第26話~響音、悪に正義の鉄槌を下す~
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八門衆の乾から神髪瞬花捕縛失敗の報告が重黒木の元へ入った。その報告で、我羅道邪が神髪瞬花を狙って動いていたという驚愕の事実も同時に知ることとなった。
斑鳩達が神髪瞬花捕縛任務に出発して10日が過ぎていた。斑鳩達は八門衆含めて皆無事らしい。
重黒木の執務室で乾は片膝を着いて重黒木の命令を待った。部屋の隅には海崎が難しい顔をして佇んでいる。
「我羅道邪が動いたのであれば我々学園だけの力ではどうしようもあるまい。神髪瞬花を野放しにしておくのは宜しくないが、斑鳩、水無瀬、蓬莱の3人は任務を解く。直ちに学園に帰還させよ。神髪瞬花は今八門衆の誰が追っている? 乾」
「離と巽です」
「よし、では離は引き継ぎ神髪瞬花の追跡。巽は我羅道邪の動きを偵察。お前とドゥーイは離と巽が手に入れた情報を学園に運べ」
「はっ!」
「それと、一度ドゥーイと合流する前に、宝生将軍の元へ寄り、我羅道邪が動いた件を伝えろ」
「心得ました」
乾はすぐに部屋から出て行った。
「事態は芳しくない方向に向かっていますな」
海崎が直立したまま言った。
「神髪瞬花は野放しにしておくには危険過ぎる。神髪瞬花を従えた国がこの世界を支配すると言っても過言ではない。あの女は俺の手にも負えない。……まったく、割天風先生はとんでもない物を生み出してしまった」
重黒木は深い溜息をついた。
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弱い雨が降っていた。昼間だというのに日差しがない。雨は昨日から強まったり弱まったりを繰り返している。
カンナは1人、宝生に用意された本営内の小さな部屋の隅に椅子を起き、裸足で膝を抱えてじっとしていた。
このまま濡れ衣を着せられて自分だけ学園へ帰還命令が出されるのだろうか。それはあまりにも惨めである。茉里や燈、奈南は将校達と上手くやっているだろうか。それぞれの護衛対象の将校の元へ別れてから1度も会っていない。
響音が任せろと言ってくれたが本当に上手くいくだろうか。きっと物的証拠は何も出て来ないだろう。押領司の顔を思い出すと非常に不愉快だった。今すぐ殴ってやりたい。今まで憎しみという感情は極力封印してきたが、今回ばかりは我慢出来なそうだ。帝都軍は絶対的な正義だと思い込んでいた。故に裏切られたという気持ちが大きい。
兵士が食事を運んで来た。しかし、カンナはそれを一瞥しただけで、食べる気力は湧かなかった。
すっかり夜も更けた頃、ようやく雨が上がった。
響音はまた宝生の本営に姿を現した。そして、迷うことなく盛満の部屋へ向かった。
「ご無沙汰しております。盛満さん。お酒の差し入れなんですが、一緒に飲みません?」
入口から顔を覗かせた響音は酒の瓶を抱えながらチャームポイントの八重歯を見せて可愛らしく微笑んだ。
「おお! 響音ちゃん! ありがとう! ははは! いいよ! 飲もう飲もう! さ、こっちへおいで」
帝都軍の本営には度々訪れる機会があるので響音と盛満は顔見知りだった。
響音の顔を見るやいなや機嫌を良くしニヤける盛満の元へ「失礼します」と近付き、盛満が腰掛けていたベッドに腰を下ろした。
「なんか色々あったそうですね。押領司上級将校が澄川カンナを襲ったって方方で噂になってますよ」
響音はさり気なく本題を切り出した。長くていい感じに肉の付いた響音の脚は、黒いニーソックスを履いている為、ニーソックスのゴム部分で少し絞られた肉が卑猥さを漂わせていた。そして、そのぷっくりと絞られた肉から短い着物の裾までの間はまさに『絶対領域』が広がり、響音の血色の良い肌色が盛満の目を釘付けにしていた。
