第66話~武人国家の極秘研究~
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青幻は既に周承が造り出した『参』という名の女を隊長として兵を100人程小龍山脈に動かした。初任務で隊長として部隊を動かせるのか心配だったが、周承は一つ返事で大丈夫だと言った。元々そういう訓練を受けて来た身体だからその記憶は身体に染み付いているのだそうだ。
実際青幻はかなり参には期待していた。武術もそうだが、何より感情というものを抹消したまさに戦う為だけの兵器なのだ。
参は2年前に孟秦が見付けてきた。周承は以前から死体でも構わないから武に慣れ親しんだ身体が欲しいと言っていた。そこで青幻は幹部達に「原型を留めた武人の死体があれば持ち帰るように」と命令を出していた。そんな時、たまたま任務の途中で龍武の海岸線を歩いていた孟秦は、浜辺で見付けた女の死体を焔安に持ち帰ったのだ。周承は女がまだ生きていると言い、すぐに最新のカプセル型の治癒装置を使い治療を始めた。調べたところ女本人の記憶は既になかったという。だがそのお陰で過去の記憶に縛られる事のない完璧な兵器を造り出す事が出来た。
周承は参の完成までに既に2人の戦う兵器を生み出していた。正式名称は『壱』と『弐』だが、青幻は『丁徳神』と『越楽神』と名付け、城内の警備を任せた。2人の存在は青幻と周承そしてその部下の研究者達しか知らない。常に城内のどこかに身を隠しており、侵入者が現れた時だけ迅速に対応する。1年程前に多綺響音が焔安の城内に侵入した事が1度だけあった。その時に丁徳神と越楽神は容易く多綺響音の侵入を防いだ。それ以来多綺響音は焔安には近付いていない。
まさに周承が生み出した戦う兵器は神技・神速を持つ多綺響音さえも手の出せない素晴らしい出来栄えなのだ。
青幻は地下の研究所を後にすると王宮へと戻った。
学園の救出部隊の現在位置は分からない。ただ、学園に入れた間者からの情報で14人が2人ずつ7班に分かれている事と、そのメンバー全員を把握している。
帝都軍も動いているというので、青龍山脈の元瀋王の砦を守る中位幹部の張謙には警戒をするように命じた。
青幻は執務室の椅子に座り、肌身離さず持っている色付きの名刀・黄龍心機の刃を見ながらその美しさに見とれていた。刀身には龍の形が刻まれており、その溝に純金が流し込まれて美しい黄龍を形作っている。何度見てもその美しさに心を奪われた。
部屋には他に誰も入れていない。青幻は部屋に1人でいる事が好きなので、護衛の者も部屋の外に出している。
そこへ宰相の車椅子の魏邈が護衛の兵を2人連れてやって来た。
「陛下。聞きましたぞ。程突が見付かったそうですな。どうやら澄川カンナを捕まえて帰還するんだとか?」
「その通りです。蒼国のブラックリストの1人澄川カンナ。彼女は脅威ですが、彼女を手に入れる事は蒼国の発展にも繋がりますよ」
「それはいいとして、程突の処分はどうされるおつもりですか? 勿論、死罪でしょうね?」
魏邈は問い詰めるように青幻に言った。
「いえ、処刑するつもりはありません」
「何ですと!? 私の命令を無視して勝手に学園に乗り込んだんですよ?」
魏邈は驚いていたが青幻は動じず静かに口を開いた。
「確かに命令を無視して姿をくらましていました。しかし、程突はしっかりとこの蒼国の為の仕事をしてくれていました。何も手柄を立てないのは救いようがありませんが、彼は澄川カンナを捕まえて小龍山脈まで運ぶ事に成功しています。万が一、焔安の私の前に澄川カンナを連れて来れなければそれ相応の罰を受けてもらうつもりです」
「あくまで程突を許す余地を与えるのですな?」
「そうなりますね」
魏邈は大層不満げに言ったが青幻は黄龍心機一を眺めながらキッパリと言い切った。国の政治は全て魏邈に任せているとは言ってもそれ以外の事にまで首を突っ込まれたくはなかった。だから魏邈には地下の研究所の存在を教えていない。究極の武人の製造は蒼という国の存在意義を支えるものになっていく。武術国家には最強の武人が大量に必要だ。1から地道に育てるより、人工的に造り出した方が効率が良い。
きっと魏邈はその研究の事を知ったら非難してくるだろう。魏邈は元々武術国家には興味がない。その為、武人を蔑ろにする傾向がある。魏邈は国を富ませて自分の私腹を肥やしたいだけなのだ。故に研究所へ回している金の流れは青幻が上手く軍事費という形で誤魔化している。
