表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
序列学園Ⅱ~とある学園と三つの国~  作者: あくがりたる
カンナ奪還の章《捜索編》
59/132

第59話~暗黒郷《ディストピア》~

 程突(ていとつ)の仲間5人と合流してから馬で1時間程駆けた所で緑の生い茂る清流にぶつかった。

 程突と耶律柯威(やりつかい)賀樂神樂(ががくかぐら)蛇紅(じゃこう)の4人は砂利の川べりに馬を止めた。後方を警戒中の李超(りちょう)狼厳(ろうげん)の姿はない。

 神樂はまたカンナの両脇に手を入れると軽々と馬から下ろした。


「ほら、服を脱げ。さっさと身体を洗って来い」


 神樂も馬を下りカンナの背中を川の方に押した。


「服を脱ぎたくてもこの手枷があるので脱げません。外して貰えますか?」


 カンナは手枷を神樂に見せながら言った。


「何だと? じゃあ俺が服を引き裂いてやるよ」


 神樂はまた手品の様に小さなナイフをどこからか取り出しカンナの襟元に突き付けた。


「待て、神樂」


 すると程突が近付いて来た。


澄川(すみかわ)カンナ。外してやるが、逃げるんじゃないぞ。お前は俺の仲間達に見張られてる事を忘れるな」


 言いながら程突はすんなりと手枷の鍵を外し、ようやく両手が解放された。

 カンナは咄嗟に程突以外の者の位置を目視で確認した。神樂はカンナのすぐ背後。蛇紅は扇子で扇ぎながらカンナから2メートル前方。耶律柯威だけは5メートル以上離れた所でキセルを吹かせている。しかし、その3人に全く隙はない。

 カンナは目視と同時に手枷が外され自由になって氣を辺りに解放し程突以外の3人の氣も探った。

 どうやら3人の氣と程突の氣の強さはほぼ同格。程突が僅かに勝っているという感じだ。後方警戒中の李超と狼厳の氣も探ったがこちらも他の3人と同じである。

 カンナの氣の探知能力は半径およそ2キロメートル。その範囲内に李超と狼厳の氣は感じたが、カンナを捜索している筈の学園のメンバーの氣は感じない。


「ほら! さっさと脱げよ! お前なんかの為に使える時間なんてねーんだからな!」


 神樂は氣の感知に集中していたカンナの肩を押した。

 カンナは神樂を睨むとその場で服を脱ぎ始めた。


「神樂、蛇紅、見張ってろ」


 程突は女2人にそう託すと少し離れた耶律柯威の所へ歩いて行き岩に腰を下ろした。

 程突も離れたのでカンナは一気に下着まで脱ぎ大自然の広がる中全裸になった。3日も同じ服と下着を着けたままというのは流石に気持ち悪かった。この解放感は本当に新鮮である。

 カンナが服を脱ぎ、ずっと握り締めていた青いリボンも丁寧に畳んで岩場に置いている間にも神樂と蛇紅の視線が突き刺さった。神樂に至ってはカンナのすぐ近くで既に小さいナイフを握り締めいつでもこちらに投げる準備が出来ているといった様子だ。

