。お前達ももう休んでいいぞ。夜が明けたらすぐに出発だ。我々も澄川達と合流する。ここからそう遠くはないからな」


 カンナという名前を聞いてつかさは心がキュンとするのを感じた。ほとんど毎日見ている顔が数日見れないだけで不安が襲っていた。ようやくカンナに会える。

 つかさの嬉しそうな顔を見た綾星の表情は、微笑みの中にどこか寂しさもある複雑なものだった。

 少し離れた所に1人座ってた詩歩は、帽子を取り、それから脇に置いていた自分の荷物から毛布を取り出し頭から被ると刀を抱き締めたまま横になった。


「おやすみ」


 詩歩はそう言うと静かに眠りに就いた。


「つかささんも海崎さんも眠っていいですよ〜? 私十分寝かせてもらいましたので〜」


 綾星は自分の槍を手に取るとスっと立ち上がった。


「そうか。なら任せるとしようか。何かあればすぐ起こしてくれ」


「無理はしないでね、綾星」


「お任せくださ〜い! お2人ともおやすみなさいです〜」


 綾星は意気揚々と槍を華麗に振り回して見せると廃墟の建物の柱の上に身軽に飛び乗ってそこに腰を下ろした。

 その綾星の姿を見届けたつかさは廃墟のボロボロの外壁に寄り掛かり目を閉じた。

 すぐに海崎も腰を下ろした音が聴こえた。

 それからは風が微かに木々を揺らす音と虫の音しか聴こえなかった。





 朝陽が地平線の向こうに顔を出し始め、辺りは明るみ始めていた。

 廃墟の上で辺りを警戒していた綾星の目が50メートル程先の茂みが動くのを捉えた。

 綾星は片膝で立ち、左手を額に添え光量を調節し何者かを観察した。

 その動きはだんだんとこちらに近付いている。

 綾星は姿勢を低くして槍を握り締めた。

 ガサガサと茂みを揺らす動きはもう廃墟のある丘の直前まで迫った。それは綾星の眼下。

 何かが茂みから飛び出した。人だ。

 すかさず綾星は廃墟の上から飛び降り飛び出した何かを槍で襲撃した。しかし、その意表を突いた襲撃はその者を仕留めるには至らず、その者は綾星の槍を躱し横に転がった。その動きは素人ではない。

 その時、目の前に転がった者がようやく綾星の視界にしっかりと写った。


「あ、なんだ、火箸(ひばし)さんか」


「何だじゃねーよ!! お前、襲う前にちゃんと確認しろよ!! 殺す気か!!」


 (あかり)は全身泥まみれの汚らしい格好で怒りを顕にした。トレードマークの真っ赤なエナメル革のコートも泥まみれで認識するのに時間が掛かった。


「ごめんなさいです〜、小さくて見えませんでした〜」


「綾星ぇ……お前その喋り方もムカつくしあたしの事普通にディスってるし、朝から喧嘩売るとは上等だな!」


 燈は更に怒ったが綾星は気にせず辺りを見回した。


「どうして1人なんですか〜? 四百苅(しおかり)さんは? 馬は?」


「あ、そうだ、忘れてた」


 燈は今まで怒っていたことなどもう忘れて廃墟の外壁をよじ登り茂みの向こうのほうへ大きく手を振った。恐らく奈南(ななみ)に合図を送ったのだろうが綾星の位置からは奈南は見えなかった。


「この怪しい廃墟が見えたからさ、とりあえず敵がいないかあたしが先行して見に来たんだ。でもそこの茂み、とても馬は通れないから奈南さんに頼んであたしの馬も迂回して連れて来てもらってるってわけだ」


 燈は建物から飛び降りると1人でここに来た経緯を話した。


「なーんだ、そういう事ですか〜」


「いや〜それにしても、ようやく仲間と合流出来たぜー、良かった良かった」


 燈は笑顔でそう言ったかと思うと、突然苦虫を噛み潰したような顔をした。


「ちょっと待て? 綾星がいるって事は、つかさもいるのか?」


「もちろんですぅ〜」


 綾星は笑顔で燈の背後を指さした。

 そこには無表情で廃墟の壁に寄り掛かり、燈を見ているつかさがいた。その隣には海崎が腕を組んで立っていた。


「あー、朝からあいつの顔見る事になるとは、最悪だ」


 燈が頭を抱えて呟いたので綾星は槍の切っ先を燈の首元に当てた。


「つかささんの悪口は言わないでください、次私の耳にそんな言葉が聴こえたら仲間でも殺しちゃいますよ〜」


 綾星は冷たい声色だがいつも通りの口調で囁いた。


「やめなさい、綾星」


 つかさが言ったので綾星は槍を下ろした。


「ったく、綾星もめんどくせーからしばらくは大人しくしといてやるよ」


 燈は頭を掻きながらつかさと海崎の間を通り抜けて廃墟の中に入って行った。

 するとすぐに燈とまだ寝ていた筈の詩歩の言い争いが聴こえてきた。


「相変わらずね」


 つかさが呟くと綾星も海崎も笑った。



 ****



 明け方、斉宮班と海崎班が火箸班と合流したという無線が入った。

 実際のところ、つかさ達がいる廃墟のある場所からカンナ達がいる岩山までの距離は氣を探ってみたが2キロメートル以上離れていて具体的な位置は分からなかった。まりかの神眼があれば良いのだが、まりかが倒れた今それは頼れない。

