将軍は普通にも戦います
御前試合の決勝戦は、特務隊のレノックス騎士と、近衛のゼス・ポーター様の一騎打ちとなった。五分以上の打ち合いの末、緊迫した試合はゼス様の勝利で幕を閉じる。
ゼス様は身のこなしが軽いタイプで、パワー系のレノックスさんの木剣を躱し続け、首筋に剣を当てて見事勝利した。
「すごいのね……!」
二人とも大柄なのにスピードがあり、何といっても打ち合っているときの迫力がすごかった。
時間にするとたった五分ではあったけれど、その時間はものすごく長く感じた。私ならあんなに動いたら30秒で息切れしそう。
わぁっと歓声が起こり、二人は笑顔で握手を交わして観衆に手を振った。
私たちは拍手と歓声で称賛を贈り、優勝者のゼス様は陛下の御前へ進む。
優勝者には、翡翠の勲章のほかに王国一の栄誉ともいわれる黒水晶の勲章も贈られた。
そのほかにも報奨金や二段昇級など、数多の褒美があるらしい。
ユンさんは近衛嫌いだけれど、「彼は信頼のおけるいい騎士です」と評価していた。陛下直属の近衛だそうで、私は姿を見るのは初めてだった。
「ゼス・ポーターは、公爵家の嫡男であり、まだ二十歳という若さ。そしてあの容姿です。現時点で、王妹殿下の婚約者候補に最も近い存在と噂されています」
「そうなんですか!?」
ゼス様は、亜麻色の髪はすっきりと後ろに撫でつけられ、淡い紫色の瞳が神秘的な美男子。アレンと同じくらいの長身で、王妹殿下と並ぶ姿をイメージするとその美貌も年齢もぴったりだと感じた。
「性格は負けず嫌いですが、正々堂々と勝負をしかけるタイプですから、騎士団でも評判がいいんですよ。ただ、清廉潔白な精神は完全に近衛向きで、戦場では生き残れそうにありませんが」
「もう戦なんてないことを祈るわ」
私は心底そう思った。
褒章の授与が終わると、いよいよアレンとの模擬戦が始まる。
いつもの黒い隊服から、上着を脱いでシャツに胸当てをつけたアレンが登場すると、場内が再び一気に沸いた。
毎日見ていて、さっきも会ったばかりなのに、その凛々しい姿にどきりとしてしまう。
夫が誰よりも美しいことは知っているけれど、今日は一段と輝いているように見えた。
「アレン様ー!やっちゃってくださーい!」
「!?」
これまで空気に徹していたジャックスさんが、まさかの声援を送る。
それを皮切りに、周囲の騎士らが口々に声援を送り、アレンは死んだ目になっていた。
周囲には凛々しく冷静な将軍にしか見えないだろうが、あれは心底嫌がっている目だ。
多分、「うるさいな……」とでも思っているんだろうな。
優勝者のゼス様は、近衛の仲間たちに向かって右手を掲げて士気を高めると、決戦のためにアレンと向かい合う。
体格はほぼ同じ。真剣な顔つきで試合に挑むのは双方同じだけど、アレンの方が雰囲気が鋭い。
ゼス様は将軍を前に、緊張気味に見えた。
美形騎士が二人ということで、ご令嬢方が「きゃぁぁぁ!」と悲鳴を上げている。
ユンさんやルードさん、ジャックスさんからの情報によると、アレンが負けることは万に一つもないらしい。
けれど、いざ自分の夫が剣を手に試合に臨む姿は心配で心配でハラハラドキドキの連続だった。
「アレン、大丈夫かしら」
怪我だけはしないで欲しい。
胸に手を当てて見つめていると、ユンさんがそっと優しい声で宥めてくれる。
「大丈夫ですよ。アレン様とゼス・ポーターでは実戦経験がまるで違います。それに、アレン様は速いんで」
「速い……?」
「ええ。誰より鍛錬に励む方ではありますが、振りの速さや身体能力は天性の才能です」
確かに、私がどれほど訓練したところで、もとの運動神経がユンさん並みになることはない。
「あの、当然の質問をしてごめんなさい。特務隊で一番強いのは、やっぱり将軍のアレンなんでしょうか?」
私の質問に、ユンさんはちょっと悩んでから答えた。
「どうでしょうね、状況にもよると思いますが……まともにやり合えばアレン様かと。けれど、汚さで言うとルードさんかジャックスか……。あの二人は本当に汚い手を堂々と使いますからね。さきほど戦っていたレノックスは、特務隊の中では近衛に近いタイプですから、何でもありになると最初に倒れます」
「ええっ」
御前試合の準優勝者が最初に倒れるって、特務隊って一体どんな戦い方をするの!?
「懐に暗殺用の道具を仕込めるなら私もそこそこ戦えますが、経験が足りないので不安要素があります。生き意地の汚さと執念で言うとやはりアレン様が群を抜いていて、どんな状況でも生き残りそうです」
「えーっと、とにかく全員汚い勝ち方をしてでも生き残ることを第一にしているという解釈でいいのかしらね……?」
「もちろん。アレン様は何としても生きて奥様のもとへ帰るという目標がありますからね」
はい、大丈夫です。
私は「騎士道とは」とか言うような女ではありません。その道のことは、その道の方々に合わせますよ!
生きて帰ってきてくれるなら、それでいいです。
「けれど、やっぱり剣を交えるのは心配だわ」
「木剣なんて鞭より安全ですよ?」
そう言われても、武器は武器だと思う。ケガする可能性はゼロじゃないわけで……。
「アレン様は、普通の戦い方もできますからそんなにご心配なさらず。いきなり足払いをして馬乗りになったり、交えた剣を滑らせて近づき、空いている手で敵の額に掌底を叩き込んだりするような見どころはありませんが、そこそこ楽しい試合になるかと」
「…………御前試合でよかったわ」
審判を下す見届け人が中央に立つと、場内はしんと静まり返る。
二人は木剣を構え、いつでも戦える体制に入った。




