終わり良ければすべてよし?【前】
4連休は更新続きます('ω')ノ
今日はついに、ニーナの社交界デビューの日。
妹の晴れ姿をじっくり見たいがために、私は午後から仕事を休んで邸にいた。
繁忙期も終わり、今はとてもスローなペースで仕事をしているからこんな風に休んでいられて、イベントごとの重なっている私にはありがたい。
この5年半、実家に帰る以外にはほとんどお休みを取らずにいた私は、休暇が溜まっていた。メルージェやアルノーは、実家の手伝いなんかでよく休みを取っているので、私が休みたいというと快く送り出してもらえている。
午後から休んだのは、ニーナのこともそうだが、私自身も盛大に着飾らなくてはいけないことにある。悲しいかな、平凡顔の妻は顔面構築に時間がかかるのだ。
今日も使用人・リルティアの魔法のメイクによって、いつもより目鼻立ちがくっきりした「雰囲気美人」が完成した。ありがとう、リルティア。ありがとう、化粧品。
「ソアリス、とてもきれいよ」
「ありがとう、お母様」
「帰って来たときとは大違いね~」
母はとても正直者である。
じっくりと私の顔を見て、悪気はないが正直な感想を漏らした。
「お母様にもっと似ていれば、何もせずとも美人だったのに」
この髪と声は母似だが、華やかさに欠けるのはどう考えても父の遺伝のなせる技。メルージェは私の容姿を和むと言ってくれるけれど、皆が着飾った舞踏会へ出かけると地味さは否めない。
「ソアリスはかわいいわ。とても賢くてがんばり屋さんだし、私たちの自慢の娘よ」
ふわりと花が咲くように微笑む母は、40歳を超えても相変わらずかわいらしい。目尻のシワさえも愛嬌と思えてしまうような愛らしさがある。
ニーナは私とも似ているけれど、母によく似ていると言われるだけあって美人の部類に入る。だからこそ、純白の豪華なドレスを纏ってきちんと着飾るとどうなるか楽しみだった。
アレンは宰相閣下の護衛も兼ねて舞踏会へ行くので、邸へは戻らないと聞いている。「家族水入らずで過ごしたらいい」と言われ、「アレンも私の家族ですよ」と返せば、抱き締められて圧死しそうになったのは今朝のことだ。
たまに何のはずみなのか、力加減を間違えることがあるので抱擁がちょっと怖い。私はいつか本当に潰されてあの世行きかもしれない、と不安がよぎった。
窓の外、空が茜色に変わるころになりようやくニーナの支度が整う。
ふわふわのチュールスカートは幾重にも重なって足元まで覆い、両肩についた紫色の宝石は国王陛下からいただいた希少なもの。キャラメルブラウンの髪はしっかりと編み込まれ、清楚な雰囲気を醸し出している。
「うわぁ……本当にきれいよ、ニーナ」
あぁ、感動で涙が滲む。
と、思ったら隣で母が号泣していた。せっかくのお化粧がだいなしになっているけれど、娘の晴れ姿なのだから気持ちはわかる。
そっと背を撫でると、母はさらにわぁっと泣いた。
「こんな日が来るなんて、もうアレンディオ様になんて感謝していいのか……」
「お母様」
「ううっ、私たちが、ふがいないから、ソアリスには……」
「もう、それはいいのよ。お母様。今日はニーナの記念すべきデビューなんだから、明るい顔でいなきゃだめよ」
そう言いながらも私も目尻に涙が浮かぶ。
あぁ、リルティアがサッとメイク道具を構えて「いつでもお直しいたします」ってアピールしてくれている。
でもリルティアももらい泣きで、化粧が取れてしまっているわ。
初対面なのにボロボロ涙を零していて、どうやら感動しやすい性格らしい。
ニーナは困った顔でそこに佇んでいた。
侍女長やヘルトさんまで涙をハンカチで拭い始め、しばらくこの状況は続いた。
――ガチャ。
「うわぁ!ニーナ姉、化けたね~」
緊張感のないエリオットの言葉で、感動の空気は霧散する。
「あれ?姉上、なんか顔が違う」
「それは思っていても言わないの」
エリオットのこの性格は、どう考えても母譲りだ。正直すぎて、これから世渡りが心配である。
弟と一緒に入ってきた父は、ニーナを見て感無量という感じだった。そして、私を見て母と同じ反応をした。「すまん」と顔に書いてある。
私は社交界デビューしたいなんて一度も思ったことはなかったから、別にいいんですが!?親心はそうもいかないんだろうな。
それはもちろん、純白のドレスには憧れを持っていたし、自分がデビューするときになったらこんなドレスを着たいなとかそういう夢はあったけれど、是が非でもっていう強い気持ちがあったわけじゃない。
二十二歳になって、デビューの時期を過ぎた今となっては、逆に「面倒そう」と思ってしまうくらい頭が大人になってしまった。
今回のドレス選びも、自分ではなくて「ニーナのデビューだから楽しい」という方が大きかったくらいだ。
「お父様、私はまったく気にしていませんので」
「そうか……」
「それに結婚式を挙げられるんです、これ以上にないくらい幸せですよ」
「そうだな、うん。ありがとう」
伝わっているのかいないのか、お父様は視線を落として頷いた。




