第58話~合流、5人の刺客~
学園から連れ去られて3日が経った。
カンナは手枷を付けられたまま程突の右側に並んで歩いていた。手枷が周りから見えないように程突が身に付けているものと同じ薄汚い麻のローブを着させられ、手枷はそのローブの中に隠させられた。
『途中通りすがりの者に助けを求めればその者を殺す』と言われているので旅人のような男と数名すれ違ったが黙ってやり過ごした。そもそも助けを求めたところでその者が程突に勝てる者でない限り殺されてしまう可能性がある。いっそのこと程突を倒して逃げようかと思ったが、その度に手枷の爆弾の話を思い出し行動に移すことをやめた。やはり手枷を外させる口実が必要だった。
程突も顔の包帯がバレないようにローブのフードを深く被っている。
昨日雨宿りの為に立ち寄った建物を出てからずっと山道を歩き詰めだった。流石のカンナも足がパンパンに張り息が上がっていた。
程突はカンナを蒼国に連れて行くと言っていたのでこの山が小龍山脈なのではないかという事位は予想がついた。小龍山脈を越えればもうそこは蒼国に入る。徒歩で進めば小龍山脈を抜けるのに少なくとも5日は掛かるだろう。その間に何としてでも手枷を外させる隙を作らなければならない。
カンナが歩きながら考えていると、後頭部で髪を結いていた青いリボンがスルりと解けハラハラと地面に落ちた。
カンナがそのリボンを拾おうと振り返ろうとすると程突に肩を掴まれた。
「何処へ行く? 真っ直ぐ歩け」
「あの、リボンが落ちてしまって」
「リボンだあ?」
程突はカンナが指さした方を見たが興味を示さなかったようでカンナにまた前を向かせると歩き始めてしまった。
「あのリボンは母の形見なんです。拾わせてください」
「母の……形見」
程突はポツリと呟くとそのリボンを指さした。
「なら、さっさと拾え」
カンナはすぐに落ちたリボンの前でしゃがみ、手枷を嵌められた手を伸ばした。
すると突然一陣の風が吹き、カンナの青いリボンは宙を舞い近くの高い木の枝に引っ掛かってしまった。
「嫌だ……嘘でしょ!?」
カンナはその木に近付き登ろうとしたが手枷の付いた手ではとても登れそうもない。
カンナが途方に暮れて枝に引っ掛かったリボンを眺めていると、カンナの後ろにいた程突が近くの木々同士を巧みに蹴りながら登って行き、リボンが引っ掛かった枝を刀で切り落とすとその枝を持ってカンナの前に着地した。
そして引っ掛かっていたリボンを取りカンナに差し出した。
「大切な物なら失くさないようにしまっておけ」
「……あ、ありがとうございます」
程突はカンナの肩を無言で押すとまた歩き始めた。カンナは手枷のせいでリボンを再び結ぶ事が出来ないので失くさない様に両手でしっかりと握り締めた。
しばらく歩いていると複数の馬蹄が聴こえてきた。その音はこちらに近づいて来る。
「遅かったな。お前達」
程突が振り向くと同時にカンナもやって来た者達を見た。
そこには5人の男女が馬に乗り、皆こちらを見ていた。良く見ると乗り手のいない馬を1頭連れていた。
「まあ怒らないでくださいよ、色々と情報も仕入れて来ましたので」
白髪のロングヘアーで浅黒い肌に刺青を入れた露出の多い格好の女が言った。
「情報とは?」
程突が聞くと今度はキセルを吸っている中年の男が答えた。
「澄川カンナを捜索する為に学園から14名が2日前に大陸側に渡った。7班に分かれ、早い班では既に小龍山脈に入ったようだ」
キセルの男が白い煙を吹かせながら言うと程突は舌打ちをした。程突に対して敬語を使っていないところを見るとこの者達は程突の部下というわけではなさそうだ。しかし、それでいて程突に従っている風ではある。
「まあそんな人数ならこの険しい小龍山脈に入ったところで俺達を見付ける事など出来ねーだろ」
程突は道端の大きな石に足を組んで座った。
キセルの男からの情報に僅かな希望が生まれた。学園はやはり自分を捜しに来てくれた。それが例え少数だろうと学園の生徒達の力はかなり期待出来る。
「他の情報は?」
「帝都軍も動きました。こちらは2千と3千の2部隊に分かれ祇堂、南橙徳、蘭顕府辺りの平野部と青龍山脈など検討外れの場所を捜索しております。しかし、そちらの捜索が終わればいずれ小龍山脈に入るでしょう」
今度は和服姿で扇子を開き口元を隠している女が報告した。
「帝都軍がたかが学園の女1人の為に兵を派遣しただと? そんなにこの女には価値があるのか?」
程突は立ったまま情報を共に聞いていたカンナを横目でチラリと見た。カンナは何も答えず目を逸らした。
「捜しているのは学園や帝都軍だけではありません。陛下も程突殿を捜しておられます。斥候部隊を10名派遣した模様です」
次に答えた男は50センチメートル程の長さの棒を腰に挿していた。見た事のない形状で武器なのかさえ分からない。
「そうか」
程突は今迄とは異なる声色で短く答えた。
「最後にもう1つ。馬香蘭殿が行方不明となっております」
腰に『手甲鉤』という刃が爪のように付いている武器を腰の両側に装着した全身傷だらけの男が言った。
「馬香蘭が? 確かあいつは多綺響音を始末する任務に就いていた筈だよな」
「え!?」
響音の名を聞いて思わずカンナは声を出して驚いてしまった。その反応に当然その場の6人の視線はカンナに集まった。
