やるならひと思いにどうぞ
ルードさんを先頭に、私とアレンは御前試合の会場へ向かって城内を歩く。
するとそこへ、煌びやかなオレンジ色のドレスを纏ったローズ様が正面からやってきた。
近衛の隊長やその部下の騎士らに囲まれたローズ様は、まっすぐに私とアレンのもとへ近づいてくる。
ばったり遭遇したのなら、私たちが廊下の端で道を譲るのが礼儀だが、どう見てもこちらを目指してやってくるから、アレンに連れられてそのまま進んだ。
私たちを探して、わざわざ来てくださったのかもしれない。
その予想は当たっていて、ローズ様は私たちを見つけるとホッとした顔になる。
「ごきげんよう、ヒースラン将軍。ソアリスさん」
「ローズ様、ごきげん麗しゅうございます」
近衛は一斉にその場に控え、アレンは普段どおりだったけれど、私は居心地が悪いことこの上ない。
前に王妹殿下、隣には将軍(夫)。
なぜここに私が混ざっているのか……。自分の異質さを理解しすぎていて、笑顔を保つのが精一杯だった。
「ヒースラン将軍、どうしても御前試合の前に謝っておきたいことがございまして」
「ローズ様!?あの、先日のことでしたらもう……」
アレンの耳に入れたくない。
人を斬ったということに怖がっていたなんて、聞かされていい気分ではないはずだ。
動揺する私の前で、ローズ様はアレンに縋るような目で訴えかけた。
「私、ヒースラン将軍のことをずっと怖いと思ってました!人をたくさん斬ったという武勇を耳にして、それで、その、怖い人なのかもって、勝手に怯えて……!でもものすごくお優しい方だと知って、それからは大好きになって、いつも護衛をしてくださることに感謝しています!」
近衛の皆さんは聞こえないふりをしているけれど、その告白に息を呑み、呼吸を止めるのがわかった。
これは言わなくていいことだった、と全員が思っているに違いない。
隊長さんに至っては、石像になってしまったのではと思うほど硬直している。大丈夫かしらね……?
全員がそんな状態にも拘らず、アレンの反応はとてもとても薄かった。
「はぁ」
なぜこんな話を報告してくるのだろう、全身から疑問が伝わってきた。
「あ、あの。それで、私、ソアリスさんがヒースラン将軍の奥様だってわかっていなくて、そのことをソアリスさんに話してしまって……!本当にすみませんでした!」
アレンはやはり、「それが何か?」という反応のままだった。
しんと静まり返る廊下。
私はつい、アレンの袖を引いて謝罪を受け入れることを促す。
「アレン、どうか『お気になさらず』と言って、なかったことにしてください」
そっと耳打ちすると、アレンは頷く。
「殿下、お気になさらず。そもそも私は騎士ですので、敵を斬ることは常です。怖いと思うかそうでないかは、殿下の自由ですので特に私からは何もございません」
謝る必要はない、アレンはそう告げた。
けれどローズ様は目を伏せ、悲しそうに話す。
「でも、ソアリスさんに失礼なことを……。まさか、将軍の奥様がソアリスさんのような方だと思っていなくて」
将軍の妻、これじゃない感がありますもんね!私なら大丈夫です!
笑顔で受け流そうとすると、隊長さんが見かねて会話に割って入ってきた。
「ローズ様!もうこのお話はおしまいにしませんか!?そろそろ御前試合の会場へ向かわなくては!」
ところがここで、アレンがなぜか穏やかな笑みを浮かべて言った。
「ソアリスの愛らしさは想像を遥かに超えてきますから、殿下がわからなかったのも仕方ありません。それこそお気になさらず」
「!?」
やめて!!
お願いだから、こんなに大勢の前でそんな発言はしないでー!!
私は、顔面から火が出そうなほど恥ずかしかった。
「このように我が妻は控えめで心優しい女性ですが、とても芯は強く、頼もしいところもあります。いつも見せてくれる笑顔がまたかわいらしく、どこを探してもこれほど素晴らしい人は見つかりません。ですので、想像できなくても無理はないかと」
本当にやめてー!!!!
