第65話~岩山の洞穴の中で~
蔦浜は馬を茂みに隠し終わると無線で各班にカンナを休ませている旨を報告した。
『こちら柚木。了解しました。僕と篁さんは引き続き各班の動きを畦地さんから連絡してもらう為ここで待機します。それと、茜さんは無事程突から離れました。蔦浜君の近くに茜さんが接近したら畦地さんが誘導しますのでそれまで澄川さんを休ませて、その後茜さんと合流して帰還してください』
『蔦浜、了解』
リリアと蔦浜の班にも支給された無線機は1つ
なのでそれを蔦浜が持っている今はリリアとは誰も連絡が取れない状況となっている。頼るべきはまりかの神眼の力だけだ。
蔦浜は無線機を腰に戻しカンナがいる岩の窪みに戻った。窪みを近くで見ると中は縦横3メートル、奥行き5メートル程の狭い洞穴になっていた。
カンナは洞穴の中で膝を抱え、膝に頬を付けるようにぐったりとしていた。起きているのか寝ているのか分からない。カンナは無防備にも少し脚を開いているせいで、蔦浜の上着を纏っただけの下着を着けていないカンナの綺麗な太ももが目に入った。さらにその下の方に目線をやると、二度とお目にかかる事は出来ないであろうカンナの艶めかしい股が開き露わになってしまっていた。蔦浜の目には、カンナの秘部の色や形が克明に映っている。
見てはいけないとは分かっていても視線は以前好きだった相手であるカンナの秘部を脳裏に焼き付けようと意思とは真逆に動いてしまう。
しかしながら、こんな状況で興奮してしまう悲しき男の性に罪悪感を感じたので、本当はこのまま見ていたいのだが、恐る恐るカンナに話し掛けた。
「カ、カンナちゃん、起きてる?」
「うーん……」
カンナは元気なく答えた。
「あ、あのさ、その格好だと、下……見えちゃってるんだけど……」
「……」
勇気を出して指摘した蔦浜の言葉にカンナは無言でチラリと覇気のない目で蔦浜の顔を見た。
不味い。具合が悪い時のカンナに余計な事を言うと心が折れる程冷たい言葉を浴びせられる……。そんな2年前の悲しい記憶が脳裏をよぎり、蔦浜はゴクリと唾を飲んだ。
「へー……黙ってればずっと見られたのに、蔦浜君てやっぱりいい人だよね。そういう所好きだよ。ありがとう。でも、今はこの姿勢が楽なの。ちょっと酔っちゃって……ごめんね、汚いもの見せちゃって」
カンナはそう言うとまた顔を伏せた。見えていると指摘したのにカンナは隠す素振りも見せなければ恥ずかしがりもしない。それ程具合が悪いのだろう。
ハッと我に返った蔦浜はまだ視線が下の方に釘付けになっているやましい気持ちを振り払うように頭をブンブンと横に振った。
「あ……いや、汚くなんかないよ、凄く綺麗だよ……ん? あ、違う! 何言ってんだ俺!? あの……そうか、馬酔いか、えっと水飲む??」
何か言おうととりあえず口から出た言葉が完全なるセクハラ発言になっていたが、何とか誤魔化そうと馬から降ろしてきたカバンの中から未開封の水の入ったペットボトルを取り出した。
するとカンナは顔を上げ手を伸ばしてペットボトルを受け取った。
「飲む。ありがと」
「あの、カンナちゃん、隠さなくていいの? 俺に見られちゃって」
今カンナを襲いたいという気持ちがないわけではない。しかし、そんな事は蔦浜の良心が許さないし、何よりキナが許さない。
蔦浜は一応片手で目を覆うようにカンナから顔を逸らして言った。
カンナは勢い良く喉を鳴らしながら水を飲むとチラリと蔦浜の目を見た。
「いいよ。もう見られちゃったなら。今更隠しても蔦浜君の記憶には焼き付けられちゃっただろうし……見たければ見ればいいんじゃない? 触らなければ怒らないよ。それより隣に座って、エッチな蔦浜君」
「え!? あ、うん」
やはりカンナは具合が悪過ぎて羞恥心が欠落してしまったのだろうか。少し心配になってきた。
蔦浜は相変わらず同じ姿勢のまま水を飲み始めたカンナの横に腰を下ろした。
キナと付き合うようになってからあまり考えないようにしていたが、やはりカンナは可愛い。綺麗な黒髪に青いリボンがよく似合っている。そんなカンナの水を飲む横顔を見て蔦浜は息を飲んだ。
「蔦浜君さ、水無瀬さんは無事?」
カンナが意外と普通に質問して来たので少し戸惑った。
「あ、ああ、無事だよ。むしろ今回捜索隊に参加してくれたんだ」
「良かった……無事だったんだ……って、嘘!? 水無瀬さんが!? 私を捜しに!?」
「うん、かなり落ち込んでたよ。自分のせいでカンナちゃんが連れ去られたって。あ、そうだ。カンナちゃんの馬、響華だけど、その水無瀬が学園に連れ帰ってくれたよ」