 神樂と目が合うとカンナの前髪を引っ張り神樂の顔の前に引き寄せられた。


「いいか澄川カンナ。俺は程突さんと違ってお前をいつでも殺したいと思ってるかんな。少しでも妙な真似したら」


 神樂は言いながらカンナを川に突き飛ばした。


「その綺麗な身体切り刻むからな」


 カンナは川に半身浸かったが無言で立ち上がると何も言わずに川の深い所に歩いた。


「何だよ? さっきみたいに言い返してみろよヘタレ女!!」


 カンナは神樂の言葉に1度立ち止まり顔だけ振り向いた。


「あなたのような低俗な人とこれ以上口論しても時間の無駄です。それに、私はこの程度の事で挫けません」


 カンナは身体も隠さず凛として言い放つと、さらに川の中に進み水浴びを始めた。

 神樂の氣が激しく乱れるのが分かったがそれ以上は何も言って来なかった。


 水浴びを終えると蛇紅に借りたタオルで身体を拭きまた服を着た。本当はこの服も洗濯したかったのだが流石にその時間は貰えそうもない。ただ、手枷を外して貰える状況を作り出すことが出来た。それだけでも大きな収穫だ。小龍山脈を抜けるまでに恐らく水浴びは出来てあと1回。今回は素直に従うふりをして、次の水浴びで脱走を図る。その間にきっと学園の生徒達がカンナに追い付くはずだ。そうすればまだチャンスはある。

 カンナは密かに脱走の算段を立てながら服を着替え、しっかりリボンを後頭部で結ぶと程突のもとへ行き両手を差し出した。


「着替え終わりました。水浴びさせて頂きありがとうございます。手枷を……」


 岩に座っていた程突は、カンナのその行動を見ると驚いた様に一瞬間が空いたが、すぐにカンナの手にまたあの忌々しい手枷を装着し鍵を掛けた。


「全く逃げる素振りを見せなかったな。どういう心境の変化だ?」


「こんなにあなたの仲間がいたのでは逃げ切れるわけがありませんから。あなた1人だったらあなたを倒して迷わず逃げましたが」


「お前はなかなかに肝が据わっているな。気に入ったぞ」


 程突は包帯の隙間から覗かせた口をニヤリとさせたが、カンナは無表情でそっぽを向いた。


「お前の両親は我羅道邪(がらどうじゃ)に殺されたらしいな」


 突然程突は話題を変えた。我羅道邪の名にカンナはつい反応してしまった。


「どうしてそれを?」


「澄川孝謙(こうけん)を知らぬ人間などこの世界にはいない。勿論、その死に様もな」


 カンナは程突の目は見ずに黙って近くの岩に座った。


「俺の父親は帝都軍の兵士だった。万年兵卒の冴えない親父だったが、俺が産まれてすぐ病で死んだ母親の分も男手一つで俺を育ててくれたいい親父だった」


 程突は河原の石を拾い、右手の中でコロコロと転がしながら寂しそうな声で自らの過去を話し始めた。カンナは黙ってその話に耳を傾けた。


「条約が施行されてすぐ、我羅道邪の武装組織を排除する為駆り出されたが無惨にも殺された。遺体も戻らなかったし遺品も戻らなかった」


 ちらりとカンナの方を見て少しだけ微笑んだような気がした。リボンを見られた気がして軽く手で触れた。


「では何故あなたは青幻のような賊に従っているんですか? あなた程の力があるならお父さんと同じく帝都軍に入り、我羅道邪討伐に心血を注ぐべきじゃないんですか?」


「お前は龍武(りょうぶ)が正義だと思っているのだな」


 程突の意味深な発言にカンナは包帯で隠れている程突の顔を見た。


「それは、どういう意味でしょうか?」


「お前の国の皇帝機織園(はたおりぞの)は無能だ。賊の悪行を取り締まり切れず人身売買の横行も止められない。いや、行動に移さないと言った方が正しいな。都・樂庸府(らくようふ)で皇帝の権力を振りかざし好き勝手遊び呆けている。目の前の問題に気付こうとすらしない。龍武が今のようになったのは今の機織園の怠慢だ。いや、その前から腐っていたか。どちらにせよ、このままでは龍武は後退はしても進歩はない。見てみろよ、かつて栄華を極めた龍武帝国も今や完全なる暗黒郷(ディストピア)だ」