響音はわざと脚を組み、その絶対領域を強調して見せた。
「馬鹿な。押領司上級将校がそのようなことする筈がない。澄川カンナが自身の怠慢を隠蔽する為にそのような出任せを吹聴しているのだろう」
流石に盛満はボロを出さなかった。
響音は脚を組み直して見せた。そして、持ってきた酒を部屋にあった盃に注ぎ盛満に渡した。
「本当ですか~? 盛満さんだって、さっきから私の脚、ずっと見てるじゃないですか~? 男の人って、やっぱりこういうの我慢出来ないんでしょ? 特に軍人の人って、戦が始まるとなかなか女の子と会えないですからね」
「んん……まあ、否定は出来ないね。そりゃあねぇ、そんな綺麗で妖艶な脚を見せられたらね」
言いながら盛満は響音の太ももに手を伸ばしてきた。
掛かった。しかし、肝心な証言を聞き出すまではまだ泳がせる必要がある。酒を呑みながら盛満の手は響音の絶対領域を厭らしく撫でていた。その手が徐々に着物の裾の中へと伸びていく。
「こら! そこまではタダでは触らせませんよ」
響音はギリギリのところで盛満の手首を掴みその動きを止めた。
「ぬ~……いくら欲しいんだい? 響音ちゃん」
盛満は気味悪くニヤニヤとしながら懐から金の入った小袋を取り出した。
「お金より、なんか面白いお話聴きたいなぁ~。あたしが面白いと思ったら今夜はあたしのこと好きにしていいですよ?」
響音はまた八重歯を見せて微笑むと盛満の肩に寄り掛かった。
「よーし、そうだな……」
盛満は次から次へと酒を飲みながら色々な話を始めたが、どれも本当にくだらない話で響音は次第に苛つき始め1度ぶん殴ってやろうかと思ったが堪えた。響音も酔わない程度に酒を飲んだ。
「えーダメー! それじゃああたしの身体と釣り合わないなぁー」
響音は意地悪く口を尖らせた。
「はぁ……じゃあ、絶対に誰にも言わないと約束してくれるかい? それと、面白かったら絶対今夜は朝まで付き合ってもらうよ?」
「わあ、絶対秘密にします! 面白かったらいっぱいサービスしちゃいますよ! あたし結構夜の相手は上手いですよ?」
響音は胸の谷間も盛満に見えるように強調して見せた。そして舌で1度唇をペロリと舐めて見せた。
盛満の理性は限界であろう。鼻息が荒く目が血走っている。盛満は辺りを見回し誰もいないことを確認すると、響音の耳元で囁くように話し始めた。
「実はね、学園から護衛が来るという話が我々に入った時、押領司上級将校に可愛くて若い女の生徒がいたら他の将校達より先に護衛に付けるように頼まれたんだ。俺は宝生将軍の側近だからね、その護衛の人事は俺の一存で決められた。で、いざ護衛の生徒達が来てみれば皆可愛いい女の子じゃないか。俺はその女の子達の中で一番可愛くてスタイルの良かった澄川カンナを押領司上級将校の護衛に付けたんだ。押領司上級将校は色情の人一倍強い方だからね。かなりご無沙汰みたいだったから大喜びだったよ」
響音はその発言を確かに聴いた。酒で気が大きくなったのか、盛満は悪びれる様子もなく笑いながら話していた。
今すぐ殺してやりたい気持ちを必死に抑え、響音は盛満の盃にどんどん酒を注ぎながら質問を続けた。
「それで、澄川カンナを押領司上級将校が襲ったんですね?」
盛満は言葉を渋った。
盛満の悪逆は確かに聞いたが肝心の押領司がカンナを襲ったという事実はまだ聞き出せていない。
「ねぇ、盛満さん」
「それは俺にも分からない」
響音はまだ渋る盛満の右手を掴み、自分の左の胸に充てがった。
「ほほお。これは……」
