噂話はだいたい誇張されている【前】
舞踏会に到着すると、まずは主催者である宰相様へのご挨拶に伺った。
一般的には開場してから挨拶するけれど、アレンが宰相様のそばにいるので「せっかくなので始まる前に」とお声かけいただいたのだ。
ニーナや家族を連れて、ルードさんの案内で広い邸の中を歩く。
すれ違う警備の兵とルードさんは顔見知りらしく、ときおり笑顔で軽い言葉を交わしていた。
「ルードさんってすごく顔が広いんですね」
私には、皆同じ制服を着ているから見分けがつかない。話したことがない人は、誰が誰だかほとんどわからないのだ。
けれど、皆はどこかで私とアレンを見たことがあるらしく向こうは私のことを将軍の妻だと認識していた。
社交の場に出ると、自分がアレンの妻だということをひしひしと感じる。
元・成り金の父やお嬢様育ちの母は堂々としたものだったけれど、ニーナはずっと目が泳いでいた。
あぁ、あなたも「将軍の義妹」として注目を集める洗礼を受けているのね。わかるわ、その気持ち。自分が偉いわけじゃないのに、いろんな人に頭を下げられ敬われ、どうしていいかわからないのね。
ニーナをエスコートしているのは、特務隊の地味顔騎士で私の護衛のノーファさん。
薄茶色の短い髪をした21歳、うちと似たような貧乏具合の子爵令息だそうだ。ノーファさんは主に夜番や休日の護衛担当で、貧乏トークですっかり仲良くなった。
自分は騎士として身を立て、家のことは弟に任せたいと言っていたので、特務隊にずっといるつもりらしい。
ニーナとも初対面で打ち解けて、妹は彼のことを貧乏仲間として認識したようだった。
ちなみに、ノーファさんの恋人は同じ特務隊のレリアナさんという年上の騎士。ユンさんの先輩でもあり、「めちゃくちゃ怖い」んだそうな。きっと穏やかな平凡顔のノーファさんは癒しなんだろうな、と思った。
バイオリンの生演奏がホールから流れてくる中、私たちは広い控室へと通される。
ルードさんはここも顔パスで扉を通過し、大きな扉を開けるとそこに宰相様ご夫妻と娘さん、そしてアレンと騎士が3人いた。
「おお!ようやく将軍の細君が来てくれたか!」
白髪交じりの黒髪、威厳ある姿の宰相様がうれしそうに声を張った。
見た目よりも親しみやすい感じがする。
アレンは私を見ると目を細め、長い脚ですぐに距離を詰めてきた。
「無事に着いてよかった」
「お待たせいたしました」
私のエスコートは、ルードさんの手からアレンの手に変わる。
宰相様の前まで行くと、とても豪快に笑って迎えてくれた。
「サンドロ様。お待ちかねの、我が妻・ソアリスです」
「よく来られた!堅苦しい挨拶はなくていい、ゆるりとなさっていただきたい」
とにかく声が大きい人だ。
式典で遠目に見るくらいしかご縁がなかったから、こんなに明るくてフランクな人だったのかと驚く。
サンドロ宰相は若いときは近衛にいて、そこからケガで文官になった異色の経歴を持つ人物。わりとアレンや騎士団寄りの合理的な考え方をする人だと聞いている。
そんな雲の上の人物みたいな人が、私をお待ちかねってどういうこと?
きょとんとしていると、宰相様がまた大声で笑った。
「あはははは!ずっと会いたい会いたいとアレンに言っておったのだ!この男が辞職を願い出るほど愛してやまない妻は、一体どのような者かと思ってな!我らの間では、さぞ素晴らしい平和の女神なのではと話題なのだ」
「……その節は多大なご迷惑をおかけいたしました」
辞職願いの一件では、宰相様にもご心労をかけたと聞いている。
本当に申し訳ございません、と謝罪を繰り返すと、サンドロ宰相は「気になさらず」と言ってくれた。
それにしても、平和の女神とは……。もはや人間でなくなっている。
噂が誇張され過ぎて、私という実際の妻からは遠すぎる理想像が作り上げられていた。
平和の女神は、騎士団の執務室や廊下に絵画や彫刻が置かれているから見たことがある。白い長衣を着た絶世の美女だ。
騎士を労わり、慈しむ存在だとして崇められていてお守りなんかも売られている。
いやいやいや、私とは違いすぎるでしょう!?
恥ずかしすぎて顔が熱くなってきた。
「なるほど、このように可愛らしいお人であれば離れがたいのもわからんではない」
「そうでしょう。ソアリスは私にとってまさに平和の女神です」
アレンが否定もせず、さらりと認めてしまう。
お世辞をそのまま受け取ってどうするの、と私は困った顔になった。
宰相様のご家族は、温かい目で微笑んでくれている。
「アレンが独り身ならうちの娘をもらって欲しいと思っておったが、諦めるとしよう」
「そうしてください。お嬢様にはお嬢様の、好いた方と添うのがよろしいかと」
「それがどうにも目が肥えてしまってなぁ。のう?ルルーカよ」
少し後ろにいた娘さんに、宰相様は話を振る。
黒髪ストレートの美女は、17~8歳でニーナと同年代のまさに婚活中のお嬢さんだ。
「はじめまして、奥様。ルルーカと申します」
「はじめまして、ソアリス・ヒースランでございます」
笑顔も所作も美しい、完璧な女性。確かにアレンの隣に立っても見劣りしない人だと思う。
「ふふっ、お父様。わたくしは将軍と奥様のファンなのです。その二人の仲を壊すようなことは、わたくしたち淑女の会が許しませんわよ?」
宰相様によると、お嬢様は私とアレンの創作純愛ストーリーに夢中の一人なんだとか。脚色されすぎてもはや真実が埋もれて見えなくなった純愛物語。話題にされると未だに気恥ずかしい。
淑女の会は純愛物語が大好きな女性たちの集まりだそうで、私とアレンの幸せを見届ける活動をするんだそうな。よくわからないけれど、応援してくれているなら……と詳しくは聞かないことにした。
「わたくしも、10年間も待ち続けられるような恋をしてみたいです」
「こ、恋ですか?」
「だって10年ずっと、アレンディオ将軍のことを考えて、焦がれて待ち続けていたんでしょう?これほど美しい純愛がどこにありますか?」
えーっと、ほとんどお金のことしか考えていませんでした。とは言えないよね?
没落したから生活するのに必死で、アレンのことを思い出すのは手紙が届く半年に1度だけだったなんて絶対に言えない。
しかもアレンは愛おしいという感情を篭めた目で私を見つめ、「ソアリスがいるから今の私があります」と言い切った。宰相様の奥様とルルーカさんが「きゃあっ」と歓喜の声を上げる。
「今宵はまた一段と美しい。ソアリスは紫がよく似合うな」
「……ありがとうございます」
思わず目を逸らしてしまった。確かに、地味顔だから艶やかな紫が思っていたよりしっくりきたけれど、人前で褒められるとさらに恥ずかしさが増す。
この後アレンは、ニーナの純白のドレスを見てまた目を細めて微笑み、奥様と娘さんが悶絶していた。美形の微笑みは破壊力抜群で、給仕の女性も動揺して動きがギクシャクしていたくらいだ。
こんなに美しくて引く手あまたな人が、よくこれまで私を一途に想い続けてくれたものだ。うれしさ半分と呆れ半分という気持ちになる。