「そっか……水無瀬さん、やっぱり悪い子じゃなかった。響華まで連れ帰ってくれたんだ。良かった。……それで……あの……斑鳩さんは?」
「斑鳩さんも今回の捜索隊に参加してるよ。水無瀬と同じ班で」
「斑鳩さんも来てくれたんだ……え? ……何で!? 何で斑鳩さんと水無瀬さんが同じ班なの!? 2人切りって事!? あ!! いや、ごめん、何でもない」
カンナが突然大きな声で驚いたので蔦浜も思わず身体を震わせた。
「班決めは力の配分を考えて割り振ったんだ。他意はないと思うよ」
「そう……なんだ。ふーん……」
カンナが少し拗ねたように言うと、また水を飲みペットボトルのキャップを閉め地面に置いた。そして膝に額を付けて俯いた。
「蔦浜君、ありがとね。助けに来てくれて」
カンナは下を向いたままポツリと言った。
「な、何だよ、急に。当たり前の事だよ。友達なんだからさ」
「うん……友達」
蔦浜がカンナを見ると、カンナは少し腰を浮かせ蔦浜の肩に密着する位置に移動し、頭を蔦浜の肩に持たれ掛けさせた。
「ちょっと!? カンナちゃん!? どうしたの!?」
蔦浜が驚いて声を出したがカンナの頭が肩に乗っているので動く事も出来ずその場であたふたとした。
「私ね、こう見えて怖かったんだよね。このまま蒼に連れて行かれたら殺されちゃうんだって……。手首には氣を封じる手枷型の爆弾を付けられるし、途中から合流した程突の仲間にはいつも虐められるし、四六時中監視されるし……。頼る人がいなかったから本当に辛かった。学園に来てから今までで1番辛かった」
カンナが弱音を吐くところを初めて目の当たりにした気がする。普段は絶対弱音を吐かず、自分だけでどうにか解決しようとするカンナが流石に今回ばかりは本当に辛かったのだろう。確かに、辛い時に頼れる人がいるのといないのとでは精神的に大きく異なる。今まではつかさやリリア、医師の御影等頼れる人がたくさんいた。しかし、今回は死の恐怖と隣り合わせの過酷な状況の中頼れる人が1人もいなかった。心も身体も強いカンナと言えど想像を絶する苦痛だったに違いない。
「だからね、私、蔦浜君とリリアさんの氣を感じた時は本当に安心した。それで蔦浜君とリリアさんが本当に助けに来てくれて、今こうして蔦浜君が隣にいてくれる。ありがとう」
カンナは蔦浜の肩に頭を乗せ気持ち良さそうに目を瞑ってとても穏やかな口調で言った。
「カンナちゃん、本当に辛かったよな。でももう安心していいよ。今は俺が守ってあげるから」
蔦浜は優しくカンナの肩に手を回そうとしたがすぐに手を引っ込めた。カンナの方を見る度に蔦浜の上着を羽織っただけの胸の谷間や綺麗な剥き出しの太ももが視界に入りどうしても淫らな気持ちになるのだ。その度に深呼吸して邪念を振り払った。
「何? 蔦浜君。深呼吸ばっかりして」
「え? いや、やっぱりカンナちゃんがそんな格好だと落ち着かないよ。あんまり密着してるのも誰かに見られたら不味いから俺、ちょっと向こうで外見張ってるよ」
蔦浜が恥ずかしそうに言うとカンナは蔦浜の肩から頭を持ち上げ蔦浜の顔を見て残念そうな顔をした。
「別に……誰もいないんだから気にしなくていいのに。本当に蔦浜君も手を出さないんだね。男の人って意外にそういうものなのかな」
「蔦浜君も?」
蔦浜はカンナの真意が分からなかった。ただ、カンナの顔は紅潮していた。
「あ、ごめん、何でもない。私……5日も拘束されてたから……ちょっとおかしくなってるみたい」
「え? だ、大丈夫? 顔赤いし、少し横になったら?」
「か、顔赤い?? 別に、こんな格好で蔦浜君と一緒にいるから興奮してるとかじゃないからね? 蔦浜君に裸見られて興奮してるなんて事は絶対ないからね?」
「う、うん。本当に大丈夫?」
蔦浜はいよいよカンナが疲れからおかしくなってしまったのかと一層心配になってきた。
カンナは深呼吸して急に立ち上がった。その時、蔦浜の顔の高さに上着の裾が足りず露わになっているほんの僅かに毛の生えたカンナの幼くも厭らしい股が迫ったので堪らず顔を逸らした。
「ごめん、もう我慢出来ない……ちょっとお花をつんで参ります」
カンナはそう言うと赤面したまま、いそいそと外へ出て行ってしまった。
残された蔦浜は大の字に地面に倒れて1人呟いた。
「カンナちゃん……エロ過ぎ……でも、俺は……耐えた。頑張った……」
蔦浜は早くキナを思いっきり抱きたいと思った。




