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序列学園Ⅱ~とある学園と三つの国~  作者: あくがりたる
蒼幻の章《護衛任務編》
33/132

第33話~祁堂の戦い~

 真っ赤な血が宙を舞った。

 程突(ていとつ)の顔面に鋼鉄製の(べん)がめり込み肉を抉り骨を砕いた。

 奈南(ななみ)は血の付いた双鞭(そうべん)を振り抜いた。

 程突は呻き声を上げ、顔から夥しい量の血を流しながら地面を転がっていった。

 流石に死んだと思った。しかし、程突はすぐに立ち上がり、顔を抑えたまま奈南に背を向けて負傷しているにも関わらず身軽に建物の屋根に跳びそのまま逃走を図った。


「逃がさないわよ」


 奈南は程突の姿を捕捉しつつ手にしついる右の鉄鞭(てつべん)をしなるムチのように振った。するとただの直ぐな棒だった鉄鞭はその棒部分を構成している節と節の間が伸び、5メートルもの長さに変形し、幕舎の上に飛び乗った程突の背中を掠めた。

 だがその攻撃も程突の脚を止める程には及ばず、背中の肉を僅かに切り裂いただけだった。

 逃げられる。そう思ったが、突然、何か細い黒い影が奈南の視界を横切った。それと同時に屋根にいた筈の程突が姿を消しており、建物の陰に落下する音だけが聴こえた。


「わたくしから逃げられると思ったのかしら?」


 奈南が声の方へ視線をやると、そこには薄い紫色の長い髪を靡かせながら後醍院茉里(ごだいいんまつり)が弓を片手に遠くから歩いて来た。


「茉里さん、流石ね。あんなに遠くから敵を射抜くなんて」


「それは当たり前の事ですわ。わたくしが狙いを外す事なんてありえませんから」


 茉里が左手を口に当てて得意げに微笑んだ。

 ところがその時、程突の落下したであろう場所から物音が聴こえ、その音は足音に変わりそのまま遠ざかって行った。

 奈南も茉里もその音に気付き、急いで建物の陰を確認しに走ったが、そこには大量の血溜まりと点々と続く血の道が1つの方向へ続いていただけで程突の姿はすでになかった。その血痕を2人で辿ったがすでに陣の外へまで伸びていた。

 奈南と茉里は顔を合わせた。


「信じられないわね。あの深手で」


「矢が落ちていないということは、わたくしの矢はやはり当たっていたのですわ。仕留め損なってしまったようですが」


 茉里は不服そうな顔をしながら血痕が伸びる方角を眺めていた。


「陣外まで深追いは出来ないわ。一旦将校達の元へ戻り報告しましょう」


 奈南は茉里にそう言うと、茉里は素直に従い共に十亀(とがめ)達を探した。



 ****



 薄全曹(はくぜんそう)孟秦(もうしん)が突然動き出した。

 久壽居(くすい)も木曽も迎撃体制は取っていたので意表を突かれたというわけではない。自軍の兵に槍を構えさせ、敵が迫るのを待った。

 この敵の突然の動きの少し前に、どうやら後方の帝都軍本営内で奇襲があったようで、久壽居と木曽(きそ)が率いている兵力1万6千以外応援は来なかった。敵は薄全曹と孟秦の兵力合わせて3万である。

 3万の敵兵が一気に襲い掛かってきた。それは恐らく、こちらの兵糧庫襲撃を受けての判断だろう。敵は(そう)の首都『焔安(えんあん)』からの遠征軍。兵糧を経たれればもう何日も持たない。

 本来であれば総兵力はこちらの方が上。しかし、帝都軍本営内の奇襲で他の将校達がその対応に当たり前線に兵を割けなくなっている。

 久壽居は1万の兵を率いて薄全曹の1万5千にぶつかった。久壽居の北側を守備する木曽は6千の兵で孟秦の1万5千に当たらなければならない状況だ。孟秦の戦の腕は久壽居は良く知っていた。故に将軍である木曽でも孟秦には勝てないと思った。しかも木曽の兵はたったの6千だ。久壽居が早急に薄全曹の首を挙げ、敵の士気を下げなければならない。