 確かに程突の言っている事は間違いではない。第三次大戦以前は龍武帝国は平和だった。防衛の為、大陸で最多の兵器を持ち、最大の領土を誇った龍武帝国だったが、強すぎる力を危惧した別大陸の国々との戦争で疲弊し、多くの死者を出したにも関わらず、完全に心身を耗弱させてしまった先代の皇帝は戦後処理を放棄した。その状況を見兼ねて澄川孝謙を含めた閣僚達が国の復興に努めたが貿易が完全に遮断されており大国でありながら世界から孤立。さらに戦争で多くの金を使っており経済も回らず、国は一気に貧困に苦しめられた。そんな中先代皇帝が病にて崩御。金がないにもかかわらず現在の皇帝機織園が貧困国とは思えない大層盛大な葬儀を行ない龍武帝国は完全に失墜した。

 自立して生きていける国民は国の干渉が全くない為暮らしやすいと感じる者もいるようだが、ほとんどの者が食料も満足に確保出来ず、それと言って何の保障もない為暮らしにくいと感じているというのが現状だった。カンナ自身も学園に来るまでは龍武帝国に不満を抱いていた。


「今龍武の金はほとんどが機織園の私腹を肥やす為に消えている。故に政府も機能しない。帝都軍が権力を握る軍事政権というのが実態ではないか。お前は本当に自分の国の本質を見た事はあるのか? ま、お前の学園ではそんな話は生徒に教えないだろうがな」


「……知ってます」


 カンナは清流の音に掻き消される位小さな声で言った。

 程突の耳にはカンナの発言が辛うじて聴こえたようで右手の中の小石を転がす動きを止めてカンナの目を見て次の言葉を待っている様だった。


「私の父はこの国の腐敗を止めようと働いていた人物です。そんな父の姿を幼いながらも見て来た私はこの国の惨状を理解しているつもりです」


「そうか。そうだったな。だがお前の父が夢見た国は今や龍武ではなく(そう)になっていると思うぞ?」


「何ですって?」


 カンナは程突を睨み付けたが程突は鼻で笑った。


「民の声を聞かず国の衰退に関心を示さない皇帝と、今まさに新たな国を興し武術国家の繁栄へ向かおうとしている皇帝。果たしてお父上はどちらの国が作りたかったんだろうな?」


「青幻は国を作る為に関係のない人々を殺しました! それは国を作って皇帝になったからって消える罪じゃない!」


「大業を成す為に多少の犠牲は必要。その犠牲の上に暴力も人身売買も貧富の差もない平和な国が作られるのだ!」


 程突は立ち上がった。そしてズカズカとカンナの横に来てカンナの顎に左手を当てた。


「俺はお前が気に入った。もしお前が蒼の為に力を貸すと言うなら俺が青幻(せいげん)様の幹部になれるように推挙してやろう。どうだ? 悪い話ではないだろ? お前の父上の望む銃火器のない武術のみの平和な国で重鎮として働けるのだ。そうすればお前のその篝氣功掌(かがりきこうしょう)も世界に広める機会が訪れるだろう。確か澄川孝謙は篝氣功掌を世界に広める事が夢だったのだろ?」


「お父さんは私が青幻の(もと)で働く事を望むわけない!! 勝手な事言わないで!!」


 カンナの突然の怒声に程突は目を丸くしてカンナを見ていた。周りの程突の仲間達からは殺気が飛んで来た。


「そうか。残念だ」


 程突はカンナの顎から左手を離すと右手の中で転がし続けていた小石を叩きつけるように川に投げ込み、仲間達に出発の合図をした。

 カンナはまた神樂に抱えられ馬に乗せられた。


「お前は馬鹿だよ澄川カンナ。程突さんの好意を無駄にするとはな。せっかく助かるチャンスだったのによ」


 カンナの後ろに乗った神樂が呆れたように言った。


「罪のない人達の犠牲の上に作られた悪の国なんかに平和は訪れない」


「そうか? 俺からしたら龍武の方がよっぽど悪だと思うぜ?」


 言いながら神樂は馬腹を蹴り馬を出した。

 神樂の何気ない発言が、何故かカンナの心に引っ掛かった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