誰がどう見ても絶世の美女であるローズ様に対して、この平凡顔の妻を当然のように自慢するって何!?
近衛の皆さん、今すぐ忘れてください!
あぁ、もう羞恥で死にそう……。
思わず、ルードさんの剣を見てしまった。
いっそ、あれで私の胸を一突きしてこの辱めを終わらせてほしい……!
ルードさんは「ダメですからね?」と目で伝えてくる。
ローズ様は呆気に取られていたけれど、戸惑いつつも「そうですね」と同調してくれた。
気を遣わせて本当にごめんなさい!
「ローズ様、そろそろ……」
「あ、はい。それでは将軍、ソアリスさん、また今度ゆっくりとお話しましょう。お茶会を開くときにはぜひ来てくださいね!」
キラキラと輝くドレスの裾を握り、ローズ様はさっと背を向ける。
そして足元を気にしながら、近衛に囲まれて再び廊下を歩いていった。
残された私たちは、ローズ様ご一行が見えなくなるまでその場に立ち止まっていた。
「アレン、なぜあんなことを……」
泣きそうだわ。
両手で顔を覆い、思わず嘆いてしまった。
アレンは私の手を包み込むようにして両手で握り、顔を覗き込む。
「こんなに愛らしい妻を自慢せずにはいられなかった」
「それはあなただけが思っていることなんです!世間では通用しません!」
恥ずかしすぎて、涙目で叫ぶ。
お願いだからあんなことはやめて欲しい。
アレンは困ったように首を傾げ、まるでわたしが駄々をこねているみたいだ。
まったく通じていない。
「あなたが私を、かわいいと言ってくれるのはうれしいです。でも、ほかの人の前で私を褒めるのはやめてください。恥ずかしくて死にそうです」
必死で訴えかけると、アレンは渋々納得してくれた。
「ソアリスがそんなに嫌がるなら仕方ない。なるべく控えるようにする」
「お願いします……」
ようやくわかってくれた。
けれどホッとしたのも一瞬で、彼は私の手を取ると、指先や甲にキスをする。
「っ!?」
「だが、俺にとっては君が一番だ。それだけは絶対に変わらない」
逃げようと手を引くも、アレンはいたずらな笑みを浮かべ楽しそうな目をしている。
私が動揺しているのを楽しんでいるのがわかった。
こんなところを誰かに見られたら。
意識が飛びそうになったとき、背後から呆れたような声が響く。
「すみませーん。さっさと行きますよ~」
「「!?」」
ルードさんがいたんだった。
アレンはあからさまに舌打ちをして睨んでいたけれど、私にとっては救世主だ。
「痴話喧嘩の後にイチャつくのって、こんなに滑らかに移行するんですね~。アレン様が強引だから、奥様がかわいそうです」
腕を組んで歩き出すと、ルードさんがぼやくように言う。
「痴話喧嘩などしていない。ソアリスとは喧嘩になんてなるわけがない。口喧嘩だろうが何だろうが、いつだって全面降伏する準備はできている」
「そんなに自慢げに言うことですか!?」
ルードさんは補佐官だから、アレンの私に甘いところは知っているはずだけれど、さすがにこう何度も間近でこんなことを見せてしまったら申し訳ない。
「すみません。ルードさんたちの前ではなるべくアレンと適切な距離を置けるよう努めますので……!」
しかし、それはルードさんからあっさりと否定された。
「いえ、アレン様の機嫌がいいことが何より大事ですから、今のままでお願いします。業務に支障が出るよりマシですので」
「ええっ!」
驚く私の隣で、アレンが幸せそうに微笑む。
もしかして、逃げ道を塞がれた?
補佐官はどこまでも主人の味方だった。というより、仕事の味方なのか。
「これからもよろしく頼む」
「…………困ります」
どうやら私に心の平穏は来ないらしい。