盛満は目の色を変えて響音の胸に充てがわれた指を厭らしく動かし揉みしだいた。
盛満は突然響音をベッドに押し倒した。
「響音ちゃん! もういいだろ? 一発ヤラせてくれ! 俺はもう我慢出来ない!」
「澄川カンナも……こう、やられたのかしら?」
響音は顔を赤らめて言った。
「妙に拘るね、響音ちゃん」
盛満は響音の顔の横で囁くように言った。
「あたし、実は、あの子のことが学園にいる頃から大嫌いでさ、あの子の悲しむ姿はあたしの喜びなの。……だから真実をどうしても知りたくて……」
こんなことは言いたくなかった。確かに嫌いだった時期もあった。今は違う。しかし、カンナの無実を証明する為、断腸の思いでこの苦痛を耐えた。
「そういうことだったのか。安心しな。俺は押領司上級将校に澄川カンナが襲われるところを実はしっかりとこの目で見ている。俺は邪魔が入らないように周りの守備の兵を追い払った後、こっそり部屋を覗いていたからね。俺も澄川カンナには少し興味があったんだ。あの子はどうも痴女臭がする」
盛満はとうとう喋った。その時の様子を思い出すかのようにニヤニヤと笑っていた。この証言を聞き出す為に下衆の盛満に身体を触れさせることや不本意な台詞を言うという屈辱を味わった。
「そう言うことだよ。絶対に誰にも言わないでくれよ。俺と響音ちゃんの秘密だ。もしばれたら俺は軍法会議に掛けられちまう」
響音は返事をせず微笑み、盛満を押し退けて起き上がった。
盛満は驚いた顔をしていたが響音は着物を着物の襟の辺りを緩め、両肩を露わにし、胸の谷間が見えるようにはだけさせたのを見てまた喜色を現した。
「それじゃあ盛満さん。約束通り、あたしを好きにしていいですよ? ほら、ここ、覗いて見て?」
響音は自分の胸の谷間を指差し、盛満を誘った。
盛満は嬉しそうに響音の胸の谷間を指で掻き分けた。
「ん? なんだ? これは」
盛満に響音の胸の谷間に何か小さな黒い長方形の物が挟まっているのを見せた。それを盛満が引っ張り出そうとした瞬間、響音は待ちわびたと言わんばかりに盛満の右手を掴みくるりと背中に回し肩の関節を極めた。
「響音ちゃん!? 痛いよ!!」
盛満が苦悶の表情を浮かべ響音に訴えた。
「これはボイスレコーダーよ。あんたと押領司の悪事はしっかりと録音させてもらったわ」
響音は着物がはだけて肩が見えた状態のまま盛満の背中に足を乗せベッドに押さえ付けた。
「何だって!? だ、騙したのか!? クソアマ!!」
「クソはあんた達でしょ? あたしの大切な仲間を傷付けやがって。地獄に堕ちるといいわ」
響音は盛満の腕を乱暴に放した。
「ま、待ってくれ! 響音ちゃん!? 勘弁してくれ! 俺は何もしてないんだ! 悪いのは押領司だよ?」
響音は片手ではだけた着物を直した。
「お前が関わっていたことは事実だ。相応の罰を受けなさい。このレコーダーは宝生将軍に提出する」
響音は胸の谷間から黒いボイスレコーダーを取り出して盛満に見せ付けた。
「頼む! 見逃してくれ! カネならいくらでも払う!!」
盛満は床に頭を付き必死に謝った。
「カネなんていらないって言ったでしょ? 謝るならあたしじゃなく、カンナに謝れよゲス野郎」
盛満は完全に青ざめていたが、突然響音を押し退けて部屋から飛び出して行った。
「あたしから逃げられると思ってるの?」
響音は逃げた盛満を追った。
「敵襲だぁーー!! 助けてくれー!!」
盛満は叫びながら本営内を走っていた。その声を聴きつけて兵士達がぞろぞろと集まって来た。
「多綺響音が裏切ったぞおー!!」
そう叫んだ時、盛満の身体は一陣の風と共にそこから姿を消した。
しばらくの間兵士達が騒いでいたが、その騒ぎも次第に収まっていった。