 カンナがそんな事を考えている時、柚木(ゆずき)からの無線が入った。


『こちら柚木。畦地(あぜち)さんが最後に見た各班の位置は天霊川(てんれいがわ)と支流の四童川(しどうがわ)の間の地域でした。畦地さんが倒れて以降川を渡った班はありますか?』


 柚木の質問に各班はいいえと答えた。


『でしたら全員が合流出来るいい場所があります。皆さん、近くの川沿いを北へ向かってください。天霊川から四童川が別れる場所に行き着く筈です。そこで全員と合流出来ると思います。私と(たかむら)さんもそこへ向かいますので皆さんもその場所へ集まってください』


 どうやら柚木は小龍山脈の地理に詳しいようで、的確に合流場所を指示した。そして各班はその合流地点へ向かう事となった。


 この日の朝食が今ある全員の食料の最後だった。皆カンナの分も考慮して多めに持って来たと言っていたが、捕虜にした蛇紅(じゃこう)にも分け与えた為それも今日で尽きた。

 カンナは斑鳩(いかるが)達と食事を済ませると出発の準備をした。カンナは蛇紅が乗ってきた馬に乗った。手を縄で縛られた蛇紅はリリアの馬の前に座らせた。


「よし、行くぞ!」


 斑鳩の号令と共にリリア、蔦浜(つたはま)蒼衣(あおい)も馬を出した。

 カンナは常に辺りの氣を探りながら警戒を続けた。それは、突然の程突の襲撃に備える為でもあり、他の班のメンバーが近くにいないかを探す為でもある。

 1番初めに合流地点に到着したという無線を飛ばしたのは後醍院達だった。そして、その30分後に斉宮、海崎、火箸班が後醍院班と合流したという無線が入った。

 カンナは氣を探り続けていたが程突の氣はやはり近くに感じなかった。その代わり、ようやく、合流地点のつかさ達の氣を感知した。


「斑鳩さん、あと2キロ位で皆と合流出来ますよ」


「見付けたか、良かった。急ごう」


 斑鳩が後ろを駆けているリリア達に言うと、リリアと共に馬に乗っている蛇紅が小さく笑った。


「このまま程突さんがあなた達を見逃す筈ないわ。あの人は私と違って青幻(せいげん)様によって幹部に選ばれた方なのだから」


「そうだとしても、もう程突はたった1人だ。俺達の人数に適う筈はない。現れたらあなたと同じく捉えるまでです」


 斑鳩の反論に蛇紅は面白くなさそうに口を噤んでそっぽを向いた。

 とにかく全員無事に龍武(りょうぶ)に帰還する。

 今カンナはそれだけを願っていた。



 ****


 一方、光希(みつき)は柚木と共に、小龍山脈の山道を最短ルートで駆けていた。柚木が自ら指示した合流地点から1番離れているのは一旦(そう)まで侵入した柚木班なのである。

 しかし、柚木はまるで自分の庭のように小龍山脈の山道を迷う事なくグイグイと進んで行った。


「柚木師範、あとどの位で皆と合流出来ますか?」


 無言で前を駆けている柚木に光希は尋ねた。


「そうですね、一応道なき道を突っ切ってますから特に何もなければあと1時間で到着すると思います」


「1時間……そんなもんですか」


 光希は5、6時間は覚悟していたが、意外に短い時間だったので少し表情が明るくなった。

 だがその時、突然背後の木々からたくさんの鳥が一斉に飛び立った。


「え!? 何!?」


 光希が振り返ると何も見えないのだが、大量の何かが近付いている気配がした。


「何か来てますね。100騎はいそうですよ、篁さん」


 柚木は少し振り返っただけで大体の人数とそれが騎馬隊である事を見抜いた。


「こんな所で殺気を出して僕達を追ってくると言う事は、小龍山脈の山賊とかではなさそうですね。恐らく、蒼の兵。それも山岳戦に慣れている特殊部隊でしょうか」


「そんな……どうしましょう?」


「捕まったら数で確実に負けます。逃げましょう。とにかく走ってください」


 柚木は迷う事なく戦わない事を選んだ。光希もそれには賛成だった。

 まだ背後に敵の姿は見えないが、恐ろしい気配は着々と迫っていた。


「ああ、不味いですね、このままでは追いつかれます。敵の馬の馬力が段違いのようです」


「ええ!?」


 柚木はまた少し振り返っただけで逃げられない事を悟った。

 すると柚木は何故か光希の隣に馬を付けて無線機を渡した。


「僕が囮になって時間を稼ぎます。その間に篁さんは皆と合流して龍武に帰還してください。この道を真っ直ぐ突き進めば合流地点です」


「え!? 柚木師範1人で敵を!? そんなの無茶です!!」


 光希は首を振った。


「ここで2人死ぬより、あなただけでも生き延びた方がいい。大丈夫です。上手くいけば僕も生きて戻れるかもしれません。僕の口の上手さは知っているでしょ?」


「……でも」


「命令です。あなたは生きて皆と合流しなさい。あなたは過去に2度も澄川さん達に命を救われているのですよ? ここで死んだら澄川さん達が悲しみます。それに、僕は教師です。生徒達を守る義務がある」


 柚木は光希の肩に優しく手を置いた。


「分かりました。必ず、必ず生きて戻って来てくださいね、柚木師範」


 柚木はニコリと微笑むと光希の背中を押し、自分は反転してもと来た道を戻って行った。

 光希が振り返ると本当に100人位の騎馬隊が木々の中から現れ、単騎で南の方へ駆けて行く柚木を追い掛けて行ってしまった。

 光希はそれを見ながら溢れる涙を手で拭った。


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