すると程突は顎に手をやりカンナを包帯の間から覗かせた目で見た。
「そうか、多綺響音も元は学園の生徒だったんだもんな。そりゃ知り合いなわけか。にしても酷い学園だぜ。暗殺者を育てちまうんだからよ。あの女にはうちの幹部達が随分世話になった。見付け次第あいつは死刑だ」
「響音さんはあなた達には捕まりませんよ。その馬香蘭て人も響音さんに返り討ちにされたんじゃないですか?」
カンナが冷笑して言うと6人の視線に殺気が混じった。そして色黒の女が馬を下りカンナに近付いて来て胸ぐらを掴んだ。
「何だぁ? この女。捕虜の分際でクソ生意気な」
その女は乱暴にカンナの胸ぐらをグイグイ引っ張り睨み付けて来たのでカンナも負けじと睨み返してやった。
「何だその目は!? この、クソガキが!!」
パチンと乾いた音が響いてカンナは地面に倒された。頬を引っぱたかれた。物凄い威力だったので麻痺して痛みがまだ伝わって来ない。
「気持ちは分かるが、殺すなよ。神樂」
程突は落ち着いた様子で倒れたカンナを見ていた。他の者達も腕を組んでただカンナを見ている。
「分かってる。殺さないさ……」
言いながら歯を食いしばり神樂と呼ばれた女の視線がカンナの手に握られたままの青いリボンに動いた。
「ん? 何お前大切そうに持ってんだそれ。ちょっと見せてみろよ」
「嫌です」
カンナは神樂の伸ばした手を避けるように身体を背けた。
「そんなに大切な物なのか? なら益々見せて欲しいな。寄越せよ!!」
神樂が無理矢理カンナの手からリボンを奪おうとするのでその手を振りほどこうともがいてる拍子に鉄の手枷で神樂の顔を殴ってしまった。
その瞬間に他の程突の仲間達が各々構えてカンナを睨んだ。
「いってーな。先に手を出したのはお前だぞ? クソ女!!」
神樂は言いながら鬼の様な形相でカンナを睨み付けいつの間にか手に持っていた小さなナイフの様な刃物をカンナに振り下ろした。
カンナが手枷で顔を防いだ時、刃物同士のぶつかる音が頭上で響いた。
「やめろ。神樂。この女を殺せばお前も殺す。この女は生きたまま青幻様に引き渡すと言った筈だ。死にたくなければこの女にちょっかいを出すな」
程突はまさにカンナの頭上で神樂のナイフを刀で受けていた。
神樂は舌打ちをしてナイフを引いた。
「わーかったよ。ったく、面白くねーなー」
神樂は不満そうに頭の後ろで手を組み程突から目を逸らした。
「そうだ。神樂、蛇紅。澄川カンナの面倒はお前達が見ろ。女同士なら何かと都合がいいだろ」
程突の思い付きのような命令に神樂は嫌悪を表しまた舌打ちをした。
「畏まりました。ついでに神樂が澄川カンナに乱暴しないかも見張っておけばいいのですね」
神樂の態度とは対照的に、馬上で扇子をパタパタと扇いでいる蛇紅という女は素直に返事をした。
「流石、蛇紅は察しがいいな」
程突が蛇紅だけ褒めると神樂は不機嫌そうな顔で、叩かれて地面に座ったままのカンナに近付き手を差し出した。
「俺は賀樂神樂ってんだ。宜しくな、澄川カンナ」
カンナは差し出された手は取らず1人で立ち上がった。
「可愛くねーな」
神樂が悪態をついたがカンナはそれさえも無視した。
「話は終わりだ、すぐに出発する。神樂、澄川カンナをお前の馬に乗せて運べ」
「はいよ」
神樂は嫌そうだったが気だるそうにカンナの手を引き自分の乗っていた馬の横に来ると、カンナの両脇に手を入れそのまま軽々と持ち上げて無理矢理馬に乗せた。そしてその後ろに神樂は身軽に飛び乗った。
「よし、李超と狼厳は後方を警戒しながら就いて来い」
「承知」
棒を腰に下げた男、李超と傷だらけの手甲鉤の男、狼厳が返事をした。
「耶律柯威と蛇紅、賀樂神樂は一緒に来い」
程突は指示を出し終わると馬に飛び乗りすぐにまた山道を登って行った。
「程突さーん! ちょっと待ってくれ!」
カンナの後ろで馬を操っている神樂が声を出し程突を呼び止めた。
「何だ? 神樂」
「この女さぁ、くっさいんだけど!! 」
カンナの後ろに乗る神樂はカンナの頭や身体に鼻を近づけ好き勝手言い始めた。
カンナは前を向いたまま静かに言葉を返した。
「3日もお風呂に入れてもらえてないんだから当たり前じゃないですか」
カンナのフラストレーションは限界に近付いていた。特にこの神樂が来てからカンナの心は穏やかではない。手枷がなかったらこの女を倒す事など簡単な事だ。もしかしたら程突を含めた6人全員も倒して逃げる事が出来るかもしれない。
しかし、今は全てこの鉄の手枷に支配されている。
「仕方ない。この先の川で水浴びでもさせてやるか」
カンナと3日間共に歩いて来た程突は、時々自らの身体を濡れタオルで拭ったり、湧き水で髪を洗ったりしていたが、その間手枷を付けられたカンナは身体を洗えなかった。程突も女であるカンナの身体をタオルで拭ったりはしなかった。それ故カンナの身体に手を出してくるという事もなかった。程突の敵ながら紳士なところには助かっていた。
ふと、カンナは閃いた。
水浴びをさせて貰えるという事は服を脱げる筈。服を脱げるという事は手枷を外してもらえる筈。つまり、水浴びの時が脱走のチャンスになるかもしれない。
カンナは神樂の馬に揺られながら脱走計画を練る事にした。