 他の方法として、この戦の総大将である宝生(ほうしょう)自らが3万の本営の兵を動かし木曽の援護に入れば敵を退ける事が出来るだろう。

 だがそれは最後の手段である。

 久壽居は目の前に迫る薄全曹の騎兵を注視した。騎兵の横1列の長い波が雄叫びを上げ突っ込んで来る。


「弓兵! 射てーー!!」


 久壽居が叫ぶと後方の弓兵達が一斉に矢を放った。矢は空を黒く覆い、迫り来る騎兵達に降り注ぎ何百騎も撃ち殺した。

 しかし、敵の騎兵は倒れた騎兵を踏み潰しこちらに勢い良く突進して来る。

 久壽居の最前列の槍兵達は槍を突き出し、騎兵を突き殺した。

 1度騎兵の勢いを殺したので、久壽居は槍兵を全員横に捌けさせ、後方から騎兵を出した。その騎兵達と薄全曹の騎兵達をぶつからせた。

 久壽居も自ら馬を駆り、槍を振り回し敵兵を1人2人と突き殺していった。

 久壽居の鍛えた兵達は薄全曹の兵を次々に倒していった。

 こちらの目的は薄全曹の首。それ以外には構っていられない。木曽の援護に行く余裕はない。だから一刻も早く薄全曹の首を挙げなければならない。


「薄全曹の首を取る! 俺の周りの敵を駆逐せよ!」


 久壽居の号令で後方の味方の騎兵が集まって来て久壽居の援護を始めた。久壽居の周りに群がっていた敵兵は大分減り、敵陣の奥へと進む道が拓けた。その先に馬上で指揮を執る薄全曹の姿が見えた。久壽居はすぐに馬を薄全曹の元へ疾駆させた。

 しかし、突如現れた、兵とは違う鎧を着た男に進路を阻まれた。

 どうやら薄全曹の部隊の隊長のようだ。他の兵とは動きが違う。隊長の男は薙刀を操り、久壽居を翻弄した。


「この俺に挑むとは、死にたいようだな!」


 久壽居が隊長の男の薙刀を槍の柄で受け言った。


「久壽居! 貴様の首さえ取れば俺達にも勝機がある! 刺し違えてでも貴様を殺す!」


 男は薙刀を押す力を強めた。だが、所詮、久壽居の相手にはならなかった。久壽居は簡単に男の薙刀を弾き、槍の柄で男の身体を叩き、怯んだ隙に、馬上で飛び上がり、男の頭に蹴りを入れた。メキッ、という音と共に男は馬から落ちそのまま動かなくなった。

 久壽居はまた馬に跨ると死んだ男はもう見ずにまた薄全曹の方へと馬を駆けさせた。





 孟秦という男の用兵は巧みだった。

 兵の動きが統率されており、鍛え上げられた帝都軍の兵と互角くらいに良く動いた。

 お陰でこちらの兵が死んでいく光景を何度も目にする事になった。

 久しぶりの劣勢に木曽は焦っていた。

 よりによってこちらはたったの6千。対する孟秦は1万5千。敵が雑魚なら兵力の差など大した事はないが、孟秦の使う兵では余裕がない。

 木曽も槍を取り、敵陣に馬で突っ込んだが、敵の槍を躱すのに精一杯で孟秦まで辿り着けない。そうしている内に味方が死んでいく。


「持ち堪えろ! 孟秦をここで打殺せ!!」


 木曽の鼓舞に兵達は声を上げたが状況は変わらなかった。

 その時、後方から何かが近付いて来るのを感じた。振り返ると下級将校の水主村(かこむら)が兵を率いて駆けて来ていた。


「木曽将軍! 援護致します!」


「助かる! 水主村将校は迂回して孟秦の側面を突け!!」


 木曽の大声と身振り手振りで水主村率いる部隊は大きく迂回して孟秦の側面へ回り、一斉に突っ込んだ。その数3千。木曽の率いる6千と合わせても孟秦の兵力にはまだ及ばない。だがそれでも今までより遥かにマシだ。

 水主村の側面からの攻撃により僅かだが孟秦の兵は崩れ始めた。その瞬間に木曽は数騎を率いて孟秦の元へ駆けた。一気に首を取る。行く手を遮る敵兵は突き殺した。視界に孟秦らしき男を捉えた。


「孟秦!!」


 木曽が叫ぶと男がこちらを見た。男の顔がはっきり見える所まで近付くと、その顔には大きな傷跡があった。間違いなく孟秦だ。孟秦は手に持った大きな刀を構え馬で駆けて来た。