金にがめつい魏邈でも政治の手腕は本物なので切り捨てはしない。ただ上手く利用するだけだ。
「少しは幹部達にも武術だけではなく、罰というものを教えた方が良いと思いますぞ?」
魏邈は皮肉を言うと護衛に車椅子を押させて部屋から出て行った。
青幻は魏邈の後ろ姿を見届けると、また黄龍心機を眺め、程突の帰りを待った。
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敵は3人。こちらは4人。
つかさは目の前の敵を見て豪天棒を握り締めた。数はこちらが上と言えど、かなりの手練のようだ。見たところ、これと言って3人とも武器は持っていない。男が1人、女が2人。
3人の内の中年の白髪混じりの男は、ただ気だるそうな表情でキセルを吹かしている。
その隣の黒髪を頭頂部で団子に纏めている着物姿の女は、扇子でパタパタと顔を扇いで全くの無表情でこちらを見ている。
さらにその隣の、白髪に色黒で、肩に黒い鳥の羽根の装飾を纏った水着の様な露出の多い女に至っては何も持っていない。その代わりに全身細身ながら筋肉が発達し、胸から腹にかけて何かの模様のような黒い刺青が入っているのが目に付く。
「チッ、追い付かれたのか、柯威さん、蛇紅、アンタらにコイツら任せるよ。俺はあの女追っ掛けてとっ捕まえて来るからさ」
色黒の女が隣の仲間達に得意気に言った。
「駄目だ。お前はあの女を捕まえると言いつつ殺してしまうかもしれん。蛇紅が行け」
「分かったわ」
キセルを吹かせている男が着物の女に指示を出すと着物の女は扇子をパタンと畳み頷いた。
「あぁ!? 殺さねーよ!! 手足へし折ってやるだけだよ」
色黒の女は不満そうに大きな声で反論した。
「それも駄目だろ。連れ帰るのが面倒になる。ただ、コイツらなら殺しても構わんぞ、神樂」
どうやらキセルの男が女2人より立場が上のようだ。空気も女2人とは違う。
「はぁ、分かったよ。じゃあ蛇紅、ちゃんと殺さずに連れ戻せよ? 一緒にいた男は殺していいぞ」
「言われなくとも」
神樂と呼ばれた色黒の女は蛇紅と呼ばれた着物の女にケラケラと笑いながら言った。
蛇紅は平然とつかさ達が塞いでいる道を迂回して馬を駆けさせようとしたのでつかさは馬で行く手を阻んだ。
「ちょっと! あんた達、勝手に話進めてるけど、行かせるわけないでしよ?」
つかさは豪天棒を蛇紅に向けて一括した。
「はぁ、邪魔」
蛇紅は溜息をつきながら柯威と呼ばれたキセルの男を見た。
つかさが異変に気付いた時にはつかさの前に海崎が短刀を振って立っていた。
何かを短刀で弾いた音がしたがそれが何なのかつかさは勿論、綾星や詩歩にも分からなかったようでただ茫然としている。
その隙に蛇紅は馬腹を蹴り、脇道に疾風の如く駆け出していた。
「あ! 待て!」
詩歩が後を追おうとすると神樂が馬を詩歩の脇に急速に接近させ詩歩の襟を後ろから片手で掴み、そのまま宙に放り投げた。
「詩歩ちゃん!」
つかさが宙を舞う詩歩を助けようと動くより前に海崎が空中で詩歩を抱き止め回転しながら着地した。
駆け去った蛇紅はもう遥か遠くに行ってしまっていた。
「油断するなお前達。キセルの男も怪力女も出来るぞ」
海崎はつかさと綾星を見ると詩歩を安全な所で放した。
「なるほど。その黒服の男は生徒ではなさそうだな。師範か護衛の者だろう。俺も本気でやらなければならなそうだ」
「斉宮、天津風、祝。キセルの男は暗器使いだ。キセルから仕込み針を出した。その他にも武器を隠し持ってるかもしれない。そっちの女も暗器使いの可能性があるぞ」
海崎は少しの動きで敵の武器や戦闘方法を見抜いた。
「この2人を倒さないと、さっきの扇子女を追えないみたいだ」
「それは俺達も同じだ。俺は耶律柯威。ご察しの通り暗器使いだ」
「俺は海崎。ご察しの通り学園の護衛だ」
海崎は短刀を逆手に構え、耶律柯威と睨み合った。
「あの1番強そうなオッサンは柯威さんに任せて、俺はこのメスガキ共を遊び殺すかなぁー。澄川カンナのせいでストレスが滅茶苦茶溜まってるからなー」
神樂は楽しそうに手をバキバキと鳴らし微笑んだ。その笑みは寒気がする程凶悪だった。
「3対1よ? 死にたいの?」
つかさは言いながら豪天棒で地面を思い切り叩いた。
「ふふふ、あなたは死ぬ事になりますよー? 久しぶりの悪者退治、私は燃えてますー!」
綾星も神樂に負けず劣らずの凶悪な笑みを浮かべていた。