 木曽の槍が孟秦を狙う。

 擦れ違った。

 槍に衝撃が走った。

 木曽はすぐに反転した。孟秦もこちらに向き直っている。

 木曽は掛け声と共にまた駆け出した。

 孟秦も同じく刀を構え駆け出した。

 交差。

 今度はその場で止まり打ち合った。

 木曽は槍を孟秦の身体目掛け何度も突き出した。しかし、孟秦は刀でそれを払い、全て躱した。

 孟秦の刀が木曽の右肩を斬った。肩からは血が吹き出していたが構わず槍を突き出し続けた。


「孟秦! 覚悟ー!!」


 その時、水主村が刀を持って単騎で孟秦へ突っ込んで来た。

 2対1なら勝てるかもしれない。

 しかし、孟秦は水主村の方へは一切振り向かず、そのまま木曽の身体へ刀を振り下ろした。槍の柄で防いだが、その槍ごと木曽の身体は刀で斬られ、鮮血が噴水の様に噴き出した。


「木曽将軍!!?」


 水主村が叫んでいたが、木曽の視界は徐々に霞がかかるように不鮮明になり、最後に見えたのは孟秦が水主村の方へ駆けて行く姿だった。

 それからどうなったのか、もう木曽には分からなかった。





 目の前には薄全曹がいた。

 その鋭い眼光は久壽居を持ってしてでも思わず息を呑む程だった。

 久壽居が薄全曹の姿を見るのは今回が初めてである。今まで何度も戦で衝突したが、薄全曹は後方で指揮を取っているだけで実際に姿を見た事はなかったのだ。

 その姿はまさに歴戦の猛将のようで、久壽居が今までに見てきた敵の中で群を抜いて凄まじいものを感じた。例えるなら、かつて学園にいた、袖岡(そでおか)太刀川(たちかわ)などの師範達のような風格があり、恐らく青幻(せいげん)の上位幹部の中で最も優れているのではないかと思う程だ。

 間違いなく、孟秦よりも格上だ。


「久壽居朱雀と申す! 薄全曹殿! 一騎討ちを所望する!」


 薄全曹は馬上で槍を持ち、静かに久壽居を見ていた。

 髪や口の周りの髭は全て白くなっており、顔に刻まれる皺もかなり深い。それでいて体格は屈強である。


「儂と一騎討ちとは片腹痛い。お主の様な小童など相手にする価値もない。もうお主らの負けじゃ。指をくわえて大人しくそこでこの戦の終焉を見ておれ」


 薄全曹は久壽居の一騎討ちにまるで応じる様子はなく、槍を構えようともしなかった。


「そう言っていられるのも今のうちですぞ」


 久壽居が仕掛けると、薄全曹は目を見開き、持っていた槍を真っ直ぐ投げて来た。


「くっ!」


 久壽居は矢のように飛んで来た槍を躱して薄全曹の元へ馬を駆けさせた。薄全曹は馬こそ動かさなかったが腰の刀の柄に手をやった。薄全曹の周りの騎兵が久壽居に襲い掛かった。

 久壽居は槍で敵の槍を打ち落とし、確実にその身体を槍で突いて落とした。


「目障りだぞ、小童」


 久壽居が槍を薄全曹に突き出した時、薄全曹は馬から飛び上がり空中で回転し久壽居に刀を振った。久壽居は槍でそれを受け、薄全曹を押し返した。薄全曹は久壽居のすぐ横に着地し、久壽居の乗る馬の脚を刀で斬りつけた。バランスを崩した馬はその場に倒れ、久壽居を背中から放り出した。

 久壽居は地面を転がり体制を立て直し、薄全曹を正面に捉えた。

 薄全曹は刀を構えこちらの動きを窺っている。

 久壽居は槍を捨て、素手で構えた。


「そうか、確かお主は割天風(かつてんぷう)の学園の体術使いの男じゃったな。ならばその体術、見せてもらおうかの」


 薄全曹は無表情で言った。

 久壽居を前にしてこの余裕を見せた者は、過去に2人だけいた。それは元学園総帥の割天風、そして、澄川(すみかわ)カンナの父、澄川孝謙(すみかわこうけん)だ。久壽居がかつて勝てなかった相手。その2人と同じように薄全曹は冷たい眼差しで久壽居を見ていた。

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