「海崎さんには助けられてばっかだからなー、私もかっこいいところ見せなきゃ」
詩歩は不機嫌そうに長い刀をスラリと抜いた。
その時、遠くから角笛が聴こえた。全員が一斉に辺りを見回した。
「李超の角笛か。他のお仲間も死ぬ事になるな」
神樂がニヤリと笑いながら言った。
気に入らない。つかさは豪天棒を振り上げ突っ込んだ。
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名前を呼ぶ声でカンナは目を覚ました。
目の前には蔦浜が心配そうにカンナの顔を覗き込んでいた。
「カンナちゃん、寝てたのか。トイレに行ったっきり30分しても戻らないからさ、心配になって……悪いかなとは思ったけど様子を見に来たよ」
蔦浜は何故か頬を染めカンナから目を逸らして頭をポリポリと掻いていた。
確かにカンナは、蔦浜にトイレに行くと言う建前で洞穴の外に出た。そして、蔦浜からはそう離れていない洞穴の入り口近くの岩壁に寄り掛かり、5日間溜まりに溜まっていた劣情を自らの手で発散した。そして、何度か快感を貪ると満足して眠ってしまったようだ。
カンナは借りて着ていた蔦浜の上着が乱れているのに気が付いた。殆ど胸が見えかけていた上着の前のボタンを留め直し、完全にめくれてしまっている上着の裾を一応直して前を隠した。
そして何事もなかったかのように蔦浜を見た。
「ごめんね。その、外の風が心地好くて、つい……寝ちゃってた……。あ、このまま皆に会ったら露出狂だと思われちゃうかな」
「いや、そんな事ないでしょ。状況が状況なんだし。それに無線でもカンナちゃんが水浴びしてる事言ってたし」
「え!? あ、そうか、畦地さんには全部見られてたんだっけ……、嘘……やだ、どうしよう。急に恥ずかしくなってきた」
カンナは今までの自分の行動を振り返り顔を赤くした。
そんな時も、蔦浜の視線はカンナの顔とギリギリ隠れている股の辺りを唇を噛み締めながらチラチラと見ていた。蔦浜の角度からは恐らく丸見えなのだろう。蔦浜には胸も下も何もかも見られてしまっている。きっと、カンナがさっきまで何をしていたのかも勘づかれているだろう。しかし、自分の身体に興味を持ってくれる蔦浜の視線は嫌ではなかった。むしろ嬉しいし興奮した。カンナは、恋人の斑鳩が自分の身体に興味を示してくれない事に不満を持っていた。だから蔦浜の好奇な視線は女としての自信を持てる嬉しいものなのだ。
「とにかく、用が済んだなら中に戻ろう。寝るなら中の方がいいよ。敵がまだ捜してるだろうし」
蔦浜は座り込んだままのカンナに手を差し出した。だが、カンナはその手を取らず自分の力で立ち上がった。
蔦浜がシュンとした顔をしていたのでカンナは慌ててフォローした。
「あ、違うの! その……私、手洗ってないから……泥だらけで汚いでしょ? 蔦浜君の手も汚しちゃうといけないから」
「別に気にしなくていいのに。俺だってこんな状況じゃ同じようなもんだよ」
カンナは自分の両手を背中側に隠しながら苦笑した。
ちょうどその時、蔦浜の腰の無線機から懐かしい声が聴こえてきた。
『こちら畦地。蔦浜君、そろそろリリアが近くを通るわよ。準備して』
2年ぶりに聴いたまりかの声。その声を聴くと舞冬や水音の事を思い出してしまう。やはりあまり良い気分ではない。ただ、どこかその声には疲労感を感じた。
『蔦浜、了解』
蔦浜が短く答えるとカンナを連れて出発の準備を始めた。
その間も逐一まりかの声は無線機からリリアの位置を伝えてくる。
『このまま行けばリリアはあと2、3分でその岩山の下の道を通るわ。……あ! 斑鳩君! 次の分かれ道を右! そのまま真っ直ぐ走ればカンナちゃんと蔦浜君のいる岩山よ』
『斑鳩、了解!』
まりかが斑鳩へも指示を出しているのを聴いてカンナの無表情は満面の笑みに変わった。
「斑鳩さんもこっちに向かってるの!?」
カンナの質問を蔦浜が代わりにまりかへ伝えた。
『畦地さん、ここで待ってれば斑鳩さん達とも合流出来ますか?』
しかし、いつもすぐ応答してくれていたまりかからの返事が1分程滞った。
『……あ、うん。そう、まずリリアと合流したら一度岩山に戻って……斑鳩君達と合流……して』
ようやく応答したまりかの声はとても苦しそうで喋るのもやっとだった。
『畦地さん? 大丈夫ですか?』
蔦浜の声にまりかが反応する事はなかった。
『こちら柚木。すみません。畦地さんが倒れました』
突然の柚木の通信にカンナと蔦浜は顔を合わせ絶句した。




